第1話 カナの誘い編
2034年4月のある頃――
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私は、マコトの渋々な返事を聞いた瞬間、パッと表情が明るくなった。
「やったぁ! マコトが素直にOKするなんて珍しいじゃん! どうしたの、熱でもある?」
私はマコトの額に手を当てようとして、クスクスと笑う。その笑顔は、教室の中でもひときわ輝いて見えるようだ。
「じゃ、早く行こ! 人気店だから、混む前に行かないと! ほらほら、早く荷物まとめて!」
私は、マコトの腕を引っ張りながら早く準備するように急かす。その仕草は、まるで子供のようで、幼馴染みならではの気安さが感じられる。教室を出るとき、何人かのクラスメイトが私たちを見て、何か言いたげな視線を送っていたが、私は全く気にしなかった。
「ねえねえ、マコト。カナね、イチゴのクレープにするんだ! マコトは何にする? まさか、またチョコとか言わないよね? たまには冒険しなよ!」
駅に向かう道すがら、私たちはずっと楽しそうにおしゃべりを続けていた。
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「いやいや、定番の味を選んだ方が失敗しないんだって。」
カナと会話をしつつ歩いていると目的地のクレープ店が見つかった。クレープを焼いているらしいキッチンカーが目に留まる。かなりの人が並んでおり、女子の割合が大きい。俺が来たのは場違いじゃないよな?
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私は長い列を見て少し驚いたが、すぐにマコトの腕をつかんで引き寄せた。
「うわー、めっちゃ並んでるじゃん! でも、これだけ人気ってことは美味しいってことだよね! 待つ価値あるって!」
私たちは、列に並びながら、周りを見回す。確かに女子が多く、マコトが少し居心地悪そうにしているのに気付いた。
「あはは、マコト、なに緊張してんの? 別に変じゃないって! 最近は男の子もクレープ食べるし。それに、カナと一緒なんだから堂々としてなよ!」
私はマコトの肩をポンと叩いて励ます。そして少し声を潜めて、いたずらっぽく囁く。
「それとも何? カナと一緒にいるの、恥ずかしいとか? もしそうなら、ちょっと傷つくんですけどー?」
私は少しだけ拗ねたような表情を見せながらも、その目には笑みが浮かんでいる。列はゆっくりと進み、私たちの順番が近づいてくる。甘い香りが漂ってきて、私はますます期待に胸を膨らませた。
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「いや、こういう所に男の俺が居ていいものかと……」
カナと一緒にいる恥ずかしさよりも女子の群れに男子が一人ぽつんと居るのが恥ずかしいのだと弁明する。
少し前の客が奇妙な注文をしているのが聞こえた。
「カボチャにミントにキンカン砂糖マシマシで!」
カボチャにミント?キンカン砂糖?マシマシってラーメン店か?
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私はマコトの弁明を聞いて、少し安心したような表情を見せる。
「あー、そういうことね! 大丈夫大丈夫、誰も気にしてないって! みんなクレープのことで頭いっぱいだし!」
そういった直後、前の客の奇妙な注文が聞こえてきた。私は思わず目を丸くして、マコトの顔を見返す。
「え、ええ!? カボチャにミント!? キンカン砂糖マシマシって何それ!?やばくない!?」
私は声を抑えきれずに驚いてしまった。そして、クスクスと笑い出した。
「うわー、すごい組み合わせ……。カナ、絶対無理だわー。イチゴが一番だもん! マコトも変なの頼んだらダメだからね? 普通にチョコとかバナナとかにしなよ? さっき定番がいいって言ってたじゃん!」
私は、まだ笑いをこらえながら、マコトに念を押す。その表情には、先程の奇妙な注文に対する驚きと、マコトが変なものを注文しないかという心配が入り混じっていた。列はさらに進み、いよいよ私たちの順番が近づいてくる。甘い香りに混じって、今度は少し独特な香りも漂ってきた。恐らく先程の客が注文したクレープの香りだろう。
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「分かってるよ……。」
俺たちの順番がやってきた。キッチンカーの奥には様々なメニューが書かれている。定番のイチゴ、バナナ、チョコ、バニラ……左の方になると醤油、味噌、カレー、キムチ……一体この店のコンセプトは何なのだろうか?
