42
怒涛の一日から数日後、レオナールの元に魔力回路の治癒を許可する旨が、王宮治癒師団から正式に届いた。
許可を待っている間にも街中での魔獣の目撃情報が増えている。
ソフィアが考えていた以上に許可が早く出たのは、厄災まで時間は無いと判断されたんだろう。
とは言え、事情が事情のため治療は秘密裏に行われる事になる。
万が一の事も考え、騎士団の隊舎内ではなくレオナールの実家である公爵家の別邸を使う事になった。
ここは騎士団にも程近く、人払いもしやすい、治療後は眠る事になるソフィアの世話も理由を知られずにできる。
治療の当日、別邸にはレオナールとフェイ、アルフォンス、ソフィアが集まった。
解呪のためにジョシュア、そしてシモンも来る事になっている。
魔力回路の治癒を実際に見た事があるシモンの存在はソフィアにとっても大きい。
フェイが設置した転移陣が光り、シモンとジョシュアが現れる。
そして挨拶もそこそこに、ソフィアの前にツカツカと歩いてきた。
「え?ちょ、師匠っ!」
「この馬鹿弟子が!あんな手紙を送ってきて!」
ソフィアの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。
………既視感がすごい。
レオナール、フェイ、アルフォンスはまたしても置き去りだ。
初対面でのジョシュアの対応は、師匠譲りか。
レオナールは隣で肩を震わせているフェイを睨む。
「あー…シモン殿、もうそのくらいで」
見るとジョシュアも笑いを堪えている。
お前もか。
「あぁ、申し訳ない。ソフィアの顔をみたら手紙が届いた時の怒りが再燃してしまった」
シモンが頭を下げると彼の髪が揺れた。胸ほどの長さの榛色の髪を一つに結び、肩に垂らしている。
姉弟と同じ髪色は、バードナー家の色なのだろう。
「王宮治癒師団より正式に治療の許可が下りました。陛下からも承認は頂いております。私は前回の治療を経験していますので、本日は見届け役として参りました」
王宮魔術師としてのシモンに戻り、騎士団の面々に話す。
「時間が無いので早速ですが始めていきます。先にジョシュアが解呪を行いますがよろしいですか?」
「お願いします」
レオナールの返事を聞き、シモンはジョシュアを見る。
「ではジョシュア」
「はい」
ジョシュアはアルフォンスをベッドに寝かせると、アルフォンスの額に触れる。
そしてしばらく呪文を唱えた。
ジョシュアが触れた部分から、光と黒いモヤのようなものがグルグルと渦を巻いている。
そして時折アルフォンスの胸の辺りが黒くなる。その度にアルフォンスが苦しそうに顔を歪ませた。
あれがきっと呪いなのだと、解呪を見ながらソフィアは思う。とても恐ろしくて、悲しい呪い。
ジョシュアでも時間がかかると言っていたのは本当で、1時間ほどそうしていただろうか。
だんだんと黒いモヤが小さくなっていき、それとともに額から漏れる光も少なくなった。
「いた…」
ジョシュアが小さく呟いた後、額の光が強くなる。
「うわっ!」
アルフォンスが声を上げる。
同時に強い光が消え、ジョシュアの呪文が止んだ。
「…終わりました」
見るとジョシュアが右手に何かを握っている。
「本当に強い呪いですね…私でもなかなか見つけられなかった」
ジョシュアはそう言うと、黒い小さな塊を見せる。
「これが呪いの核です。解呪を嫌がって身体中を逃げていましたが、何とか捕まえる事ができました」
シモンはその核をジョシュアから受け取ると、手の平ほどの箱に入れる。
そして何かを唱えると、カチリと箱から音がした。
「これで大丈夫だろう。私は核を見つけるまでにもっと時間がかかっていた。さすがだな」
「ありがとうございます」
薄らとジョシュアが微笑む。
「ランセル卿の解呪は終わりましたよ。体は如何ですか?」
ジョシュアに問いに、アルフォンスは体を起こして、首を回したり手を握ったりした。
「特に変わりはないように感じます。呪いがかかっていた時とも変わりはないようですが…」
「これは命を喰らうような類のものではありませんから。それでもちゃんと核は取り除きましたので問題ありません」
「そうですか。ありがとうございました」
そういうものかと納得して、アルフォンスは礼を言った。
「体に問題が無ければこのまま魔力回路の治癒に入ります。ソフィア」
「はい」
シモンに言われ、ソフィアはジョシュアと交代する。
「ソフィア……姉さんに何があっても、師匠も父さん達もヒューもいるよ。もちろん僕も」
ジョシュアが小声でソフィアに話しかける。
そっとソフィアの手を握り、泣きそうな目で見つめている弟を見て、子供の頃のジョシュアを思い出した。
あの頃慰めたように、そっとジョシュアの頭を撫でる。
「ありがとう、ジョシュア。あなたは私の自慢の弟だわ」
されるがままのジョシュアの髪の感触をしばらく堪能し、アルフォンスの横に座った。
「ソフィア、もう大丈夫か?」
シモンは眉を少しだけ寄せて言った。
心配している時の師匠の仕草だ。
「はい」
アルフォンスと目が合う。
「ソフィ、俺は絶対に約束を守る男だから。忘れないで」
「…またその話?」
「もちろん、それが条件だよ」
得意気に微笑むアルフォンスを見て、少し緊張がほぐれた気がする。
「…分かった。あなたを治したら、考える」
「考えるんじゃなくて、絶対だから」
「はいはい」
「うん。じゃあお願いします」
ソフィアは一度深呼吸をし、右手をアルフォンスの胸の上に手の平を翳した。
使う事はほぼ無いと言われていた禁術。
ゆっくりとアルフォンスの体に魔力を巡らせる。
(大丈夫、落ち着いて。母さんもやったんだから、私も出来る)
軽い耳鳴りがして、周囲の音が消える。
段々と感覚が研ぎ澄まされていくような、不思議な気持ちになる。
ゆっくりと巡る魔力が途切れた部分を見つける。
ここが魔力回路なのだろう。
アルフォンスが苦しそうに顔を歪めるのが見える。
グッと力を込めて回路を繋ぎ合わせる。
ゆっくりと、慎重に。
しばらくすると、アルフォンスの体の中を、少しずつ魔力が回り始めた。
(もう少し)
アルフォンスの中に入っていく魔力が増えているのが分かる。
吸い取られていくような、引っ張られるような感覚。
終わりが近づいているのが分かる。
(私があなたを治すから、あなたは自分の道を…)
ソフィアが力一杯魔力を込めると、目を開けていられないほどの強い光が部屋に広がった。
「うわっ!」
驚いたような誰かの声がする。
(アル…)
光が収まると同時に、ソフィアは体中の力が抜けて意識を失った。




