18話
殿下の笑い方はどこか自傷的で、自分自身をあざけるような――そんな痛々しさを含んでいた。
「カーサリアル殿下の笑い方……なんだか、怖いですわ」
「そう? 普通だと思うけど」
先ほどとは違い、目を細めて笑うカーサリアル。その姿に私は、殿下がこれまで数え切れないほど傷ついてきたのだと、ふと察してしまった。
けれど、それ以上踏み込んではいけない気がして、私は話題を切り替えるように、目を植物へと向けた。
「殿下のこの畑、とても素敵です。……あっ、この薬草、どこで採れたのか教えていただけませんか?」
「この植物? うーん、どうしようかな。ルルーナ嬢が定期的にお茶をしに来てくれるなら、考えてもいいよ」
「えっ、私がこちらへお茶をしに……ですの?」
「うん。お茶とデザートはこちらで用意するから。ルルーナ嬢は手ぶらで来てくれて構わないよ」
カーサリアル殿下ほどの方が淹れるお茶なら、きっと一級の茶葉を使っているに違いない。しかもデザート付き。さらに植物の知識まで教えてもらえるなんて、悪い話ではない。
それに、両親からも“婚約者のことは考えなくていい”と言われている。
「えぇ、よろこんで伺わせていただきますわ」
なんのためらいもなく即答した私に、カーサリアルは思わず顔を綻ばせた。
「ククク……元気なルルーナ嬢には、特別な書物も読ませてあげよう」
「特別な書物? まぁ、それはなんですの!」
思わず身を乗り出す私に、カーサリアルはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
⭐︎
「こっちだよ」
カーサリアルは、ルルーナと過ごす時間が楽しくて――自分が狙われていることすら、忘れてしまいそうだった。
初めて“本当に信頼している者しか入れない屋敷”に、彼女を招き入れた。そして、自分のテリトリーにも案内する。
「さぁ、入って」
「失礼します……まぁ」
ルルーナは案内された部屋を見渡し、山のように積まれた書物に目を丸くした。
「すごい本の山! ……これ、魔導書? それに、植物の本も……」
カーサリアルしか興味を持たないような書物を手に取り、目を輝かせるルルーナに、彼の胸はじんわりと温かくなった。
(……可愛い。このままずっと、そばにいてくれたらいいのに)
――そう、それがいけなかった。
カーサリアルは、自分だけが狙われていると信じていた。だからこそ、ルルーナが訪れる日は屋敷に結界を張り、信頼できる者以外を近づけないようにしていた。それで十分、安全だと思っていたのだ。
ルルーナが二日おきに通い始めて、もうひと月が経とうとしていた。
「ルルーナ嬢、今日は天気もいいし……お茶を飲みながらテラスで読書でもどう? それとも、庭いじりにする?」
二度目の訪問から、ルルーナは庭仕事用の着替えを持参するようになった。「どうして?」と尋ねれば、「もうすぐ自分の温室が完成するので、庭を見て学びたい」と笑った。
無邪気で、知識欲にあふれたルルーナとの時間――庭仕事をし、テラスでお茶を飲みながら書物を広げる。そんな何気ない、幸せな時間をカーサリアルは過ごしていた。
そして、今日。
「カーサリアル殿下とお茶に庭いじりですか? ではまずテラスでお茶をいただきながら書物を読んで、そのあと庭へ行きたいですわ」
ルルーナは楽しげにそう言った。
「わかった。シルシア、お茶の準備を頼むよ」
「かしこまりました、カーサリアル殿下」
テラスに運ばれたティーセットは、カーサリアルが信頼を寄せるメイド・シルシアの淹れた紅茶だった。
だが――その紅茶を口にした瞬間、カーサリアルは異変に気付いた。
(これは……毒!?)
即座にシルシアの動きを封じるため、氷魔法を放つ。そしてルルーナのカップを魔法で凍らせた――だが、一歩遅かった。
「え、カーサリアル殿下? どうなさったの……? え? ゴホッ、ゴホ、ゴホッ……!」
ルルーナの体がふらつき、口元から赤い血がこぼれ落ちた。
「ル、ルルーナァァァ――!」
誰よりも大切にしたい、愛しい人。
――嫌だ、嫌だ! 前と同じように……君が、俺の側からいなくなってしまうなんて――!