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とても愛の重いヤンデレ後輩に監禁されたので現実を突きつけてみました 

作者: むべむべ
掲載日:2026/02/13

 意識の底から浮上するとき、最初に感じたのは酷い喉の渇きだった。

 泥のように重い瞼を無理やりこじ開けると、そこは見知らぬ天井──ではなく見慣れたはずの、けれどどこか違和感のある天井だった。

 淡いベージュのクロス。洒落た間接照明。

 そうだ、ここは後輩の月島彩美つきしまあやみの部屋だ。


 俺、三田晴也みたはるやは今日、以前から好意を寄せられていた後輩の彩美ちゃんに夕食に招かれていた。


「先輩にどうしても、ど〜うしても食べてほしいシチューを作ったんです」


 そう言って恥じらう彼女の笑顔は、守ってあげたくなるような愛らしさに満ちていた。

 出された食事は美味かった。少し味が濃い気もしたが、彼女の一生懸命さがスパイスだと思って完食した。

 そして食後のコーヒーを飲んだあたりから、急激な眠気が襲ってきて……。


「……あ、目が覚めました?」


 すぐ耳元で声がした。

 視線を横に向けると、ベッドの脇に椅子を置いて座りこみ、俺の顔を覗き込んでいる彩美ちゃんがいた。

 長い黒髪がさらりと俺の頬を撫でる。

 その瞳は、いつもの少し頼りなげな愛らしいものではなく、底の知れない暗い熱を孕んで濁っていた。

 いわゆる「ハイライトが消えた目」というやつだ。


「彩美……ちゃん?」

「よかったぁ。お薬、ちょっと効きすぎちゃったかなって心配してたんです。先輩、10時間も寝てたんですよ?」


 10時間。俺は驚いて身体を起こそうとした。

 ジャラッ、と硬質で重たい音が響く。

 右腕が動かない。正確には動かせる範囲が極端に制限されていた。

 視線を右手に落とす。俺の手首には鈍い銀色に輝く金属の輪──手錠が嵌められていた。

 その先は鎖で繋がり、ベッドの頑丈そうなフレームにガッチリと固定されている。


「……これは、何の冗談かな」

「冗談じゃないですよー、本気です。ぜんぶ、本気」


 彩美ちゃんはうっとりとした表情で俺の手錠に触れ、冷たい金属の感触を楽しむように指を滑らせた。


「先輩が悪いの。他の女の子と仲良く喋ったり、飲み会に行ったり……私だけを見てくれないから。だから、もう外には出さないことにしたの」

「……出さない?」

「うん。一生、ここで暮らすの。私と二人きりで。ご飯も洗濯も、全部私がやってあげる。先輩は何も心配しなくていいの。ただ私に愛されて、私だけを見ていればいいんだよ」


 彼女は頬を紅潮させ、恍惚とした表情で俺の胸に顔を埋めてきた。典型的な監禁宣言。ヤンデレの極致。

 普通の人間ならここでパニックを起こして暴れるか、泣いて命乞いをする場面だろう。


 だが、俺の脳内は不思議と冷え切っていた。

 恐怖よりも先に、あまりにも現実的な思考が次々とポップアップしてくるのだ。

 俺は小さく溜息をつき、胸にすがりつくBの頭を、拘束されていない左手でポンポンと軽く叩いた。


「彩美ちゃん。気持ちは分かった。すごく愛されてるのも伝わったよ」

「え……? 分かってくれるんですか?」

「うん。でもね、ちょっと落ち着いて考えてみようか。今、『一生ここで暮らす』って言ったよね?」

「言いました。ずっと……ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとず〜〜〜〜っと一緒です♡」


 彩美ちゃんは嬉しそうに微笑む。

 俺は努めて冷静に、事務的な口調で切り出した。


「まず、住所変更届はどうするつもり?」


 彼女の笑顔がピタリと止まった。


「……え?」

「いや、だから住民票だよ。俺がここで一生暮らすとなると、今の自宅アパートを引き払ってここに転居することになるわけだ。となると、役所に転出届と転入届を出さなきゃいけない。原則として本人が窓口に行くか、マイナンバーカードを使って手続きしなきゃいけないんだけど、俺の手、これじゃ動かせないよね?」


 彩美ちゃんはポカンと口を開けている。

 想定外の単語だったらしい。


「そ、そんなの……別に届け出なくていいじゃないですか? ここにいるんだから」

「いやいや、それはまずいよ。住所不定になると色々と面倒が起きる。例えば、住民税の支払い通知書。あれは住民票のある住所に届くんだ。俺が今のアパートに戻らず郵便物も受け取らない状態が続けば、いずれ滞納扱いになる。督促状が来る。それでも無視すれば最終的には給与の差し押さえや、銀行口座の凍結が行われるよ」


