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「え?」
突然抱きしめられ、ソフィアは混乱した。
(何!?何で!?)
ギュウギュウとアルフォンスは力を込める。
「ちょっ!苦しっ」
「あぁ!ごめん、つい」
…つい?
アルフォンスは焦っているが、ソフィアを離さない。
「ついって何?」
「…分かんない。でも、めちゃくちゃ抱きしめたくなった」
「はぁ」
「何か、分かんないけど。何かこう、ギュッて」
「ギュ?」
彼は何を言っているのか。
「胸が、ギュってなって」
「うん」
「ヤバいヤバいヤバいって思って」
「語彙力が死んでるわ」
「気づいたら、抱きしめてた」
「なんでよ」
「分かんない」
クルクルとソフィアの髪を指に絡めながら、アルフォンスは言う。
(抱きしめられた理由はよく分からないけど…そういう所は記憶が無くても変わらないのね)
「離して」
「待って、もうちょっと」
「なぜ?」
「分かんないけど…」
何となく、離れたくないと思う。
抱きしめた感触が、しっくりくる気がする。
指に絡ませた髪も、髪の香りも。
首筋に顔を埋めて、彼女の香りを吸い込む。
「記憶は無いけど、体が覚えてる感じ…?」
「何言ってるのよ」
「分かんない」
「そればっかりね。そこで話さないで。くすぐったいわ」
「うん」
ソフィアの事は愛していないと言いながら、こんな事をしてるのはどうかと思うが、それでアルフォンスが満足するなら良しとしよう。
ソフィアだって嬉しく無い訳じゃない。
もうあり得ないと思っていた温もりだから。
それでも少しは不満がある。
これでは彼から離れがたくなってしまうではないか。
少し迷って、さっきから“分かんない”しか言わないアルフォンスの背に腕を回す。
何故かアルフォンスが力を込めた。
「ねぇ、痛い」
「ごめん」
「少しは落ち着いた?」
「うん。ありがとう」
そう言って二人は離れる。
微妙な空気が流れるが、無かったことにして話を続ける。
「ごめん。何か、俺変かも」
冷めてしまったコーヒーを飲みながら、アルフォンスは項垂れる。
「色々あったから。落ち着いたなら良かった」
「ねぇ、聞きたい事があるんだけど」
下を向いていたアルフォンスが、ソフィアを見る。
「なぁに?」
「騎士団、辞めるのか?」
「…まぁ、そうね。厄災が終わるまでは、働けるなら続けるけど。母がね、治癒院をしてるから、そこで働いてもいいかなって。もし体の機能が取られても安心だし」
「………嫌だ」
「は?」
アルフォンスは何を言っているのだろう。
ソフィアの中では、騎士団を辞めるのはもう既定路線だ。
「またその話?」
「うん」
「あなたね、魔力回路が治ったら国から子供を作るように言われるわよ」
「そうなのか?」
「当たり前じゃない。次代の高魔力保持者なんて、喉から手が出るほど欲しいに決まってる。ジョシュアを見たでしょ?補助が無くても転移できるような力を持ってるのよ。国から山ほど縁談が持ち込まれるわ」
実家にいた頃から父も弟達も普通に転移は使っていた。
ヒューに関しては主にマーガレットのためだけだったが。勝手に公爵家に転移しては、公爵様が苦々しい顔をしていたものだ。
「俺、別に今までと同じ魔力量があれば困らないんだけど。ねえ、魔力回路の治癒って、前と同じ魔力量になるように出来ないの?ソフィの対価はそうだな、足の小指をテーブルの角にぶつけたくらいとか」
「聞いた事無いわ。あとそれってそこそこ痛いじゃない」
それは地味に痛いやつだ。
「じゃあ嫌だ。俺はソフィの側に居るのを条件に、治療をするって決めたから」
「無理でしょ。あなたの家族が許さないわ。今までだって見合い話、たくさんあったでしょう?」
「全部断ってる」
「これからはそうもいかないわよ。国から言われたら厳しいわ」
アルフォンスはブスッとした顔でソフィアを見るが、それを見ないようにコーヒーに目を落とす。
「何度も言ってるけど、私は責任なんか感じて欲しくないし、これは私の我儘なの。あなたのー」
「アルって呼んで!」
被せ気味にアルフォンスが言う。
「え?」
「名前」
「あぁ、名前ね」
「うん」
何だ。
急にグイグイ来る。
「アルの家は西方貴族でしょ?父の実家とは違う。断ればお兄様の立場も悪くなるわ」
「兄上は関係なくない?」
「あるわよ」
「そうかなぁ」
めちゃくちゃ関係あるだろう。
アルフォンスの長兄は元王宮の文官だし、当主であれば繋がりは切れていないはずだ。
両親を見ている分、自分の存在が家族の仲にヒビを入れるようなことだけは避けたい。
「もうこの話はお終い。私の気持ちは変わらないわ。これから忙しくなるだろうから、そっちに集中しましょう」
「俺の事、終わった男枠に入れないで欲しいんだけど」
「いや、終わってるじゃない。私の事見ても何とも思わないでしょ?」
さっき抱きしめられたのはノーカンとする事にした。
アルフォンスも混乱していたんだろう。
お互いに未来を考えられる立場なら、両親のように元の関係に戻る事も考えられたが、自分達にはそれはない。
どういうつもりでアルフォンスが指輪を準備していたのかは分からないが、それほどまでに西方での身分差は大きい。
子爵令息なのに平民の娘を恋人にしているアルフォンスの方が稀なのだ。
ましてソフィアは西方出身でもない。
アルフォンスも治癒室の同僚もあまりにもソフィアを普通に扱ってくれるから忘れていた。
この土地は、余所者の平民には意外と厳しい場所だ。
「…いや、それなんだけど」
「ん?」
モジモジと手を動かしているアルフォンスを見る。
「さっきソフィが泣いてるのを見たら、何かこう、たまらない気持ちになった…というか」
「なにそれ」
「何かソフィが可愛くて、泣いてるのを見たらどうしても慰めたくなって、もうこれは抱きしめてもいいんじゃないかなって」
「いや、ダメでしょ」




