21
団長室に行くと、アルフォンスがぐったりとソファーに座っていた。
荒れていたと聞いたが、もう話は終わったようだ。
「ソフィア、来てくれてありがとう。さっきフェイからは聞いたよ、あー…あの話を」
レオナールが申し訳無さそうに言う。
フェイから魔力回路の治癒について聞き、すでに契約魔法下にあるようだ。
「はい」
「アルフォンスは…魔力については私も確認したんだが、やはり感じられなかった。本人も同様だ」
レオナールがそう言うと、アルフォンスは泣きそうになる。
フェイが誓約に介入するための呪文を唱えている。しばらくするとパチンと指を鳴らした。
「はぁ、毎回これやるの、結構大変なんだよね。これでもう話が出来るよ」
「ランセル卿にはどこまでお話を?」
ソフィアがレオナールに聞く。
「デモンズハーピーによって呪いを掛けられた事、その際に魔力を奪われ魔力回路を壊された事。それ以上は話していない」
「そうですか。団長と副団長は師長からはそれ以上のお話は聞きましたか?」
「ああ、聞いた」
「それでは私がランセル卿にお話しても?」
レオナールは無言で頷く。
それを見て、ソフィアはアルフォンスの前に跪いた。
「こんにちは、ランセル卿。治癒師のソフィアと申します」
「ソフィア?君は…昨日の?」
「はい、昨夜少しお話しましたよね」
ゆっくりとソフィアは話す。
「俺は、呪いを掛けられたと聞いた。魔力も奪われたと」
「はい。呪いの内容については?」
聞きながら、ソフィアは手に汗が滲むのを感じる。
「…愛する人を忘れ、子供を作れなくなる呪いだと」
「はい、そうです。でもそれは高位の術師であれば解呪出来ます。ただ、解呪をしても記憶が戻る事はありません」
「そうか…俺は……誰を忘れたんだ?」
ソフィアは言葉に詰まる。
レオナールもカイルもフェイも、息を飲むのが分かった。
「それは…」
ソフィアは振り返って三人を見る。
彼らも困っているのだろう。伝えるべきか、そうでないのか。
なかなか答えないソフィアに、アルフォンスは不思議そうにする。
「君は…誰か知っているのか?」
「……分かりません、ごめんなさい」
(これで良い。彼はもう忘れているんだから)
「そうか…」
アルフォンスはそう言うと黙り込んだ。
「今から話す内容は、治癒師の、国によって話す事が制限されていることです。それを聞いた場合、あなたもその誓約魔法を掛けられ、知り得た内容を話す事が出来なくなります。どんな結論であっても。それを受け入れる事はできますか?」
ソフィアはそう言うと団長達を振り返る。
話す許可を求めていると気づいたのだろう。
「アルフォンスが望むのならソフィアが話してくれ。君に任せる」
レオナールの言葉を聞いて、ソフィアは頷いた。
「それは、魔力に関する事なのか?」
「はい」
「…誓約による影響は?」
「内容を知らない人間がいる場所では、その事について話す事が出来なくなります。ジェスチャーなども出来ません。ですが、それ以上はありません」
しばらくアルフォンスは考え込む。
突然そんな事を言われ、迷っているのだろう。
その後、覚悟を決めたようだった。
「…話してくれ」
「分かりました。それでは」
ソフィアは一度、深呼吸をした。
「もし…魔力を取り戻す方法があるとしたら、どうしますか?」
アルフォンスがガバッと顔を上げた。
「魔力が戻るのか!?どうやって!」
「!」
「アルフォンス!」
ソフィアの肩を掴んだアルフォンスをカイルが制止する。
ハッとして、掴んだ手を離す。
不意に触れた彼の手すら、嬉しいと思ってしまう浅ましい自分に、情けなくなる。
「あぁ、申し訳ない。魔力が無くなったなんてまだ信じられなくて。俺は…魔導騎士になるために…これまで…」
途中から、涙で会話が出来なくなった。
知っている。彼がどれほど魔導騎士になりたかったか。
