32 SIDEアルフォンス③
午後になって治癒師が団長室に入って来た。
アルフォンスは入って来た彼らに目を向けることもなく、ぐったりと下を向いている。
そんなアルフォンスを気にしつつ、レオナールが声を掛けた。
「ソフィア、来てくれてありがとう。さっきフェイからは聞いたよ、あー…、あの話を」
「はい」
「アルフォンスは…魔力については私も確認したんだが、やはり感じられなかった。本人も同様だ」
レオナールがそう告げるのを聞いて、また涙が出そうになる。
(どうせ魔導騎士には戻れない。話なんか聞いても意味はない…)
アルフォンスは心の中で悪態をつく。
師長のフェイが何か呪文を唱え、しばらくするとパチンと指を鳴らした。
「はぁ、毎回これやるの、結構大変なんだよね。これでもう話が出来るよ」
(何だ?師長は今何をした?)
不思議に思ったが、聞いても仕方がない。
「ランセル卿にはどこまでお話を?」
フェイと共に来た治癒師と思しき女性が話す。
(夜、話した治癒師か?)
騎士団内の治癒師の事は皆知っているはずだ。
であれば赴任したばかりの人間だろうか。
「デモンズハーピーによって呪いを掛けられた事、その際に魔力を奪われ魔力回路を壊された事。それ以上は話していない」
「そうですか。団長と副団長は師長からはそれ以上のお話は聞きましたか?」
「ああ、聞いた」
「それでは私がランセル卿にお話しても?」
レオナールが頷くと、女性治癒師はアルフォンスの前に膝をついた。
「こんにちは、ランセル卿。治癒師のソフィアと申します」
「ソフィア?君は…昨日の?」
「はい、昨夜少しお話しましたよね」
ソフィアと名乗った治癒師は、話を続ける。
やはり知らない人間だ。
「俺は、呪いを掛けられたと聞いた。魔力も奪われたと」
悔しくて、思わずギュッと拳を握る。
「はい。呪いの内容については?」
「…愛する人を忘れ、子供を作れなくなる呪いだと」
「はい、そうです。でもそれは高位の術師であれば解呪出来ます。ただ、解呪をしても記憶が戻る事はありません」
「そうか。俺は…誰かを忘れたのか?」
アルフォンスの問いにソフィアと名乗った女性は言葉に詰まる。
レオナールもカイルもフェイも、息を飲むのが分かった。
「それは…」
ソフィアは振り返って三人を見る。
(何だ?)
四人の態度が気になる。
「君は…誰か知っているのか?」
「……分かりません、ごめんなさい」
(何だよ。結局分からないんじゃないか)
「そうか…」
不機嫌を隠すこともしないアルフォンスに、ソフィアは続けた。
「今から話す内容は、治癒師の、国によって話す事が制限されていることです。それを聞いた場合、あなたもその誓約魔法を掛けられ、知り得た内容を話す事が出来なくなります。どんな結論であっても。それを受け入れる事はできますか?」
ソフィアはそう言うと団長達を振り返る。
「アルフォンスが望むのなら、ソフィアが話してくれ。君に任せる」
レオナールの言葉を聞いて、ソフィアは頷いた。
(師長ではなく彼女が話すのか。誓約魔法?国によって制限されていること?)
分からないことだらけだ。
師長を差し置いて話し続けるソフィアに、若干の不信感も募る。
「それは、魔力に関する事なのか?」
「はい」
「…誓約による影響は?」
「内容を知らない人間がいる場所では、その事について話す事が出来なくなります。ジェスチャーなども出来ません。ですが、それ以上はありません」
しばらくアルフォンスは考え込む。
突然そんな事を言われても、今すぐに決めるなど。
しかし誓約自体は伝える事が出来ないだけなものなら、聞いても良いのかもしれない。
(どっちにしたってここまで言われたら気になる…)
アルフォンスは覚悟を決めた。
「…話してくれ」
「分かりました。それでは」
ソフィアは一度、深呼吸をした。
「もし…魔力を取り戻す方法があるとしたら、どうしますか?」
アルフォンスがガバッと顔を上げた。
「魔力が戻るのか!?どうやって!」
アルフォンスは思わずソフィアの両肩を掴んだ。
(戻るのか!?魔力が!)
「アルフォンス!」
ソフィアの肩を掴んだアルフォンスをカイルが制止する。
ハッとして、掴んだ手を離す。
魔力が戻るかも知れないと聞いて、初対面の女性に手荒な事をしてしまった。
「あぁ、申し訳ない。魔力が無くなったなんてまだ信じられなくて。俺は…魔導騎士になるために…これまで…」
途中から、涙で言葉が出ない。
(そうだ…俺はずっと魔導騎士になりたかった。団長や副団長のような…それなのに、こんな事に…)
「聞いてください、ランセル卿。私なら、魔力回路を治せます」
「それは…本当なのか?」
(そんな…事が?)
