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アルフォンスはずっとソフィアを見つめながら話す。
そして時折愛おしそうにソフィアの手の甲を撫でている。
今更になってワインが回ってきたのか。
いや、今日は全然飲んでいない。
顔が熱くて仕方がない。
「本当はさ、どこかのお店でご飯でもって思ってたんだけど、俺達の話って誓約に引っかかるから外だと話せないことも多いだろう?まぁソフィは、ちょっと警戒感無さすぎだけどね。でも、それはそれでラッキーだなって」
「ラッキー?」
「そうだよ。だってこんな風に隣に座ってソフィの手を握れる」
アルフォンスが甘過ぎる。
供給過多だ。
何だろう、だんだんクラクラしてくる。
「あ、甘過ぎるわ!」
「そうかもね」
クックッとアルフォンスは笑っている。
「陛下はさ、多分“うちの嫁に欲しかった”って言いたかったと思うんだよ」
ジョシュアもそんな事を言っていたが本気ではなかったと思う。多分。
「でも、王家は純潔じゃないといけないだろう?だから記憶を無くす前の俺は本当に良い仕事をしたと思ったよ」
アルフォンスは何て事を言うのだ。
「ソフィを狙う男は他にもいるってキリルが言ってたんだ。侯爵家でも雇えない師匠付きの治癒師だよ、その価値はみんな分かってる。でも北方出身の平民だから表立っては言わないんだって。その上今日、ソフィが北の英雄の娘だってバレた。君も質問攻めにあったんじゃない?厄災で活躍した人物なんて騎士にとっては憧れだからさ。これはもう、ゆっくり関係を深めてなんて悠長な事、言っていられないなって」
アルフォンスがジワリジワリと近づいて来る。
ああ、彼の黒い瞳から目が離せない。
砦で彼と話した時から気づいてた。
自分はアルフォンスに惹かれていることに。
そもそも自分が愛していた相手だ、惹かれない方がおかしい。
彼に沢山の縁談が届いている事を、嫌だと思う自分がいた。
彼の魅力を語る親切な人達に、みんな今更何を言っているんだと思った。記憶が無いのに何を、と自分でも笑ってしまったが。
面倒だと逃げ出したい気持ち以上に、アルフォンスに会いたかった。
「ソフィ、俺は何度だって君に愛を伝えるよ。そして何度だって君に尋ねるから。ねぇ、今のソフィの気持ちを聞かせて?」
コテンと首を傾げるアルフォンスは、絶対にわざとやっているに違いない。
「す、す…」
「す?」
「好き…私はアルが…すーー」
好きだと、最後まで言えなかった。
言い終わる前にアルフォンスに抱きしめられたからだ。
「好きって言ったよね!もう取り消すのは無しだから!」
ギュウギュウと抱きしめるアルフォンスの声は弾んでいる。
「と、取り消さない…」
「うんうん。嬉しい」
アルフォンスはソフィアの髪を撫で、クルクルと指に巻き付けて遊んでいる。
「あ~良かった。これで安心できる。いや、まだ完全にじゃないけど。王都に行っている間中気が気じゃなかったよ。全然会えないし、俺にやたらと縁談が届いてたから。ソフィもお母君みたいに逃げるんじゃないかって」
「あ~…」
正直ちょっと考えた。
北方に戻ってしまおうかと。
「え?本当に考えてたの?」
「…少しだけ。何か色々面倒になって、実家に戻ろうかなって」
ソフィアの言葉を聞いて、アルフォンスが抱きしめる腕に力を込めた。
「危なかった!そんな事されたら北方まで追いかけるよ」
今のアルフォンスならやりかねない。
こんなに積極的な人だったとは。
まるでヒューみたいじゃないか。
混乱するソフィアをよそに、アルフォンスはソフィアの耳や頬に何度も口付ける。
「そ、それでもアルに会いたいって思ったから。ちょっと、ちょっと考えただけ!」
「うん。良かった。ここにいてくれて」
腕に込める力を抜いて、アルフォンスはそっとソフィアの頬に触れた。
そしてソフィアの唇をなぞり、触れるだけのキスをする。
「これはもう、キスしていい流れだよね?」
「もうしてるじゃない」
「うん」
アルフォンスは笑うと、もう一度キスをした。
だんだん深くなるキスに、ソフィアの心臓は破裂しそうなほど鼓動が速くなるのが分かる。
「ねぇ、ソフィ」
「ん、なに?」
唇が離れると、アルフォンスはソフィアの首筋に顔を埋めた。
「俺、思ったんだけどさ」
「うん、ねぇくすぐったい」
「俺達って二人とも付き合っていた時の記憶がないよね?」
「そうね」
「二年も一緒にいたのに、全部無かった事になっちゃってるでしょ?」
「そうね」
「それがすごく悔しいんだよね」
「うん」
確かにソフィアもそう思う。
アルフォンスと過ごした形跡はそこかしこに残っているのに、自分は覚えていない。
周囲の人間から話を聞いても、どこか他人事のように感じたのも確かだ。
対価に取られたのは記憶だから困る事は無いと思っていたが、アルフォンスを好きだと気づいてそれが寂しかった。
「まぁこれからまた二人で沢山思い出を作れば良いんだけど」
「そうね」
アルフォンスはソフィアの肩にグリグリと額を押し付けている。
大型犬のようで可愛いと思ってしまうのは、仕方がない。恋とはそういうものだろう。
「とりあえず王家にソフィアを取られないようにさ」
「ん?」
王家?
アルフォンスは何を言っているのか。
肩に押し当てていた額を離して、アルフォンスはソフィアの顔を見る。
そして一度ニッコリと笑うと、ソフィアの耳元に唇を寄せた。
「二人が覚えておける既成事実、作っておいた方が良くない?」
「~~~~~!」
耳元で囁かれたソフィアはもう限界だ。
記憶を取られる前の自分よ、何故アルフォンスといて平気だったのか。
こんなにドキドキしていたら心臓が持たない。
「ダメ?」
「だ、だ…」
「だ?」
「ダメじゃ…ない…です…」
プシューと音が出そうなほど、赤くなったソフィアが言った。
「良かった」
アルフォンスはもう一度ニッコリと微笑むと、ソフィアに深く口付けた。




