63
なぜ自分の周りには、勝手に人の部屋に転移してくる人間しかいないのか。
「…ねぇ、部屋の中に突然転移するのやめてって言ったわよね?」
「ごめん!仕事終わったからすぐに会いたかったんだよ」
ソフィアを抱きしめてながら言うアルフォンスは、全く悪びれる様子はない。
「あれ?誰か来てたの?」
「うん、ジョシュアが来てたの。あの子も突然部屋に転移してきたわ、まったく」
「ごめんって。ねぇ、ジョシュア殿が来たって事は、ご両親の話?」
「そうだけど、どうしてアルが知ってるの?」
「ライオネル殿から魔法紙が届いたんだよ」
「え!?」
アルフォンスはソファーの前にドカッと座ると、足の間にソフィアを座らせた。
「俺さ、ソフィアと結婚をしたいですって連絡したんだ」
「そうなの!?」
「うん。自分の力で何とか結婚しますって書いたんだけど、その必要は無いって。なんか俺の行動が気に入ったからって書いてあった。何の事だかよく分からないんだけどね」
「…そう」
流石にアルフォンスには、あの場面を見られていたとは言えない。
フォーセライド家の家門魔法は極秘事項だ。
「ソフィアは何か知ってる?」
「分からないわ」
「そっか」
上機嫌でソフィアの髪を撫でているアルフォンスには悪いが、これは黙っておこう。
「あと、『修練場で待つ』って書かれてた」
「…父さん、アレをやる気なのね」
「それって“娘さんを僕にくださいイベント”?」
「知ってるの!?」
「ヒュー殿に聞いたよ。彼は北方騎士団長と戦うって」
「多分セルブス様も参加するから、それ」
「え?こわっ。二人とも魔導騎士なんでしょ?」
「そうよ。それにしてもアルは西方騎士団なのに」
何故か父がヤル気になっている。
そんなもの、許可なんか出る訳ない。
規格外の魔導騎士同士が戦ったら、ヒューVSフォーセライド家の比ではない。
「大切に育てた娘を奪ってくんだから、こればっかりは受けないとね。ねぇ、もし本気で来られたら俺はどうすればいいと思う?」
ソフィアは頭が痛くなりそうだ。
そんなもの、私が聞きたい。
「…負けてあげて。元々は娘が婚家で辛い思いをした時に、物理的に連れ戻せるようにって始まったものだから」
「そうなのか。でもどれほど強いのか、ちょっと気になるな」
「…北方騎士団の修練場を壊さない程度に頑張って」
「了解。少し楽しみかも」
アルフォンスはギュウっとソフィア抱きしめてキスをする。
こういう時間が、本当に幸せだとソフィアは思う。厄災が始まった時には考えられなかった事だ。
アルフォンスの事は覚えていないが、厄災の恐ろしさはずっと聞いていた。
予想されていたよりもずっと早く、前回より二十三年後だと誰も思わなかった。
「ねぇ、ちょっといい?ライオネル殿の許可が出たなら、もう我慢出来ないから」
そう言ってアルフォンスはソフィアを立たせた。
そして跪き、左胸に手を置く。
「え?」
「私アルフォンス・ランセルは生涯あなたの剣となり盾となり、あなたを守る事を誓います。結婚していただけますか?」
騎士の誓いだ。
呆気に取られたソフィアをアルフォンスが見上げる。
「ソフィ、返事は?」
「…はい!」
こんなに幸せな事があるなんて。
ソフィアは溢れる涙を止められない。
「ふふ、ソフィは意外と泣き虫だね」
泣いているソフィアを抱きしめると、そっと左手を取った。
ポケットから出した指輪を、その指にはめる。
「これ…」
ネックレスに付いていた指輪とよく似ているが、蔦の所々に花がついたデザインだった。
「前と同じように防御魔法をかけてあるけど、今回は発動したら花だけが消えるようにしたよ。少しくらい、前の自分と違う方が良いかなって。まあ、発動するような事があっても困るけどね」
「うん。すごく嬉しい…ありがとう…」
「自分の力で何としても、なんて言いながらライオネル殿に助けられちゃったのは格好つかないけどね」
「ふふ。でもなんだか不思議だわ」
「ん?」
「だって、母も私も親子二代で全く同じ事してるもの。恋人の記憶をお互いに無くして、奇跡的にもう一度同じ人を好きになって」
「うん。ソフィは大変だったと思うけど、運命的だよね」
「ええ」
そう言って二人で笑い合う。
しかしソフィアは大切な肝心な事が解決していないと気づいた。
「でもアルのお家は大丈夫なの?」
「なんかさ、上の兄上はソフィアの事調べていたみたい。記憶を無くす前から、俺は兄上に相談してたらしいんだよね」
「そうだったの…」
知らなかった。
ネックレスに付いていた指輪は、アルフォンスが真剣にソフィアとの事を考えてくれていた証だったのか。
「相談してる最中に厄災が起こってそのままになってたけど、昨日魔法紙が届いてから実家に帰ったんだ。誓約の事は言えないけど、色々説明したら『お前が言ってくるのを待ってた』って。今回の事で両親の説得に協力してくれた。と言っても、ソフィアの事を話したら大丈夫だったよ。単純だよね、貴族って」
「そうなのね」
アルフォンスがどこまで話したかは知らないが、元文官だと言う兄は優秀なのだろう。
「だから安心して。俺は三男だし一代限りの騎士爵だけど、子供は確実に高魔力保持者だからね。自分で未来を切り開ける力を持って生まれてくるんだよ。もう希望しかないね」
「そうね」
いつか出会えるかもしれない子供は、きっとジョシュアやヒューのようになるのだろう。
「私ね、自分のせいで両親の人生を狂わせてしまったと思っていたの。だから魔力回路の治癒も、対価として取られなかった自分の存在意義なんだって思ってた。自分の幸せなんて望んだらいけないのかなって」
「うん」
「でも、アルと出会ってきっと、初めて幸せになる事を望んだのね」
「嬉しい。一緒に幸せになろう」
「もちろん!」
アルフォンスに抱きしめられて、ソフィアは幸せを噛み締めた。
これが、親子二代に渡って起こった、私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末。




