番外編 北方騎士団の例のアレ1
「ねぇソフィ。俺は西方騎士団所属だよね?」
「そうね」
「じゃあこれってやっぱり例のイベント?」
「…でしょうね」
ソフィアは久しぶりに訪れた北方騎士団の前で、アルフォンスと共にため息をついた。
結婚のために北方の実家に挨拶に行きたいと連絡したら、待ち合わせ場所に北方騎士団を指定された。
ヒューがわざわざ返事を届けに来た時から嫌な予感はしていた。
そもそも以前アルフォンスが父に出した手紙にも『修練場で待つ』と書かれていたはずだ。
しかしまさか、他の騎士団員を呼んでまで例のアレをやるなんて。
「なんで許可が出るのよ…」
魔力回路の治癒を受けた魔導騎士がやり合えば、この建物が危ない。
ソフィアが頭を抱えていると、玄関からセルブスが歩いてくる。
「やあ、ソフィア、ランセル卿、わざわざありがとう」
「セルブス様…」
「中で親父さんが待ってるぞ」
「なぜ許可が…」
「父上が乗り気だからな。魔導騎士同士が戦うなんて今まで無かったから、みんなも楽しみにしているぞ」
「………」
以前西方の砦で会った時にはボロボロだったが、次期団長であるセルブスは随分と楽しそうに笑っている。
「あの…俺は西方騎士団なんですが…」
「ああ、レオナール団長にも許可は貰っているから安心してくれ」
全て根回し済みということか。
ソフィアとアルフォンスはもう一度、大きなため息を付いた。
決して小さくはないはずの修練場には、人が一杯だ。
簡単な防具と模擬刀を渡されて、アルフォンスはどうしたものかと考えていた。
ライオネルは一線を退いたとはいえ、前回の厄災の英雄だ。
手にした魔力を使いこなす事ができるだろう。
一方アルフォンスがこの力を手に入れてまだ一年も経ってはいない。転移も出来るがまだ遠くには行く事もできない。
体力的にはアルフォンスの方が有利だろうが、どう考えても経験の差がある。
どうやって戦えば勝てるのか、そこまで考えてふとソフィアが言っていた事を思い出した。
「あれ?これって俺が勝ったらいけないやつか?」
ヒューも確か言っていたはずだ。
父親に花を持たせるために負けるかもしれないと。
「ソフィ、これって俺は負けるんだっけ?」
「…今まではそういう事になってたけど、もう好きにしていいんじゃないかと思ってきたわ」
少し離れた所で嬉々として剣を振っている父親を見ながらソフィアが言う。
「基本は先輩とか上司相手なのよ。でもアルは西方騎士団だし、好きにやっちゃって」
「そう言われても…」
何かを諦めたように投げやりなソフィアに、アルフォンスはさらに悩む。
「なんか…勝てる気がしないんだけど」
修練場を埋め尽くす北方騎士団の制服を見回しながらアルフォンスは言う。
どう考えてもアウェーなこの雰囲気は、魔獣と初めて戦った時よりも別の意味で恐ろしい。
「北方怖すぎる…」
「昔これをやった幼馴染の兄も同じ事を言ってたわ」
「ま、頑張るよ。これもソフィとの結婚に必要な事だからさ」
「ええ。頑張って」
出来るならソフィアを抱きしめて英気を養いたいが、それだけは今は絶対に出来ない。
そんな事をすれば、ようやく叶いそうな彼女との未来が確実に遠のく。
「あ、アルフォンスさん!」
聞き覚えのある声に、アルフォンスは声の方向を見た。
ソフィアと同じ榛色の髪を揺らしながら、ヒューが走ってくるのが見える。
「ヒュー殿。久しぶりだな」
「もう、呼び捨てで良いって言ってるじゃないですか。ほんと、アルフォンスさんて良い人ですよね。今日は俺とジョシュアが結界張るんで、壊さない程度に暴れて大丈夫ですよ」
「え?ジョシュアも来てるの?」
突然出てきたもう一人の弟の名前に、ソフィアは驚いて言った。
「もう来ると思うよ。父さんに呼びつけられてたから。この前マーガレットと一緒に会いに行った時、“面倒くさい”ってぼやいてたけど」
「…どれだけ大ごとになってるのよ」
国内でも有数の高魔力保持者であるジョシュアとヒューを結界を張るために集めるとは。
「だから気にせず思いっきりやっちゃってくださいね。あ、俺が団長と戦う時にはアルフォンスさんが結界張って貰っていいですか?」
「ヒュー…それセルブス様も参戦するらしいわよ」
ヘラヘラしているヒューに、ソフィアはジトっとした視線を向けた。
「そうだろうと思ったからアルフォンスさんに頼んでるの。何度もジョシュアを呼ぶわけにはいかないでしょ?」
「アルだって何度も呼んでいいわけじゃないから。私達は西方騎士団なの!」
分かっているのかいないのか、いつもと変わらないヒューの様子にソフィアは頭を抱えた。
「ゼルク様…なんで許可なんか出したのかしら」
「父さんのたっての希望だって。俺とジョシュアがいれば大丈夫だろうから。父さんとアルフォンスさんが戦って修練場が無事なら、俺も団長と心置きなく戦えるでしょ?」
「みんな脳筋すぎるのよ…他の騎士団巻き込んで」
「まぁまぁソフィ、俺もちょっと楽しみだから気にしないで。それに娘を持つ父親なんてみんな素直にどうぞとは言えないさ」
頭を抱えたままのソフィアの肩にアルフォンスは手を置いて宥める。
途端に鋭い視線を感じてアルフォンスが振り返ると、剣を振っていたはずのライオネルがこちらをジッと見つめていた。
「うわ…すごいな…」
思わずソフィアの肩から手を離し、アルフォンスは左のこめかみを掻いた。
ライオネルからはヒシヒシと殺気が伝わってくる。
ダメだ、やっぱり勝てる気がしない。
「父さんやる気だねぇ~」
ヒューは面白そうにライオネルを眺めながら言う。
「ま、頑張ってくださいね、アルフォンスさん。骨は拾ってあげますよ」
「…怖すぎるだろ、北方騎士団」
瘴気の裂け目を塞いだ時にも言われた言葉を投げかけられながら、アルフォンスはライオネルの所に向かった。