「はい、出来ます。あなたは魔導騎士に戻れるんです」
「そうなのか…でも…でも…」
しかし魔力回路は一度壊れたらもう治せないと教えられた。
(なぜ彼女がそんな事を知っているんだ?騎士学校でも魔力回路は治せないと言われてきたのに)
「そんな事が本当に?魔力回路を治せるなんて聞いた事が…ない。どうしてこの事は公表されていないんだ?」
「…っ!」
「魔力が戻る事で、何か…不利益がある、とか。何か制限が課せられるとか、そういう事は無いのか?そんなにすぐに治せるならば、皆が知っていてもおかしくないだろう?」
(簡単に治せるならば皆が知らないのはおかしい。国に管理される程の事なら、重大な問題があるからか?)
アルフォンスの疑問はもっともだ。
こんなに都合の良い話はあり得ない。
「治癒をすることで、あなたに不都合が起こる事はありません。それは安心して大丈夫です」
(自分には不都合が起きない。それでは…)
「君には?」
アルフォンスはソフィアの目を真っ直ぐに見てそう言った。
「私は対価を払います。命に関わる事ではありませんので大丈夫です」
「対価…?」
「はい。ですが問題はありません。あなたが望むのなら、私はあなたを治したい。ランセル卿の希望をお聞きしたいのです」
アルフォンスは黙り込む。
(魔力を取り戻す方法はある。しかし…)
「…魔力を取り戻せるなら、もちろんそうしたい。でも、なぜ俺の為に、君が対価を払うんだ?昨日初めて会ったのに」
「それは…厄災を前に優秀な魔導騎士が減るのは、西方騎士団にとって痛手なのです。魔導騎士は魔獣討伐においてなくてはならない。今から魔導騎士を育てていては今回の厄災は乗り越えられないかもしれない。騎士は戦って怪我をしますよね?それでも西方を、国を守る為に戦う。私は戦う事は出来ませんが、その手助けをしたいのです。魔力回路は師匠付きの治癒師でなければ治せません。もちろん国の許可が出なければ行うことは出来ませんが、許可さえ出れば私はあなたを治したい。いざという時の為に学んできたのです。そして、それが今だと、私は思っています」
アルフォンスから目を逸らさずにソフィアは言う。
(魔力は取り戻したい。魔導騎士としてまだ働きたい。でも、彼女の申し出はありがたいが、見ず知らずの人間に対価を払わせるというのは…だが命には関わらないと言っていた…どうしたら…)
アルフォンスはしばらく考え込んだ。
彼女が払う対価というのは気になるが、師匠付きの治癒師ならばフェイもエリーもいる。
わざわざソフィアが来たと言う事は、彼女にしか出来ない事があるのかもしれない。
魔力を取り戻したい気持ちと、誰かに負担を強いるのは嫌だという気持ちがアルフォンスの中で戦っている。
(しかしありがたい申し出だ。彼女は俺が魔力を取り戻す事を望んでくれている…)
「…分かった。魔力回路を治して欲しい」
「ありがとうございます」
ソフィアはにっこりと笑う。
それを見てアルフォンスは、何か胸を掴まれるような気持ちになった。
(何だこの感じ…)
戸惑うアルフォンスを気にする事なく、ソフィアは立ち上がり、レオナールに声を掛けた。
「師匠に連絡しようと思います。よろしいでしょうか?」
黙って話を聞いていたレオナールは、深くため息を吐いた。
「…分かった。進展があったら教えてくれ。今日はありがとう、この後少し話をしたい。残ってもらっても?」
「はい」
「フェイ、アルフォンスに誓約魔法をお願い出来るか?」
「分かりました」
そう言うとフェイは、アルフォンスの右手と額に手を当て、しばらく呪文を唱える。
(誓約魔法ってこうやってかけるのか…)
魔力が無くなったアルフォンスには、何も感じる事は出来なかったが。
「はい、これで君も誓約下の人間だ。あ~久しぶりにこんなに魔力を使ったよ~」
肩を回しながらフェイは笑う。
「あなたは高魔力保持者だろう?」
そんなフェイを胡乱げに見ながら、カイルが言った。
「誓約に介入したり、誓約を新たに掛けるのはなかなか大変なんだよ?しかも一日に二回もだ。さてランセル卿、今日はもう帰って休んだ方がいい。怪我は治っているが、色んな事がありすぎたからね。呪いの事は誓約下では無いけれど、念の為話さない方がいい。恋人を忘れた事もね。あ、ソフィア、僕は帰るけど団長達と話すなら防音の魔法はかけるんだよ、一応ね」
そう言いながら、フェイはアルフォンスを立ち上がらせて背中を押す。
そのまま団長室から連れ出された。




