53
既に森は真っ暗だ。
灯りを掲げていても数メートル先までしか見えない。
魔獣はどんどん数を増やしていく。
瘴気の裂け目はもう近いのだろう。
ひたすら魔獣を斬り、魔法で薙ぎ払っていく。
「…マジかよ。ソフィアちゃんの弟、とんでもないな…」
流れるように魔法を放ち、剣に纏わせた属性をコロコロと変えながら先に進むヒューを見て、キリルが思わず呟く。
「北方ってこんな魔導騎士がゴロゴロいるのか?」
「それはないだろ。彼が特別なだけだ」
魔獣を倒しながらアルフォンスが答える。
実際はバードナー家の男性陣が特別なのだが。
「さっきの治癒だって凄かった。一気に治してくれたからキツかったけど」
「普通は怪我人に負担をかけずにゆっくりやるらしいからな」
先程までボロボロだったはずなのに、今は嘘のように体が軽い。
「アルフォンスさん!」
見える範囲の魔獣を倒したヒューがアルフォンスの元に走って来た。
「多分この先に瘴気の裂け目があります。魔法を叩き込んで塞ぐんですが、父さんを置いて来ちゃったので俺一人だとちょっと時間が掛かるんですよね、多分。一緒にやってくれます?」
「それは勿論だが…」
「アルフォンスさんの得意な属性は?」
「火属性だ」
「俺は水なんです。それならでっかい爆発が起こせそうなんで、お互い得意な属性でいきましょう。あ、ソフィアと結婚するのに功績が必要だったらお任せしますけど」
ヒューの言葉に思わず咽せる。
「いや…それは大丈夫だ。早く終わらせた方が良い。二人でやろう」
今の関係は結婚などとは程遠い。
そもそもソフィアはアルフォンスとの結婚など一ミリも考えていないだろう。
「ふ~ん、そうなんですね。でもそれなら良かった!俺、何とか結果を残さないとマーガレットと結婚出来なさそうなんで。流石に北方でも公爵家の壁は高くて。というか団長の壁?」
「公爵家?」
「マーガレットは公爵家の令嬢なんですよ。で、団長の娘。怖いんですよ、うちの団長」
「それは…大変だな」
主に騎士団長が。
伯爵令息の息子ならば、問題無く結婚出来そうも気がする。高い壁なのは絶対に騎士団長だろう。
英雄と呼ばれた父を置いて勝手に進み、恋人に治療して欲しいがために治癒を使える事を隠していた。
結局治癒が出来る事がセルブスにバレて、頭を叩かれていたが。
ヒューが才能溢れる魔導騎士なのは認めるが、自由すぎる。
上司は大変そうだ。
「えぇ。でも俺、マーガレットと結婚するために魔導騎士になったんで頑張りますよ!」
結婚するために魔導騎士になったとは?