 俺は淡々と続ける。


「口座が凍結されたら貯金は使えない。君が俺を養うにしても俺の資産がゼロになるのは困るだろう? それに役所が『居住実態がない』と判断すれば、職権消除といって住民票を勝手に消される可能性もある。そうなると俺は社会的に『存在しない人間』になって、健康保険も使えなくなる。ここで俺が病気になったらどうするの? 保険証なしで10割負担の医療費、払える?」

「びょ、病気になんてさせません! 私が健康管理するし!」

「虫歯一本でも数万円飛ぶよ? 盲腸にでもなったら数十万だ。無保険ならね」


 彩美ちゃんの瞳がわずかに揺らいだ。

 愛の巣での甘い生活という幻想が「役所の手続き」と「医療費」という世知辛い現実に壊され始めている。


「大学やアルバイト先もそうだ。俺が無断欠勤を続ければ当然連絡がくる。電話に出なければ緊急連絡先である実家に連絡が行く。実家の両親は間違いなく俺のアパートを見に来るだろうね。そこにもいないとなれば、どうなると思う?」


 彩美ちゃんはゴクリと喉を鳴らした。


「……ど、どうなるんですか?」

「捜索願だよ。警察に『行方不明者届』が出される」


 俺はわざとらしく、諭すように言った。


「彩美ちゃん、最近の警察を甘く見ちゃいけないよ。事件に巻き込まれた可能性があれば、彼らは本気で動く。そうなった時、真っ先に調べられるのは何だと思う?」


 彼女は首を横に振る。顔色が少し悪くなっている。


「Nシステムや防犯カメラのリレー捜査だ」


 さらに畳み掛ける。


「俺は今日、君の家に来るまでに電車と徒歩で来たよね。駅の改札を通った時点でSuicaの履歴が残る。駅構内の防犯カメラ、コンビニの軒先、マンションのエントランス、エレベーター。東京都内において、カメラに映らずに移動することはほぼ不可能なんだよ」


 俺は天井を指さした。


「君のマンションのエントランスにもカメラがあったよね? 俺がこのマンションに入ってきて、一度も出て行っていない映像はバッチリ残ってる。警察が本気を出して映像を回収すれば数日、早ければ明日には『このマンションに三田晴也が入ったまま出ていない』と特定される。そうなれば警察がこの部屋のチャイムを鳴らすのも時間の問題だ」

「そ、そんな……だって、ドラマとかだと、なかなか見つからないし……!」

「ドラマはドラマだ。現実はもっとデジタルでシステマチックなんだよ。それに加えて俺のスマホ」


 俺は部屋の隅にあるサイドボードを顎でしゃくった。そこには俺のスマートフォンが置かれている。


「電源、切ってある?」

「う、うん。切ったよ。だからGPSじゃバレない」

「甘いなぁ。電源を切る直前の基地局の情報はログに残ってるんだ。最後に電波を掴んだのがこのマンションの近くの基地局だと分かれば、捜索範囲は一気に絞られる。それに最近のスマホは電源オフでも微弱な信号を発するタイプや、『探す』機能が有効な場合もある。俺の機種、最新型だったよね?」


 彩美ちゃんの顔から血の気が引いていくのが分かった。

 彼女は「二人きりの永遠」というゴールだけを夢見て、そこに至るまでの膨大な社会的・技術的障害を何ひとつ考慮していなかったのだ。

 衝動的な犯行。計画性の欠如。

 ヤンデレとしての純度は高いが、犯罪者としては三流だ。まったく、これくらい普通考慮するだろうに。


「じ、じゃあ……どうすればいいの……?」


 加害者であるはずの彼女が、被害者である俺に助言を求めている。可愛い。

 だがまだ足りない。

 彼女の心を完全にへし折るには、もう一つ決定的な現実──「金」の話が必要だ。


「どうすればって、現状維持は不可能に近いってことだよ。君の収入だけで大人二人が一生暮らせるの? この部屋の家賃、光熱費、食費。警察の捜査を逃れるためにここを引き払って逃亡生活を送るなら、さらにお金がかかる。住民票も移せないから定職には就けない。クレジットカードも使えば足がつくから現金のみ。……Bちゃん、貯金いくらあるの?」