出来るならば彼に伝えたい。
どうして魔導騎士騎士になりたいと思ったか。
父親に剣をもらってどれほど嬉しかったか。
ソフィアは知っている。
だから…。
「聞いてください、ランセル卿。私なら、魔力回路を治せます」
「それは…本当なのか?」
「はい、出来ます。あなたは魔導騎士に戻れるんです」
「そうなのか…でも…でも…」
アルフォンスは何か迷っている。
「そんな事が本当に?魔力回路を治せるなんて聞いた事が…ない。どうしてこの事は公表されていないんだ?」
「…っ!」
「魔力が戻る事で、何か…不利益がある、とか。何か制限が課せられるとか、そういう事は無いのか?そんなにすぐに治せるならば、皆が知っていてもおかしくないだろう?」
アルフォンスの疑問はもっともだ。
この話を聞いただけなら誰だってそう思うだろう。
ソフィアは考える。
(正直に言えば、アルは私を気にして魔力回路の治癒を断るかもしれない。でも、いつかはバレてしまう。下手に隠すより淡々と話せば良い。何も問題は無いように)
「治癒をすることで、あなたに不都合が起こる事はありません。それは安心して大丈夫です」
「君には?」
アルフォンスがソフィアの目を真っ直ぐに見てそう言った。
ソフィアが愛する、黒い瞳で。
「私は対価を払います。命に関わる事ではありませんので大丈夫です」
「対価…?」
「はい。ですが問題はありません。あなたが望むのなら、私はあなたを治したい。ランセル卿の希望をお聞きしたいのです」
アルフォンスは黙り込む。
「…魔力を取り戻せるなら、もちろんそうしたい。でも、なぜ俺の為に、君が対価を払うんだ?昨日初めて会ったのに」
「それは…厄災を前に優秀な魔導騎士が減るのは、西方騎士団にとって痛手なのです。魔導騎士は魔獣討伐においてなくてはならない。今から魔導騎士を育てていては今回の厄災は乗り越えられないかもしれない。騎士は戦って怪我をしますよね?それでも西方を、国を守る為に戦う。私は戦う事は出来ませんが、その手助けをしたいのです。魔力回路は師匠付きの治癒師でなければ治せません。もちろん国の許可が出なければ行うことは出来ませんが、許可さえ出れば私はあなたを治したい。いざという時の為に学んできたのです。そして、それが今だと、私は思っています」
アルフォンスから目を逸らさずにソフィアは言う。
「…分かった。魔力回路を治して欲しい」
「ありがとうございます」
ソフィアはにっこりと笑う。
それを見てアルフォンスは息を飲んだ。
ソフィアは立ち上がり、レオナールに向き直る。
「師匠に連絡しようと思います。よろしいでしょうか?」
黙って話を聞いていたレオナールは、深くため息を吐いた。
「…分かった。進展があったら教えてくれ。今日はありがとう、この後少し話をしたい。残ってもらっても?」
「はい」
「フェイ、アルフォンスに誓約魔法をお願い出来るか?」
「分かりました」
そう言うとフェイは、アルフォンスの右手と額に手を当て、しばらく呪文を唱える。
「はい、これで君も誓約下の人間だ。あ~久しぶりにこんなに魔力を使ったよ~」
肩を回しながらフェイは笑う。
「あなたは高魔力保持者だろう?」
そんなフェイを胡乱げに見ながら、カイルが言った。
「誓約に介入したり、誓約を新たに掛けるのはなかなか大変なんだよ?しかも一日に二回もだ。さてランセル卿、今日はもう帰って休んだ方がいい。怪我は治っているが、色んな事がありすぎたからね。呪いの事は誓約下では無いけれど、念の為話さない方がいい。恋人を忘れた事もね。あ、ソフィア、僕は帰るけど団長達と話すなら防音の魔法はかけるんだよ、一応ね」
そう言いながら、フェイはアルフォンスを立ち上がらせて背中を押す。
フェイの勢いに押されて、アルフォンスは何も言う事が出来ずに団長室から出て行った。




