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ソフィアとアルフォンスが書記官室に入ってから随分と時間が経った。
団長室でジョシュアの話を聞いていた四人は、ヤキモキしながらドアが開くのを待つ。
しばらくすると、ソフィアが泣いている声が聞こえる。
「ソフィアが泣いてるわね…上手く話がまとまるのかしら」
エリーは心配そうにドアを見つめる。
「ちゃんと話せば、アルフォンスだって分かってくれるだろう。ソフィアだってあいつが憎くて話さなかった訳じゃない」
ジョシュアが言う通り、ソフィアは確かに悪手だったとカイルは思う。
それでもソフィアだって、本人なりの信念に従ったのだろう。彼女の生まれ育った環境が、彼女の自己肯定感を下げてしまった。そのせいで、自分が出来ることを常に考えて生きてきたのだから。
「そうね」
二人の事は心配だが、待つことしか出来ない。
そのうちに、二人の言い争う声が聞こえてきた。
普通の声量なら聞こえる事はないだろうが、ヒートアップしてきた二人の言い争う声がはっきり聞こえ始める。
『じゃあ違う男と結婚するって事なのか!?』
『はぁ?あなただってたくさん見合いの話が来てたじゃない!』
ーー何の話だ。
全員の心が一つになった。
「何を言い争ってるんだ、あの二人は…」
レオナールが目元を抑える。
「まあ、この際お互いにぶちまけた方がスッキリするだろうさ」
フェイは肩を震わせて笑っている。
しばらく聞いていたが、どうも内容がおかしい。
『か、体の関係だよ!』
アルフォンスが叫んだのが聞こえた。
全員が思わずジョシュアを見る。
「姉のそんな話、聞きたくなかった…」
ジョシュアは少なからずショックを受けているようだ。
オーバーキルになる前に話を終わらせて欲しい。
『じゃあ!責任を取る必要はちゃんとあるだろう!』
『今時貴族令嬢だって、結婚前に済ましてるわよ!メルだって男爵令嬢だけど、いつも彼氏がいるじゃない!』
『彼女は騎士からも人気だからな。キリルは何度か振られてる』
「キリル…あいつ侯爵家の次男でモテそうなのに」
「キリル君はモテると思うけど、メルは『高位貴族は面倒な事が多そうでちょっと…』って言ってたわよ」
振られた理由がまさかの高位貴族だからとは。モテると思っていた部下の意外な評価と、知らなくて良かった事を知ってしまったとカイルは思う。
『エリーさんだって、結婚前に妊娠したって言ってたわ!』
「「!!」」
突然流れ弾が飛んできたエリーとカイルが、書記官室を振り返る。
『知ってる。あんなにエリーさんのことを愛してる副団長が、我慢なんかできる訳ない』
「アイツら…」
レオナールは天を仰いだ。
二人とも、本当に何を言っているんだ。
ここまでぶちまけろとは言ってない。
エリーは真っ赤になって下を向いてるし、カイルからは氷点下の空気が流れてくる。風魔法の方が得意なのに。
多分、室温が五度は下がった。
地獄のような空気だ。
ジョシュアは頭を抱えている。
腹を抱えて泣きながら笑っているフェイは放っておこう。
『じゃあ別に問題ないでしょう!?』
ソフィアがそう言った時、カイルがものすごい勢いでドアを開けた。
突然ドアを開けられて、ソフィアとアルフォンスが固まる。
「問題大有りだ!!」
怒りの表情で凍える空気を纏ったカイルが、ズンズンと二人に向かっていく。
「え?あ…あの…」
思わず後退るアルフォンスの首に腕を回して締め上げる。
「ちょっ!副団、長、くるしっ」
「何でそんな話になってるんだ!エリーは関係無いだろう!」
いや、そこじゃない。
とは誰も言えない。
「ソフィア!お前もだ!ジョシュア殿が頭を抱えているぞ!」
「え?」
団長室を覗くと、死んだ魚の目をしたジョシュアがいる。
二人ともヒートアップして、要らないことを言ってしまった。
「いや、あの~。すみません…」
頭を下げるソフィアの所に、団長室からフェイが笑いながらやってきた。
