8話
王都の中を図書館へ向かい馬車が走る。外の景色が流れる中、メイドのシャロンがはしゃいでいる様子を眺めていたそのとき――。
チクリ。
胸元に鋭い痛みが走った。
(何? 今の……胸許がチクっと……)
驚いて胸元に手を添える。まだ王都の図書館には着いておらず、馬車の中にはシャロンしかいない。少なくとも彼女の前なら問題ないだろうと、私はドレスの胸元を開いた。
「お嬢様⁉︎」
シャロンが慌てた様子で私を見つめるが、構わず私は胸元を確認する。そこには黒いバラの痕が浮かび上がっていた。
(こ、このバラの痕……あの夢で見た黒いバラの魔法陣にそっくり……)
胸の奥に冷たいものが走る。巻き戻りを繰り返してきた九回の中で、このような痕を見たことは一度もなかった。考えられるのは、あの王女の夢を見た後から現れた可能性――。
(これはいったい、何を意味するのかしら?)
夢と呪いの因果関係に思いを巡らせながら、気づけば私はドレスの胸元を開いたまま、胸を見つめて考え込んでいた。
「あ、あの……ルルーナお嬢様、胸が見えています」
顔を真っ赤に染めた、シャロンが目をそらしつつ声を震わせる。はっとして状況を理解する。
(……確かに、人に見せるものではないわね)
彼女にニコッと笑いかけ、ドレスの胸元を直して、思い切って尋ねてみる。
「ねぇシャロン。私の左の胸元に、黒いバラの痕が見えなかった?」
「胸に、黒いバラの痕……ですか? いえ、いつも通り綺麗な胸でした」
「わ、私の胸綺麗? そう……ありがとう」
少し気恥ずかしさを覚えながらも確信した。この痕は私にしか見えていない。もしシャロンに見えていれば、着替えを手伝う際に、何かしら指摘があったはずだ。
(この痕……いつから現れたのかもわからない。私にしか見えない痕なら、あの男性の呪いと関係しているのかもしれないわ)
九度目の巻き戻りは、毒花や夢で知った呪いなど、過去とは明らかに違うことが起きている。
⭐︎
馬車が停まる音とともに、御者が小さな鐘を鳴らした。
「ルルーナお嬢様、間もなく図書館に到着です」
「ありがとう。楽しみだわ」
図書館の前に到着した馬車から降り立つと、目の前に白いレンガで作られた壮大な建物がそびえていた。王都の図書館は百年以上の歴史を持ち、あらゆる分野の書物が所蔵されている。魔法使い、研究者、貴族、商人──多くの人々が、この場所を訪れる理由がそこにある。
(巻き戻る前の私は、本を読むことなどしなかった。でも今の私は違う。たくさんの知識を得たい)
受付に進むと、入場料として銀貨二枚が必要だと書かれている。財布を取り出して支払おうとすると、シャロンが慌てて止めた。
「お嬢様、そのお金は私が――」
「いいえ、シャロン。その銀貨は欲しい本の印刷代に使いなさい」
静かに微笑みながら二人分の銀貨を受付に渡し、中へ進む。
「ま、待ってください、ルルーナお嬢様!」
「急ぎなさい、シャロン。置いていきますわよ」
図書館の中は、荘厳な雰囲気に包まれていた。天井まで届く高い本棚が並び、書物の香りが漂っている。持ち出し不可の特殊書物以外は、気に入ったものを複写版として購入できる仕組みだ。
(ここで毒に関する書物を見つけて、複写版をお願いしよう)
わずかな緊張と高揚感を胸に抱きながら、私は書棚の間を進んでいく。呪いを解く、手がかりが見つかることを願いながら――。