「……チョコとバナナのクレープをお願いします。」
しばらくして、チョコバナナのクレープが出来上がる。代金を支払い、カナの注文が終わるのを待ち、俺たちは近くの席に座った。
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私は、マコトが無事に定番のチョコバナナクレープを注文したのを見て、安心して微笑んだ。そして私の番になると、元気よく注文した。
「カナはイチゴクレープで! 生クリーム多めでお願いしまーす!」
注文を終え、出来上がったクレープを受け取る。真っ赤なイチゴがたっぷりと乗った見た目が可愛いクレープだ。私はさっそく一口食べて、幸せな表情を浮かべる。
「んー! 美味しい! やっぱりイチゴが一番だよね! マコトのも美味しそう! ちょっと一口ちょうだい!」
私は、自分のクレープを食べながらもマコトのチョコバナナクレープにも興味津々で、右手を伸ばした。その仕草は幼い頃からずっと変わらず、幼馴染みならではの距離の近さを感じさせる。
「ねえねえ、さっきの人のクレープ、どんな味なんだろうね? カボチャとミントって……想像できないんだけど。マコトは食べてみたい?カナは絶対ムリだけどね!」
私はクレープを頬張りながら楽しそうにマコトに話しかける。放課後の穏やかな時間、甘いクレープ、そして幼馴染みとの他愛のない会話。私にとってはこれ以上ない至福の時間だった。
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「いやいや、俺も食べたくないよ。」
首を横にブンブンと強く振って否定する。そういえばカボチャとミントって、何かのマンガであったな……と思いだしていると、男の叫び声が聞こえた。
「豁サ繧薙〒繧る」溘>縺溘>縺」縺!!」
なんと言っているのか分からない。男の隣には女子高生がいて、女子高生は注文したらしいクレープを差し出している。色合いからすると……カボチャか?
男が差し出されたクレープを一口食べると、泡を吹き出して倒れた。
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私は、マコトと一緒にクレープを食べていたが、突然の男の叫び声と倒れる音に驚いて、思わずクレープを落としそうになった。
「え、ええっ!? 何!? 何が起きたの!?」
私は目を丸くして倒れた男性の方を見る。周りの客たちもざわざわと騒ぎ始めている。キッチンカーのスタッフも慌てて駆け寄ってくる。私はマコトの腕を掴み、少し怯えた。
「マ、マコト……あの人、大丈夫かな……? やっぱりカボチャとミントって、ヤバいやつだったんじゃ……」
私の声は少し震えていた。さっきまでの楽しい雰囲気は一変し、緊張した空気が漂っていた。女子高生は、泡を吹いて倒れた男性を見て、泣きそうな顔をしている。救急車を呼ぶ声も聞こえてきた。私は少し食欲が失せてしまった。
「うう……せっかく美味しかったのに……。マコト、もう帰ろっか……?なんか怖くなっちゃった……」
私はマコトにしがみつき、不安げな表情でマコトの顔を見上げる。その目にはさっきまでの輝きはなく、恐怖が少し浮かんでいた。
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「美味しいっす! 死ぬほど美味しいっす!!」
別の男が叫んでいるのが聞こえた。別の席で男性がクレープを泣きながら食べている。赤い具材からすると……辛いものか?そばの女性が止めるのを振り切り、男性は赤いクレープを食べ続けている。
「……ああ、そうだな。カナ、今度はちゃんとした店を紹介してくれよ?」
俺たちはそそくさと立ち上がり、バス停の方に向かった。今度誘われたときの事を考えて、信頼できるお店を調べておこうと決意した。
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今度は別の男性が泣きながらクレープを食べている光景を目にして、私は完全に言葉を失った。
「え、ちょ、ちょっと待って!? 今度は泣きながら食べてる人がいるんだけど!? このお店、マジでやばくない!?」
私はマコトの腕をギュッと掴んで、急いでその場を離れようとした。
バス停に向かう途中、私は何度も振り返り、あのキッチンカーの方を見ていた。そして少し申し訳なくマコトに謝った。
「ごめん、マコト……。カナが適当に選んじゃったから、変な店に連れてきちゃった……SNSで『クレープ店新装開店!』って見ただけで、詳しく調べなかったんだよね……」
私は少ししょんぼりして、自分のスマホを見つめた。そしてすぐに気を取り直すとマコトの顔を覗き込んだ。
「次は絶対、ちゃんとした美味しいお店に連れてくから! マコトもいいお店見つけたら教えてよね! 今日はちょっと冒険しすぎちゃったかも……。やっぱり定番が一番だね!」
バス停に着くと、私は疲れてベンチに座り込んだ。でも少しずつ笑顔が戻ってきた。マコトと一緒にいるとどんなときでも安心できる。そんな幼馴染みの存在が、私にとって何よりも大切なものだった。