短い付き合いだが、ヒューの行動原理は確実に恋人だと分かる。
清々しいほどに。
厄災が終わったら、ヒューには聞きたい事が多すぎる。
「あぁ、頑張ろう。みんな幸せになれるように」
「ですね!」
二人は頷きあい、瘴気の裂け目を目指す。
現れる魔獣の周りを黒いモヤが漂いはじめた。
その先に夜の闇の中でも分かるほどの禍々しい空間が見える。
「あれか!」
黒いモヤを吹き出し、魔獣達がワラワラと出て来る大きな穴。
これが瘴気の裂け目だろう。
「先輩、多分でっかい爆発が起きると思うんで少し離れててもらっていいですか?逃げて来た魔獣をお願いします」
「分かった。頼んだぞ、ヒュー、アルフォンス卿」
セルブスに告げて、二人で裂け目に向かって走る。
魔法で裂け目の周囲の魔獣を一掃する。
「アルフォンスさん、いきますよ!」
「分かった!」
自分が持てる全ての魔力を込めて、裂け目に炎を放つ。
ヒューが放った水魔法が炎に触れると、ものすごい爆音と共に強烈な風が辺りに吹き荒れる。
「このまま!このまま魔法をかけ続けて!」
ヒューに言われるままに魔法を放つと、炎と水の隙間から立ち上る瘴気がジュウジュウと音を立てて消える。
(これは…確かに一人だとキツイな…)
今までの倍以上の魔力を得たにも関わらず、それでもキツイと感じる。
ヒューはアルフォンスよりも魔力量は上だろう。それでも表情は辛そうだ。
どのくらい経ったのか、立ち上る瘴気が出なくなり穴が塞がっていく。
他の地面と変わらない程塞がった時、吸い込まれるように放っていた魔法が地面から弾かれた。
「終わっ…た?」
「多分…」
ヒューの言葉を聞いて、思わず座り込む。
周囲の魔獣達は両騎士団が倒してくれたのだろう。
離れた場所で戦う音はするが、アルフォンス達の周りには魔獣の気配はない。
「ちょっと…立ち上がれないかも」
見るとヒューも座り込んでいた。
笑ってはいるが、額には汗が浮かび顔色も悪い。
きっと自分も同じようなものだろう。
「あぁ。少し休んだらみんなの所に行こう」
「そうですね」
ふぅとヒューが息を吐く。
「ねぇアルフォンスさん」
「ん?何だ?」
「ソフィアは…記憶を取られましたか?」
その言葉を聞いて、アルフォンスは思わずヒューの顔を見た。
「…あぁ。俺の事は忘れていたよ」
「そっかぁ。ジョシュアからその話を聞いて、ちょっと信じられなくて。姉は、ものすごくあなたを愛していたから」
「え?」
「たまにね、マーガレットと二人でソフィアの家に遊びに行ってたんですよ。マーガレットの祖母リリス様は母の師匠だったんです。その縁で母とソフィアにくっついて公爵家によく行っていて。ソフィアは公爵家で産まれたんですよ。母がリリス様に匿ってもらっていたから」
「そうだったのか…」
恋人から逃げたソフィアの母は師匠を頼ったと聞いた。それが北方の公爵家だったのか。
「ソフィアとマーガレットは親友で、俺がマーガレットを連れて転移して会いに行くと、いつも怒りながらも家に入れてくれました。そこであなたの話も聞いてました」
「そうか…」
「西方は身分差があるからこのまま付き合っても先はないって、いつも言ってました。それでもあなたが好きで、もう少しだけって思って離れられないんだと。だからね、俺はあなたの事が嫌いだった」
「え?」
「北方はね、身分が障害にはならないんですよ。本人の能力があればそれほど問題にはなりません。それなのにわざわざ西方貴族と付き合って辛い思いをして。長く付き合っても結婚の話も出ないし、ソフィアを悲しませるような事をするなら、力づくでどうにかしてやろうと思ってました。絶対に負ける気はしないですから」
記憶が無いとはいえ、何も言うことができない。
「それなのに魔力回路の治癒なんてして。完膚なきまでに叩きのめしてやれなくなっちゃったじゃないですか」
「…泣いて、いるのか?」
ヒューの目からはポロポロと涙が流れている。
「ソフィアはね、いっつも自分の事は後回しにするんですよ。祖母のせいで両親が結婚出来なくなって姉弟の中でソフィアだけが平民で、しかも俺やジョシュアのせいで能力が低いと思われる。それなのにいつも俺達に優しくて。もっと自分の幸せの為に動いても良いのに」
悔しそうに下を向くヒューを見る。
きっと彼は、ソフィアが大好きなんだろう。
大好きな、幸せになって欲しいと心から願う姉なのだ。
「あなたも呪いでソフィアを忘れてるんですよね。今回の事であなたは国から結婚する事を求められる。俺やジョシュアのような子供を作る為です。お互いに忘れた今なら何の問題も無い。だったら、姉を解放してくれませんか?」
ソフィアと同じ榛色の瞳、しかし先程と同じ温度のない冷たい目がアルフォンスを見つめた。




