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北方騎士団の騎士達に重症者はいなかった。
それでも四十人近い騎士の治療を一人でするのはきつい。ポーションを貰ってこようかと考えていると、
「ヒューにも手伝わせるから安心しろ」
とセルブスが言った。
「ヒューに?でもあの子、治癒なんて…」
「出来るんだよ、あいつ。マーガレットに治してもらう為に隠してやがった。さっきアルフォンス殿の部隊を治してまわってた」
何と言う事だ。
今までソフィアも知らなかった。
ジョシュアは知っているのだろうか。
「本当にヒューは…セルブス様、申し訳ありません」
セルブスを治し終えるとソフィアは頭を下げる。
「いや、あいつには驚かされてばかりだからな。もう慣れた」
何故だろう。
厄災が終わったというのに、セルブスの顔には疲労の色が見える。
「ソフィア、アルフォンス殿の事なんだが…」
「え?」
「瘴気の裂け目を塞いだのはヒューとアルフォンス殿だ。ヒューの奴が親父さんを置き去りにして一人で裂け目を目指して突っ込んで、その時にアルフォンス殿達と会ったんだ」
「そうだったんですか」
「ヒューはアルフォンス殿が親父さんと同じくらいの魔力量だと知っていた。でも俺は、西方騎士団にそんな魔導騎士がいるなんて父上からも聞いた事はない」
「………」
「もしかして、ジュリアさんと同じ事を?」
「…はい」
「治癒師は?」
「…私です」
誓約に引っかからないギリギリの言い回しだった。
セルブスはきっと、ヒューの話を聞いた時から確信していたのだろう。
「ちょっと来い!」
セルブスはソフィアを引っ張って人のいない場所まで連れて行った。
「何を取られた?」
「…記憶、です。彼の」
ソフィアの言葉にセルブスは天を仰いだ。
「母娘揃って…」
「すみません…」
沢山の人に心配掛けてしまった。
それでも、ソフィアは後悔はしていない。
「厄災が迫っている中で、他の選択肢が見つけられませんでした。それに私は、後悔はしていないんですよ。治療したから、彼はヒューと一緒に瘴気の裂け目を塞いでくれた。本当に、良かったと思ってるんです」
ニッコリと笑うソフィアを見て、セルブスは溜息を付いた。
「…分かった。多分お祖母様は、すぐにこの事を知るだろうな。いや、もう知っているかもしれない」
「ええ」
「…ソフィア、お前幸せか?」
「もちろん」
「そうか…」
セルブスはソフィアが生まれた時からずっと見守ってきた。
子供の頃には何故妹ではない赤ん坊が家にいるのか理解出来なかったが、後継者教育の中で誓約の事を教えられた。成人してからはソフィア達の家族の事情も。
マーガレットといつも二人でいる姿は、妹がもう一人増えたような気持ちだった。
だから自称兄として、ソフィアには幸せになって欲しかった。
「それならば、もう何も言わん。とにかく落ち着いたら一度くらい帰省しろ。その頃にはうちにも二人目が生まれているはずだから、顔ぐらい見ていけ」
「わぁ楽しみです!ミシェル様にもお会いしたいですし」
「それにヒューのやつ、今回の事で功績を上げて例のイベントやろうとしてるぞ。ソフィアも観にくればいい。俺も参戦してやろうと思っているからな」
「それは…修練場が無事だといいですね…」
ソフィアが遠い目をした。
魔導騎士三人が本気で戦ったら隊舎が危ない。
「ああ!二人でコソコソ何してるの!」
呑気な声が聞こえて来た。
「ヒュー…」
「先輩ダメですよ~、既婚者なんだからソフィアを口説いちゃ。ミシェル様に言っちゃいますよ」
「口説いてないわ!主にお前の話だ!」
セルブスの苦労が偲ばれる。
手のかかる部下が居て大変だろう。
「ヒュー、あなた治癒が使えたのね?」
「うん」
「全く。そんな大事な事を隠しておくなんて。北方騎士の人達、一緒に治療するわよ」
「え~」
悪びれる様子もなくヒューが唇を尖らせる。
「え~じゃない!早く!」
ブツブツと文句を言うヒューと一緒に治療をしていく。
ヒューの治癒能力は高く、あっという間に治療を終えた。
「それじゃあ俺達は北方に戻る。西方騎士団の方々によろしく伝えてくれ」
「はい。お気をつけて」
「あ、先輩!すぐに追いかけるので先に行ってもらって良いですか?」
出立を前にヒューが言った。
「…自由過ぎるだろ、お前」
「それが俺の長所なんで!」
不機嫌になりながらもセルブス達は出立して行った。
「ヒュー、何か忘れ物でもあった?」
「ん~、忘れ物といえばそうかも。アルフォンスさんに会ってから帰ろうかなって」
「あぁ、そうなのね」
「一緒に探して、姉さん」
「…こんな時ばっかり姉さんって」
ヒューはいつも、ソフィアに頼み事をする時だけ『姉さん』と言っていた事を思い出す。
連れ立って砦の中を歩いているとキリルを見つけた。
「あ!キリルさん!」
「ソフィアちゃんの弟君じゃないか。あれ?もう帰ったんじゃないの?」
「アルフォンスさんに会ってから帰りたくて」
「そうなんだ。アルフォンスならさっき詰所に居たから呼んできてあげるよ」
そう言うとキリルは小走りに詰所に向かった。
ヒューに流されてついて来てしまったが、アルフォンスに会うのだと思うとソフィアはなんだか緊張してきた。
(無事なら良かったんだけど、あれ?何話せばいいのかしら)
悩んでる間に二人の元にアルフォンスがやって来る。
「アルフォンスさん!」
「ヒュー殿と、ソフィ?」
「あの、ヒューがあなたに会ってから帰りたいって言うから」
「そっか。ヒュー殿、今回は本当にありがとう。君も色々大変そうだけど、応援してるよ」
「ありがとうございます!アルフォンスさんも頑張ってくださいね。俺はあなたの事も“義兄上”って呼びたいので!」
「は!?」
「え!?」
ヒューがとんでもない事を言い出した。
「ソフィアも自分の幸せを一番に考えるんだよ。アルフォンスさん、ソフィアの事よろしくお願いしますね~。じゃあまた!」
そう言うとヒューは強い光を放って転移していった。
ヒューがいなくなると、なんとも気まずい。
気まずさに耐えきれず、ソフィアが口を開いた。
「あの!ヒューと一緒に瘴気の裂け目を塞いだって聞いたの。厄災を終わらせてくれて本当にありがとう」
「いや、俺達はヒュー殿に助けられてばかりだったから。ソフィの弟は何と言うか、自由ですごいな」
「あ~うん、自由ね、確かに」
「もちろん能力も高い。あれは天才だな」
アルフォンスはヒューの行動を思い出す。圧倒的な魔力量で他を圧倒し、転移も治癒も難なく熟す。まごう事なき天才だ。
「全ての行動原理が恋人の為っていうのも、真っ直ぐさが眩しかった。あんな風に生きられるのは本当に格好いいと思う。セルブス殿は苦労してそうだが、同時に愛情も感じるしな。仲が良さそうだ」
多分ヒューがセルブスを“義兄上”と呼ぶ日は近いだろう。
「そういえば、ソフィに聞きたい事があったんだ。ちょっと時間ある?」
「え?うん。今は治療も終わったから平気よ」
「じゃあちょっと二人で話そう」
そう言うとアルフォンスは、ソフィアを砦の裏へ連れて行った。