 彼女は涙目になりながら、小さな声で言った。


「……じゅ、10万円くらい……」

「10万!?」

「親からの仕送りでいけるかなって……」


 俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 これは演技ではなく本心からの驚きだ。


「完全に自転車操業じゃないか……そんなんじゃ逃亡生活なんて夢のまた夢だし、ご両親にも失礼だよ。他人を監禁するよりまず先に自分が自立しないと」

「だ、だって……先輩と一緒にいたかっただけなのに……お金のことなんてぇ……」


 彩美ちゃんがポロポロと涙をこぼし始めた。

 手錠で繋がれた男の前で、監禁犯が金欠に泣く。シュールすぎる光景だ。

 だがここからが正念場だ。彼女の思考はいま極限まで追い詰められている。

 そして追い詰められた人間というのは突拍子もないことを口走るものだ。


「お金なら……私が稼ぐ……」

「稼ぐって、バイトでも始めるの? そんなんじゃ全然追いつかないよ」

「ううん……もっと、割のいいやつ……」


 嫌な予感がした。

 彼女の倫理観のネジは、俺への執着以外に関しては驚くほど緩い。


「最悪……パパ活とか、すれば……」


 その言葉が聞こえた瞬間。

 俺の中で、カチリと何かが切り替わる音がした。


「すぐ稼げるって友達も言ってたし……身体を売るわけじゃないし、ご飯食べるだけで数万貰えるなら、それで先輩を養えるし……」


 彩美ちゃんは震える声で、自分に言い聞かせるように早口でまくし立てた。

 その瞳は泳いでいる。本気でやりたいわけじゃない。

 ただ、この監禁生活を維持するためには、それしか手段がないと思い込んでいるのだ。

 愛する男を閉じ込めるために他の男に愛想を振りまいて金を得る。歪んでいるが、彼女なりの献身なのだろう。


 だが。


「は?」


 俺の口から漏れたのは、自分でも驚くほど低く、ドスの効いた声だった。

 室内の空気が一瞬で凍りついたように静まり返る。

 彼女がビクリと肩を震わせ、恐る恐る俺の顔を見た。


「せ、先輩……?」


 俺はゆっくりと身体を起こした。手錠の鎖がジャラリと鳴るが、そんなものはもう気にならなかった。

 先ほどまでの、事務的で冷静な「説教モード」は霧散していた。代わりに腹の底から湧き上がってきたのは、どす黒く粘着質な独占欲と、沸騰するような怒りだ。


「今、なんて言った?」

「え……だ、だから、パパ活……してでもお金を……」

「ふざけるな」


 ハイライトの消えていたはずの彼女の瞳に、俺の冷徹な怒りが映り込み、彼女自身の狂気が怯えに変わっていくのが分かる。


「そんなこと許すわけないだろ」

「で、でもっ! そうしないと先輩と暮らせない! 警察に見つかっちゃうし、ご飯も食べられないし……私、先輩のためなら何だってできるよ! 汚れることだって耐えられるよ!」

