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エリーに促されて、二人は書記官室に入った。
執務机の隣のコンパクトなテーブルセットに向かい合って座る。
近い。
気まずい。
ソフィアはどうしようかと少し悩んだが、話を切り出した。
「ランセル卿、今回の事、本当に申し訳ありませんでした」
テーブルに付きそうなくらいに頭を下げる。
勢いがつき過ぎて結んだ髪が肩に落ちた。
「いや、俺も怒鳴ってしまってすまなかった」
「あなたが怒るのも当然です。私は全てを話さずに治療しようとしたんですから」
顔を上げてアルフォンスを見る。
ソフィアの大好きな瞳が自分を見つめている。
「それで…君が隠そうと理由とは?」
アルフォンスはまだ不機嫌なようだ。
ブスッとした表情でソフィアに問いかける。
「…私の父はかつて、北方騎士団の治癒師であった母から魔力回路の治癒を受けました」
ソフィアは口を開いた。
フェイとエリーに話したときのように。
恋人同士だった両親に何があったのか。
母のお腹に自分がいた事で、両親の未来を変えてしまったのではないか。
対価として取られるはずの自分は、取られなかった理由があるのではないか。
そして、それがアルフォンスの魔力回路の治癒のためなら嬉しいと。
アルフォンスは黙って聞いていた。
途中、ソフィアが言葉に詰まる時にも静かに待ってくれた。
「ランセル卿がデモンズハーピーに襲撃されたと聞いた時、もしも魔力を奪われたならば、絶対に治療したいと思いました。今のローウェン王国に魔導騎士が少ないことは知っていますし、父…からも、魔導騎士になるには、たとえ魔力量に恵まれていても並大抵の努力では無理だと聞きました。絶対になりたいという気持ちが強くなければ、魔導騎士にはなれないとも。だから…だから私は、ランセル卿に魔力を取り戻して欲しかった。こんな風に、あなたの夢が絶たれて欲しくなかった。でもきっと、対価の内容を聞けば、優しいあなたは断ると思ったんです」
話しながら涙が出そうになる。
魔導騎士になるのがどれほど大変か、教えてくれたのは本当はアルフォンスだ。そうやって努力して努力して、ようやく夢を叶えたのだ。
「昨日君から治療についての話を聞いた後、ずっと気になっていたんだ。あの時は魔力が無くなって気が動転していて気づかなかったけど、ソフィア嬢が払う対価とは何だろうって。命に関わるものじゃないって言われて一度は納得したけど、国が管理するほどの事だ。きっと君にとっては辛い事になるんじゃないかって」
泣きそうなソフィアを見ながら、アルフォンスは続ける。
「ジョシュア殿の話で、確かに君の命に関わるものではない事は分かった。それでも危険な事には変わりはない」
その通りだった。
命に関わらなかったとしても、体の機能を取られれば生活には苦労するだろう。
騎士団で働く事も出来ないかもしれない。
「君の生い立ちはとても辛いものだし、その辛さを分かるなんて簡単には言えない。それでも君の話を聞いて、ずっと悩んでいた事は分かるよ」
アルフォンスはそう言って少しだけ笑った。
ソフィアの大好きな笑顔だ。
「それでも…分からない事もあるんだ。俺は君とはあの夜まで会った事はない。それなのに、どうして見ず知らずの君が治療しようとしているのか。対価は確かに命に関わるものではないんだろう。でも、確実に君の人生にとって不利益が起こる。知らない人間のために、どうして君がそれを受け入れるのかって。だからもしかして、俺に関わる人間から脅されているのかもしれないと。例えば、騎士団とか俺の恋人とか…?」
アルフォンスの言葉にソフィアはバッと顔を上げた。
「誰かに脅されてなんかいない!あ……ごめんなさい…でも本当に、脅されている訳じゃないんです。私の意志で、あなたを治療したいの!」
う~ん、とアルフォンスは左手でこめかみを掻いた。
彼が悩んだ時、いつもやっていた仕草だ。
「それが分からないんだよ。普通に考えて、見ず知らずの人間の為にそんなリスクを負ってまで治療しようとするのかな?家族や恋人ならまだ分かる。君の話を聞く限り、ご両親は恋人同士だったから、お母君は治療をしたんだろう?ねぇ…」
ソフィアの顔をアルフォンスが覗き込む。
「もしかして俺は…君の事を…忘れているの?」




