1話
誰かに囁かれたような気がして、ぱちっと目を覚ます。
私はベッドの上で上半身を起こし、あたりを見渡した。夢の余韻が薄れていく中、近くの鏡へと歩み寄る。
そこに映るのは、波打つオレンジ色の髪、澄んだ青い瞳、そしてあどけない顔――かつての私の姿だった。
「……また、戻ってきたのね」
――私、公爵令嬢ルルーナ・ダルダニオン。これは、九度目の人生。
最初の死から幾度となく、毒に蝕まれて命を落とすたび、決まって七歳の頃へと時間が巻き戻る。その理由も、目的も未だ分からない。
一度目の人生、私は彼――カサロ・ローリングという青年に心を奪われ、婚約者となった。だが、彼は私を裏切り、そして殺した。
それ以来、私は巻き戻るたびに彼を避け、距離を置こうとした。だが、八度目の人生で気づいた。カサロとの婚約を断ったとしても、私の死は避けられないことに。
(――私の死の原因は、彼だけではない)
もう、カサロに縛られる必要はない。私はただ一つの願いを抱く。
「一度でいい……初恋の彼に会いたい」
彼に再び出会うこと。それが私にとっての終着点であり、たとえその後に死が待っていようとも、悔いなき運命だと信じている。
⭐︎
私はスローガンという小国の公爵家に生まれた。最初の死は十八歳の春。王立学園を卒業して間もなく、婚約者であるカサロに毒を盛られたのだった。
その出会いは、七歳の誕生日に遡る。
――あの日、庭園での誕生日会の最中、私の目は一人の黒髪の少年に釘付けになった。列を抜け、まっすぐに歩み寄る彼。柔らかく笑うその表情。
(この子……あのときの……)
胸が高鳴る。この子は、五歳の頃に私が王城で出会った黒髪の少年だ――そう確信した。
彼の名前はカサロ・ローリング。伯爵家の次男。私は迷わず彼を婚約者に選び、彼の優しさに溺れていった。
けれど、それは錯覚だった。
卒業後、彼が私に差し出した毒入りのクッキー。焼けるような苦しみの中、私は彼の冷酷な真実を知る。
『ハハ、君なんか初恋の人でもなんでもない。ただの金づるだよ』
笑うカサロ、そして彼に寄り添う幼馴染のリボン。
私は全てを裏切られ、喀血しながら命を落とした――それが私の最初の死の記憶。
二度目の死に戻りは、カサロを婚約者に選んだ翌日だった。
目が覚めると、七歳の私。これが現実だと気付くまでに、何度まばたきしただろう。死の感触がまだ肌に残る中で、大好きな両親にこの事態を話す勇気はなく、私は衝動的に家を飛び出した。
森を彷徨い、三日三晩を過ごした末、空腹に耐えかねて手近に生えていたキノコを口にした。それが紫色のサロ毒キノコだったことに気づいたのは、吐き気と共に意識が薄れていく最中のことだった。
(……巻き戻りの現実に耐えられなかった。それに、空腹の恐ろしさと私の無知が重なった結果だけど……)
三度目は冷静に考えた。婚約者カサロと男爵令嬢リボンには近づかないようにし、結婚の話を先延ばしにした。だが、十八歳の誕生日に贈られた水色の花束を手に取った瞬間、視界が霞み、意識が途切れる。
『君が婚約を伸ばすから、計画が進まない。だから全てを奪うことにした。邪魔な君と君の両親もろとも』
笑い声と共に、婚約者カサロが呟いたその言葉が、次の巻き戻りまで耳に残った。
四度目には、十五歳までに金を貯めて家を出た。だが屋敷を出てすぐの森で毒蛇ジャージャーに噛まれ、またしても命を落とした。
(隣国にしか生息しない毒蛇が、なぜここに……?)
何度も試みたが、私は十八歳の誕生日、あるいはその途中で命を落とす。理由は毒花、毒蜂、あるいは毒薬。死に戻りの結果、七歳のベッドで目覚めるだけだった。
(婚約は間違いだとお父様に伝えたかったのに、書類は既に王家に送られていて……取り消しなんて、できない)
八度目の巻き戻り。私は学園を卒業し、婚約者カサロの浮気を証拠を掴み、無事に婚約破棄を成立させた。それなのに、テラスでお茶を飲んでいる最中、喉を焼くような感覚に襲われた。
(この毒は……どうしてメイドが?)
言葉にならない疑問を抱えたまま、私はまた命を落とした。
「どうして……?」
七歳に戻った私は、震える身体を抱きしめ、無力感と恐怖に襲われる。死に戻りの原因は一体何なのか。カサロと婚約破棄を成し遂げても、死が訪れるのはどうしてなのか……。