「俺が耐えられないんだよ!!」


 俺の怒号が部屋に響き渡った。

 彩美ちゃんが「ひっ」と小さな悲鳴を上げて竦み上がる。

 手錠で繋がれていない左手を伸ばし、彼女の手首を乱暴に掴んで引き寄せた。

 華奢な身体がバランスを崩し、ベッドの上に倒れ込む。俺はそのまま彼女に覆いかぶさるような体勢をとった。

 右手は鎖でベッドの枠に繋がれているため自由は利かないが、顔の距離はゼロに近い。


「いいか、よく聞け」


 俺は彼女の耳元で、噛み砕くように囁いた。


「君は俺を監禁した。俺を独り占めしたくて、社会から切り離して、ここに閉じ込めた。そうだろ?」

「う、うん……そうだよ……大好きだから……」

「ならその覚悟を貫けよ。俺を閉じ込めるなら、君も俺だけのものだ。君の視線も、言葉も、時間も、そしてその身体も、全部俺のために使われるべきだ」

「せ、先輩……いたい……」


 掴んだ手首に力を込める。

 彩美ちゃんが痛みに顔を歪めるが、俺は緩めない。


「それなのに、他の男と飯を食う? 金を貰うために愛想笑いをする? どこの馬の骨とも知らん薄汚いオヤジに、君のその可愛い笑顔を見せるのか?」


 俺の脳裏に、知らない男が彩美ちゃんに触れる映像が浮かび、吐き気がするほどの嫉妬が駆け巡った。


「そんな真似をするくらいなら、俺はこの手で君の首を絞めて、自分も死ぬ」

「──ッ!?」


 俺の目は、きっと今の彼女よりも深く濁っていることだろう。


 俺はずっと隠していたのだ。社会生活を営むために、常識人という皮を被って。

 だけど本質的には俺も彼女と同じ、いや、それ以上に歪んだ独占欲を持っていた。

 ただ理性という名の首輪でそれを抑え込んでいただけ。

 今日、彼女がその首輪を──社会性という拘束を外してくれた。


「君が俺を監禁してくれたおかげで、俺はもう一般的な社会生活を営む必要がない。面倒な人間関係も全部捨てられる。最高じゃないか」


 彼女の頬に手を添え、親指でその唇を強くなぞる。


「俺はずっと、こういうのを待っていたのかもしれない」

「せ、先輩……?」

「でも条件がある。俺を養う金は、俺以外の男に媚びへつらって得た金じゃダメだ。そんな汚れた金で食う飯なんて反吐が出る。俺が許すのは、君が俺のためだけに汗水垂らして、誰にも媚びずに稼いだ金だけだ」

「で、でも……それじゃ足りない……」

「足りるようにするんだよ。君が言ったんだろ? 『一生ここで暮らす』って。その言葉に嘘はないよな?」


 俺は凄むように彼女を睨みつけた。

 彩美ちゃんは涙を溜めたまま、激しく首を縦に振る。


「う、嘘じゃない! 先輩と一緒なら何でもします!」

「なら俺がすべて管理してやる。この状況を打破して、誰にも邪魔されず、二人だけで生きていくための完璧な計画を俺が立ててやる」


 立場は完全に逆転していた。

 手錠をかけられているのは俺だが、精神的な主導権を握っているのは間違いなく俺だった。


「まず、警察対策だ。今のままだと確実にバレる。だから一度俺を解放しろ」

「えっ、いや! 逃げちゃう……!」

「逃げない。逃げるわけないだろ。俺はもう君との生活を選んだんだから」


 俺は嘘偽りない、暗く重い愛を込めて彼女を見つめた。


「俺はいったん家に帰って、大学に『適応障害で休学する』と連絡を入れる。診断書は前にコネを作っておいた心療内科で貰ってくる。実家には『療養のためにしばらく一人になりたい、連絡は控えてくれ』と伝える。これで捜索願は出されないし、出されたとしても連絡にさえ応じていれば受理される可能性は低いだろう」


 彩美ちゃんは呆然と俺の話を聞いている。


「次に金だ。ネットで稼いだ貯金があるから当面の間は生活できる。その間に君は在宅でできる仕事か、人目に触れない夜勤の工場でも何でもいい、男との接点が極力ない仕事を探せ。俺が徹底的に選別してやる」

「せ、先輩が……選ぶの?」

「当たり前だ。君が変な男に騙されないように俺が全部チェックする。君のスマホも、交友関係も、これからは全部俺が管理する。君は俺を監禁したんだ。その代償として君の自由はすべて俺に捧げてもらう」


 俺は彼女の首筋に顔を寄せ、甘く、そして低く囁いた。


「Bちゃんは、俺がずっと守ってあげるから。何も心配しなくていいんだよ」


 それは彼女が最初に言った台詞のリフレイン。

 だがその意味合いは、庇護から支配へと完全に変質していた。


 彩美ちゃんの身体から力が抜けた。

 恐怖と、それ以上に深い安堵。そして自分の狂気を受け入れ、さらに大きな狂気で包み込んでくれた俺への、崇拝に近い感情がその瞳に宿る。


「……うん、分かった……」

「返事は?」

「はい……私、先輩の言う通りにします」


 震える手で鍵を取り出し、俺の手錠を外した。

 カチャリ、と音がして、重たい拘束が解かれる。

 俺は自由になった右手で彼女を抱き寄せた。今度は優しく、しかし絶対に逃さないという強さで。


「いい子だ」


 俺たちは抱き合ったまま、薄暗い部屋の中で互いの体温を確かめ合った。

 これから俺が行うのは、極めて巧妙な社会的な隠蔽工作と、歪んだ共依存関係の構築だ。

 彼女は俺を檻に入れたつもりだったが、実際に檻に入ったのは彼女の方だった。

 俺という、決して逃れられない監視者のいる檻に。


「さあ、まずはスマホを持ってこい。GPSの設定と、連絡先の整理から始めるぞ。男のアドレスは全部消去だ」

「はい……♡」


 彩美ちゃんはうっとりとした表情で、自分のスマホを俺に差し出した。そこにはもうパパ活なんていうふざけた思考の入り込む隙間は微塵もなかった。


 俺たちの「監禁生活」は、これからだ。

ここまでお読み下さりありがとうございます!


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