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結局話し合いは平行線のまま時間切れとなった。
アルフォンスは不満気だったが、とにかく休むように言って家に帰し、一人になった部屋をぐるりと見回してから、ソフィアはキッチンを片付け始める。
怒涛という言葉が似合いすぎるくらい、いろんな事があった。
朝はあんなに緊張して、アルフォンスとはもうまともに話す事も無いかと思っていた。
その数時間後には、まさかソフィアの自宅に招く事になるとは予想もしていなかった。
それでも、以前の関係に戻ったような、そんな錯覚さえ覚えた。
軽口を言い合い、楽しいと思ってしまった。
もう手放す事を決めたのに、縋ってしまいたいとすら思うような自分の気持ち。
一日の感情の起伏が激しすぎて、どっと疲れた。
「まぁそれでも、一緒にはいられないんだけどね」
アルフォンスのコップを洗いながら呟く。
アルフォンスは頑なに荷物を持ち帰らなかった。
初対面の人に、『あなたの恋人は私ですよ』と言われたところで、受け入れられるはずもないだろうに。
そう思うソフィアも、大概頑固だと思う。
もう一度元に戻れるのではと思ってしまう気持ちと、現実を思い出してやっぱり無理だと思う気持ちと。
「指輪なんて、どうして…」
結婚が難しいのは分かっていただろうから、きっとプレゼントとして用意してくれていたのだ。
わざわざイニシャルを彫っていたのは気になるが。
「ま、その時のアルの気持ちは永久に誰にも分からないのよねぇ」
考えて考えて、答えが出ない事は悩んでも仕方がない。
母のように『何とかなるわよー』とケラケラ笑えるくらいが、自分には合ってる気がする。
こうしている間にも、厄災が始まるかもしれない。
正式に許可が出るまでどれくらいだろうか。
「荷物とか、片付けた方がいいかしら」
もしも視力を取られたら、慣れるまでは一人で生活も出来ない。
「母さんにだけは、連絡しとこうかな」
母ジュリアは魔力回路の治癒経験者という、とんでもない経歴の持ち主だ。もちろん知っている人は少ないし、その凄さが分かるのは師匠付き治癒師だけというニッチな世界での話だが。
「父さんにもバレるか」
恋人のために魔力回路の治癒をしたいなどと伝えれば面倒な事になりそうだとは思うが、全てを話さず無理を通そうとして、結果的に周囲に迷惑をかけてしまった。
教訓は生かさないと意味がない。
「いや、でも、これって機密事項よね?話しちゃダメじゃない?」
考えてみたらそうだ。
危ない、危うく情報漏洩の罪に問われる所だった。
「早く決まるといいなぁ」
アルフォンスとの微妙な感じも、治療が終わればハッキリする。
恋人同士だけど、今は記憶が無くて愛されていない。
関係は破綻してるのだ。
貴族という生き物が面倒な世界で生きているなど、嫌というほど分かっていたはずなのに。
身分など気にせず過ごせた北方は楽ではあった。
平民である事を理由に貴族の騎士から治癒を嫌がられる事も無かった。
そんな垣根をもろともせず、必死に好意を伝えてくれたアルフォンスに最初は驚いたが、結局好きになってしまった。
ついズブズブと、彼に嵌っていってしまった。
彼との未来のために頑張っても良いのではと思う気持ちと、そのせいで彼と家族の関係が悪くなるのは嫌だという気持ちがグルグルして。
自分が幸せになる道を望むのが怖くて。
「私は臆病者だわ…」
抱きしめられた温かさを思い出しそうになって、慌てて心に蓋をする。
こんな日はさっさと寝てしまおう。
ベッドに入ると、あっという間に眠りについた。