「いや~、問題が、か、解決したみたいで良かったよ。あははっ!駄目だ、わ、笑っちゃ、う!」
「師長、笑い事ではない!」
アルフォンスはまだ締め上げられたままだ。
「思いっきり喧嘩してたけど、スッキリしたでしょ?まぁ副団長はさっきのジョシュア殿の話は耳が痛かったかもね、あははっ!」
「ジョシュアの話?」
不思議そうにソフィアが尋ねた。
「ご両親が結婚前にソフィアを妊娠した話だよ」
フェイが燃料を投下して室温がまた下がる。
恐ろしくて誰もカイルを見られない。
「フェイ、ちょっと黙っていてくれ。話がややこしくなる…」
レオナールが目元を押さえながら言う。
「まぁ、色々あったようだが、話はまとまったのか?」
「あ…はい。治療をします」
「アルフォンスはいいんだな?おいカイル、アルフォンスを離せ」
レオナールに言われ、カイルは渋々アルフォンスを解放した。
「はい。彼女の治療を受けます」
首元をさすりながら、カイルが答えた。
「じゃあ、私は師匠に報告します。ソフィア、いいんだね」
死んだ魚の目から復活したジョシュアがソフィアに声をかけた。
「うん、お願い」
「…後悔はしない?」
「もちろん!」
笑顔で答えるソフィアを見て、ジョシュアが深くため息を吐く。
元々許可が出る事は分かっていた。師匠からも言われていた。
それでもソフィアの顔を見て、ちゃんと納得したかった。
いろいろあったが、姉と姉の恋人は結論を出したのだろう。
あとは、自分達がソフィアを支えれば良い。
完全に納得した訳では無いが、今までのソフィアをこの場にいる誰よりも知っている自負はある。姉がずっと悩んでいた事も。膨大な魔力を受け継いだ自分には、姉の悩みを解消する事はできないだろう事も。
「じゃあまた連絡します。今日はありがとうございました」
「あ、転移陣準備するね」
さっきまで笑い転げていたフェイが転移陣を準備しようとしたが、ジョシュアが制止する。
「無くても帰れますので必要ありません。ソフィアを驚かせるためだけに、行きの転移陣を使っただけなので。それでは失礼します」
「え?」
レオナールに向かって一礼すると、強い光と共にジョシュアの姿は消えた。
「…マジか」
ジョシュアが消えた場所を見つめ、フェイが呆然として呟く。
「自分で転移が…出来るのか…」
一級魔術師であっても、転移陣の補助が無ければ普通は出来ない。
それを軽々と行うとは。
国が必死に生み出そうとした理由を改めて実感して、フェイは冷や汗が出る。
ソフィア以外は同様に驚いていた。
「ソフィアは知っていたのか?」
「あ、はい。父は苦手みたいですが下の弟も出来るので。ジョシュアの方がコントロールが上手いのでスムーズですが、下の弟はジョシュアよりも魔力量が多いので、たまに私の親友を連れて転移してきますよ」
「他の人間も連れて転移…」
カイルの問いになんて事ない風で答えるソフィアに、皆が固まる。
それだけの高魔力保持者に囲まれて過ごせば、確かに自分の存在意義を見出したくもなるのだろう。改めてソフィアの悩みの根深さを知った気がした。
「それじゃあ、今日のところはこれで。ソフィアとアルフォンスはもう帰っていい」
レオナールが二人に言う。
「え?」
「…もう少し、ちゃんと話し合いをしなさい。あれはいけない」
「「…はい」」
さっきのやり取りを聞かれた事を思い出し、二人とも反論出来なかった。
「あの!色々と申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました!」
ソフィアが頭を下げると、エリーがソフィアをそっと抱きしめる。
「エリーさん…」
「ゆっくり休みなさい。さっきの事は不問にしてあげるわ」
エリーが笑う。
「あー…ごめんなさい」
「いいのよ。安心したから」
やっぱりエリーは母の温もりを思い出す。
暖かい、陽だまりのような心地良さ。
「はい…ありがとうございます」
(本当に良い人達に恵まれた。私は幸せ者だわ)
ソフィアは心からそう思った。




