番外編 北方騎士団の例のアレ2
「やあランセル卿、こうして会うのは初めてだな」
「はい、バードナー卿。今日はよろしくお願いします」
アルフォンスは緊張しながらライオネルに頭を下げた。
結婚の挨拶をするつもりだったのに、なぜか戦う事になっているこの状況では、さすがに“お義父さん”とは呼べない。
彼の活躍は騎士学校に入った時から聞いていたし、西方騎士団にライオネルが来た時には遠目からは姿を見た。
しかし他の仕事があって直接会う事は叶わなかった。
「バードナー卿がくださった手紙のお陰でデモンズハーピーを倒す事が出来ました。改めて感謝いたします」
「役に立てたならば良かった。さて、準備は良いか?」
「あ、はい。よろしくお願いします!」
もう始めるのかとアルフォンスは焦るが、ライオネルに促されて修練場の真ん中まで歩いていく。
背中に突き刺さるような強烈な視線、見渡す限りの騎士団員、ソフィアの方を見ると同い年くらいの女性と抱き合って嬉しそうにしている。
自分の知らない北方でのソフィアを見た気がして少しだけ寂しくなる。
ここはアルフォンスにとってはアウェー過ぎる。
(ソフィも西方に来た時にはこんな気持ちだったんだろうか)
生まれ育った場所から離れてわざわざ家族とは違う騎士団の治癒師になったのだ。
きっと最初は心細かっただろう。
「ジョシュアとヒューの結界を壊さない限りは魔法を使っても構わない。一本取った方が勝ちだ」
説明するセルブスの後ろでヒューがニコニコとし、隣のジョシュアは疲れた顔をしている。
すでに相当強固な結界を張っているにも関わらず、緊張感が無い二人の凄さを改めて実感する。
「それじゃあランセル卿、始めようか」
「よろしくお願いします」
アルフォンスは改めてライオネルを見る。
ソフィアと同じ榛色の髪はいくらか白いものが混じっているが、立っているだけで圧倒されるような雰囲気だ。
(ソフィは母親似なのか…)
ジョシュアもヒューも父親に似て身長は高いが、彼らはどちらかというと優しげな印象だ。
しかしライオネルは歴戦の猛者という言葉がピッタリで、どうしたものかと悩む。
「そうそう、ソフィアからこの試合について何と聞いているかは知らないが、本気で来てくれていい。私に気を遣って負けるような事だけは許さん」
「…はい」
本気で、と言われて少しだけ気が楽になった。
剣を持つ手の震えを無かった事にするようにギュッと力を込める。
ライオネルも自分に向かい合って剣を構える。
周囲の声が一斉に大きくなった。
(まずは様子見の方がいいか…)
いきなり魔法を纏わせるよりも、まずは一度剣を合わせた方がいい。
親ほどの年齢であれば体力で負けるとは思えない。
それでも相手の出方がわからない分、迂闊な事はしない方がいい。
そう決めてアルフォンスは、ライオネルに向かって切り掛かる。
ガンッと重い音がして、ライオネルは自分の剣を受け止めた。
(強いな…)
一線を退いたとは言え魔導騎士だ。
自分の力に押される事なく表情一つ変えずに剣を受け止めるライオネルは、魔力だけでなく騎士としても一流だろう。
「最初から魔法を使う訳ではないのだな」
ギリギリと力を込めているのに、ライオネルの剣はびくともしない。
「戦った事がない人間とやり合うなら、相手の力をまずは知りたい、のでっ!」
何となくこの間合いに居たくないとアルフォンスは思う。
剣に力を込めてライオネルから距離を取った。
「で、どうだ?私の力が分かったか?」
「…強いという事だけは」
何だろう。
嫌な汗が出る。
騎士学校の指導教官と試合をしている時のようだ。
「じゃあ次は私から行くぞ」
言葉と共にライオネルの剣に氷が渦巻いた。
アルフォンスは自分の剣に炎を纏わせて応戦する。
「くっ!」
飛んでくる氷が速い。
「風か!」
氷と風の二属性を纏わせているのか。
一度見ただけでは到底見抜けない。
(こんなにもこの力を使いこなしているのかっ!)
まだまだ自分には出来ない事だ。
ライオネルの剣を躱しながら水魔法で壁を作るが、そちらに集中すると剣の威力が落ちる。
躱すことに必死で制御出来ない波が結界に当たる。
その度に周囲から声が上がる。
(持久戦に持ち込むか…そうすればこちらにも分がある)
長引かせるつもりがない事はライオネルの戦い方を見れば明らかだ。
一気に片をつけるつもりだろう。
今まで戦ったどの魔獣よりも戦いにくい。
時折交える剣から伝わるのは明らかな殺気だ。
「…一線を退いたと聞いていましたが、ヒューよりも強いのでは?」
「魔力だけの戦いではアレには勝てないが、経験の差があるからなっ!」
そう言って剣を押される。
一気に風魔法が強くなって自分の剣に纏った炎が防具を焦がした。
「父さん本気になってるね~」
「あれはすぐ先のヒューの未来だよ。よく見ておいた方がいい」
バンバンと結界に当たる水を眺めながらジョシュアは疲れたようにそう言った。
「随分と疲れてるね、ジョシュア」
「…やっと厄災が終わったのに、急に呼ばれたかと思えば結界を張れなんて言われたら疲れるだろ。陛下だって認めてるんだから別の騎士団を巻き込んでやるような事じゃないよ」
「まあまあそう言わずにさ。何?デートの予定でもあった?」
ニヤニヤしながら聞いてくるヒューに悪気がない事は分かっている。
ようやく出来た恋人との時間を削られた事は面倒だとは思うが。
「父さんの気持ちも分かるよ。それでもソフィアが幸せなら僕はそれで良いような気もするんだよ」
相変わらず結界内では二人が激しい戦いを繰り広げている。
お互いに二属性の魔法を駆使しているから、時折結界に入るヒビを修復しながらジョシュアはボヤく。
「それはまぁそうだね。たださ、父さんって結構このイベント楽しみにしてたんだよ。俺も久しぶりに稽古に駆り出されたし。まぁ魔法使うなって言われたから負けたけど」
父さん強いからさ~、とヒューが笑う。
「…僕は魔導騎士じゃなくて良かったよ。将来の義父と戦うなんてゴメンだね」
「そう?俺は結構楽しみだけど。団長だけかと思ったら先輩も参戦するらしいからね」
「セルブス様が教育的指導をしてくれたから、今のヒューがあるんだぞ。あの人がいなかったらお前はただの傲慢な人間だっただろ?」
「そうだね~。一回りも下の子供相手に本気の魔法を放ったからね、あの人。あ、本気でやって良いんだって体を張って教えてくれた貴重な人だよ。俺はさ、先輩が大好きなんだよね、絶対に本人には言ってやらないけど」
「…捻くれてるな、お前」
ドンッと音がして結界にヒビが入る。
ビリビリと光の筋が結界に沿って広がる。
雷魔法か。
「ほらヒュー、そこ直して」
「はいはい。分かってるよ」
普通の魔術師の結界ならば持たなかったかもしれない。
それほど二人の戦いは白熱している。
「アルフォンスさん、押されてるね」
「あの人まだ魔力を使いこなせてないからな」
ジリジリと押され気味のアルフォンスを見ながらジョシュアは言う。
「父さんはもう終わりにしたいみたいだね。俺と戦っても絶対に長引かせないもん」
「いくら父さんでも寄る年波には勝てないだろうからな。ん?」
剣を交じえた二人はジリジリと睨み合っている。その時、ライオネルが何か言った所でアルフォンスが体勢を崩した。




