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強い光が消え、ソフィアが椅子から崩れ落ちそうになる。
予め分かっていたのか、ジョシュアがソフィアの体を支えた。
「お疲れさま、姉さん」
いつも自分を守ってくれた優しい姉。
ジョシュアもヒューもソフィアの事が大好きだ。
さっき撫でられた手を思い出す。
いつの間にか身長が逆転しても、ソフィアにとっては自分達はいつまで経っても小さくて可愛い弟のままなのだろう。
「姉はこのまま眠ります。遅くとも数日で目が覚めるでしょう。お部屋をお借りしても?」
「ああ、信用出来るメイド達に来てもらっているから案内させよう。ソフィアが目を覚ますまで、デリング公爵家で責任持って対応する」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ソフィアを抱えたジョシュアは、レオナールに礼を言い、呼ばれた侍女と共に部屋を出た。
アルフォンスはベッドから起き上がろうとするが、体が上手く動かない。
「何だ、これ…」
自分の体でないみたいだ。
「ランセル卿、急に魔力が流れ始めて体が順応していない。慣れるまでもう少し横になっているように。数時間もすれば動けるようになる」
「…はい」
(ソフィは大丈夫だろうか)
体が怠くて、顔を見る事すらできなかった。
「私は報告のために王宮に戻ります。ソフィアが目を覚ましたら私宛に魔法紙を飛ばして頂けますか?隣国の動きが少々きな臭いので長く空けることができそうにないのです。ジョシュアは勝手に帰ってくるでしょうから置いていきますが、夕方までには戻って来るように伝えていただけますか?」
シモンはレオナールに言う。
「分かりました」
シモンはもう一度頭を下げて、王宮に転移して行った。
「アルフォンス、体はどうだ?」
「魔力があるのは分かります。でも、なんと言うか…自分の体ではないみたいです」
「魔力は戻ったのか!」
「今すぐ使うのは…ちょっと厳しいですが、体の中に魔力は感じます」
「団長、まだ無理ですよ。魔力が馴染むまで数時間はかかる」
「あぁ、フェイ、そうか。すまない」
フェイに言われて、シモンが言っていたことを思い出した。
「アルフォンス、今日は休め。動けるようになったら家に戻って良いし、部屋はあるからここに泊まっても問題無い。バタバタとして申し訳ないが、体に問題無ければ明日は出勤してもらえるか?」
「はい。動けるようになったら家に戻ります。明日も出勤するつもりです」
「助かる。魔獣が確実に多くなっているから。それじゃあ私達はもう行くが、無理はするな。ソフィアもうちの者が見ているから心配しなくていい」
「ありがとうございます」
レオナールとフェイが部屋を出ていくと、アルフォンスは目を閉じた。
体に魔力があるのは分かる。
しかしすぐに使うのは無理だろう。
体が怠くて仕方がない。
「ソフィ…」
帰る時、顔だけは見に行こう。
本当は彼女の側に付いていたいが、ここ数日で魔獣の目撃情報が格段に増えている。
きっと目を覚ますまでは来られない。
ソフィアは来なくていいと言っていたが、アルフォンスは会いに来るつもりだった。しかしこの状況では厳しいだろう。
そっとポケットに手を当てる。
「だからせめて、顔ぐらいは見てもいいよな…」
そう呟いて、アルフォンスは抗えない眠気に勝てず眠りに落ちた。
レオナールとフェイは部屋を出ると、客間に入り人払いをした。
「魔力回路の治癒とはすごいものだな。フェイもエリーも、同じことが?」
「出来るか、ですか?もちろん出来ますよ。やるかどうかは別の話ですが」
メイドも下がらせたので、フェイが紅茶を淹れた。
レオナールにカップを渡すと、自分のカップにドバドバと砂糖を落としてかき混ぜる。
「私も師匠から学んでいますが、あれは禁術です。ソフィアはよくやり遂げたと思いますよ」
「その通りだな。本当に魔力が回復するとは…」
「ランセル卿は夕方には問題なく動ける筈です。今はまだ体が慣れないでしょうが、数時間もすれば落ち着きます。シモン殿はわざと隣国との事を口にしたのでしょう。状況は良くない。ランセル卿には悪いが、明日からでも動いてもらわないと厳しいでしょうね」
「そうだな…」
レオナールも気になっていた。
あんな機密を迂闊に口にするとは思えない。敢えて言ったのだろう。
「ソフィアのことは私も様子を見に来ますよ。エリーも心配していましたから、ここに来る許可を頂ければありがたい」
「それは勿論だ。私も長くは騎士団を空けられない。出来れば…他の魔導騎士や魔術師にもデモンズハーピーの危険性は伝えたい」
「それが良いと思いますよ。危険性を伝えるならば誓約にはかからないでしょう。もし副団長に何かあればエリーはきっとソフィアと同じ選択をしかねない。我々を守るためにもそうしていただきたい」
フェイはそれを危惧している。
せめてデモンズハーピーの危険性を周知出来れば、その可能性も格段に減る。
「私も可愛い妹弟子が禁術を行うのは避けたいですからね。シモン殿もジョシュア殿も本当にすごいですよ。バードナー家だからでしょうね。二十三年前の事があるから何とか受け入れたんです。普通は弟子からそんな申請が来たら、こうはいかないですからね」
「そういうものか」
「えぇ。他の職種は分かりませんが、師匠付きの治癒師は師弟の繋がりが強い。ソフィアの母親が師匠に助けを求めたのも理解出来ます」
「フェイは、弟子を取らないのか?」
レオナールの言葉に、フェイは一瞬動きを止める。
「…私には向いていません。うちは子供が三人ですよ。騎士団の仕事もあるし手一杯です」
レオナールは、彼が愛情深い人物である事をよく知っている。
だからこそ、弟子に何かあった時の事を考え、師匠となる選択をしないのだろう。
彼は懐に入れた者が悲しむ事を、殊更嫌がる人間だから。
「師匠には無責任だと怒られますがね。これで良いと思いますよ」
「そうか」
「えぇ。さて、お茶をご馳走様でした。そろそろ騎士団に戻りましょうか。副団長とエリーがヤキモキしているでしょうから」
「たしかに。ジョシュア殿に声だけかけて戻ろう」
二人がジョシュアの元へ行くと、ジョシュアはソフィアの側に座っていた。シモンからの伝言を告げる。
「勝手に帰って来るとか、夕方には戻れとか…僕は犬か?」
シモンの言葉に、ジョシュアは大層不満気だった。
「犬とか!あはは!」
ジョシュアの言葉を聞いてフェイはまた肩を振るわせて笑っている。
「フェイ…」
フェイがこうなった時のスルースキルをこの数日で身につけたレオナールは、今回もその力を発揮することに決めた。
「姉の事は心配ですが、いろいろ面倒な事が重なって王宮も忙しいので言いつけ通り帰ることにします。このように対応してくださってありがとうございました」
「こちらこそ本当に助かった。あなたの優秀さを実感したよ。ありがとう」
ジョシュアはソフィアの頭をそっと撫でてから、転移して戻って行った。
強い光が消えると、レオナールは思わず呟く。
「相変わらず、すごいな…」
「えぇ、国が作りだそうとした魔力の持ち主ですから」
圧倒される二人の横で、ソフィアは静かに眠っていた。




