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団長室を後にして、アルフォンスとソフィアは無言で廊下を歩く。
「…とりあえず、お昼ご飯でも食べる?」
無言に耐えきれず、ソフィアが声をかける。
「…あぁ、そうだな。食堂だとまずいからどっかに…」
「あ!アルフォンス!」
廊下の向こうからキリルが走ってきた。
「キリル!」
「お、ソフィアちゃんと一緒だったのか。この間の調査の後から全然姿を見ないからさ、怪我が相当酷いのかと思ったんだぞ。ほら、倒れる前に何か光ってただろう。大丈夫だったか?」
「ああ、心配かけて申し訳ない。もう大丈夫だ」
「そっかー。それなら良かったよ。でも何で管理者のフロアから二人で降りてきたの?」
「…団長とちょっと…話があって」
ふ~ん、とニヤニヤしているキリルに、面倒臭そうにアルフォンスが言った。
「二人で?え?結婚の報告?」
「違う!」
「違います!」
ソフィアとアルフォンスが同時に否定する。
「え~そうなの?期待してたのに~」
「期待するな!じゃあ俺達はもう行くから」
「え?今日仕事は?」
「あー…休みだよ!じゃあな!」
そう言うとアルフォンスは、ソフィアの腕を掴んでズンズンと歩き出す。
「え?あ、ちょっと!」
「あ!キリルさん!失礼します!」
アルフォンスに引きずられるようにしながら、ソフィアはなんとか声を掛けた。
キリルは呆気に取られて固まっていた。
キリルから離れ姿が見えない距離まで来て、アルフォンスはようやく手を離した。
「あの、ごめん」
「驚いたけど、別に大丈夫よ。とりあえず、すぐに隊舎から出た方が良さそうね。そして記憶の擦り合わせるをしましょう」
「記憶の擦り合わせ?」
「そう。あなたが私を忘れている事を他の人は知らないの。色々面倒でしよ?」
「確かに…」
他人に知られては不味い。
「どこかお店で、と思ったけど多分話せなくて二度手間だから私の家に来て」
「え?でも…」
自分としては出会って数日の女性の家にいきなり行くのは気が引ける。
「ご飯を買って、食べながら話せばいいわ。荷物を取って角の公園の所に集合ね」
「あ、あぁ」
「じゃあまた後で!」
そう言うとソフィアは治癒室の方へ向かって歩いて行った。
「なんか…すごいな」
なぜあの話し合いの後で、こんなにも普通にいられるのか。
「とりあえず、荷物取ってこよう」
他の隊員に見つかったら、休んでいた理由を聞かれるだろう。
なるべく人に会わないように、アルフォンスはソフィアとの待ち合わせ場所に急いだ。
公園で落ち合った二人は、昼食を買ってソフィアのアパートに来た。
「ここが…君の家?」
「そうよ。少し古いけど気に入ってるの」
入って、とソフィアに促されアルフォンスは部屋に入る。
自分にとっては初めて入る家、落ち着かない。
「座って待ってて。今飲み物を出すから」
テキパキと湯を沸かし、茶器を出す。
ソフィアの様子を、アルフォンスはじっと見ていた。
(彼女は、いつもこうやって食事を準備してくれてたんだろうか?)
自分のアパートに泊まりに来ていたくらいだから、きっと自分だって何度もここを訪れていたんだろう。
「はいどうぞ」
アルフォンスは勧められるままに紅茶を飲む。落ち着かない気持ちが、少しだけ落ち着いた。
「まずは食べましょう」
「そうだな」
二人とも黙々と昼食を口に運ぶ。
ソフィアは内心焦っていた。
(勢いで家に誘っちゃったけど、アルからしたら知らない女の家に無理矢理連れて来られて困ってるわよね、きっと)
どうしたものか。
アルフォンスをチラリと見ると、目が合って慌てて逸らす。
ソフィアがそんな事を思っていた頃、アルフォンスも焦っていた。
(考えてみたら、彼女が愛してるのは俺が知らない俺なんだよな)
ソフィア以外の記憶はしっかりとあるのに、彼女と居た時の自分が分からない。それなのに、あの場の勢いで『君を一人にしない』なんて言ってしまった。
自分の事を忘れている人にそんな事を言われても、困るだけだろう。
そもそも彼女は、アルフォンスが愛していない事を知っているのだ。
(食べ方可愛いな)
サンドイッチを両手で持って食べる姿を見て、ふと思う。
そして目が合う。
(あ、逸らされた)




