17話
私を逃がさないと言わんばかりに、殿下の手がガッチリと私の手を掴んだ。慌てる私の様子を見てか、カーサリアル殿下は目を細め、どこか愉しげに微笑むと、そのまま私の手を引いて歩き出す。
「あ、あの、カーサリアル殿下……!」
「ん? なにかな、ルルーナ嬢」
「本日はお招きいただきありがとうございます。殿下とお会いできるこの日を、楽しみにしておりましたわ」
「楽しみに? ……フフ、それは嬉しいな」
殿下が片眉を上げ、満足げに頷くと、近くにいた従者へと目をやる。
「ササは。ルルーナ嬢のメイド、シャロンを案内してあげてくれ」
「はい、かしこまりました」
そのまま、周囲の好奇の視線をものともせず、カーサリアル殿下は私の手を引いたまま歩みを進める。
「ルルーナ嬢、ここが私の屋敷だよ」
連れてこられたのは、王城から少し離れた場所に佇む、どこか古びた屋敷だった。
――ここが殿下の……でも、草が無造作に……え? 違うわ。あれは……カミラ草、シロン草、チカサ草!? どれも書物でしか見たことのない、珍しい植物ばかりじゃない!
思わず瞳を見開いて、庭先の植物に釘付けになる私。
「ククク……驚いたかい? ここの植物は、俺の趣味なんだ」
唐突に、殿下の口調が砕けたものに変わったが、私はそれどころではなかった。
「これが殿下の趣味……!? まさか、趣味でこんな貴重な植物ばかりを集めたのですか? 羨ましいっ!」
着飾った青いドレスが土に触れるのも構わず、私はしゃがみ込み、草を一つひとつ愛おしそうに見つめる。
その姿に、殿下は堪えきれないように笑い声を上げた。
「ハハハ! 本当に好きなんだな。図書館で読んでいた本を見て、もしかしてとは思ったけど……まさかここまでとは」
「ええ、大好きですわ!」
(……だって、この植物たちに、私の命がかかっているのですもの)
「ふ〜ん……ルルーナって、面白い子だね」
「まあ、私が面白い子でしたら――こんな珍しい植物ばかり植えているカーサリアル殿下も、ずいぶん面白い方ですわ」
そんな他愛もないやりとりを交わしながら、隣にしゃがんだ殿下と顔を見合わせる。その様子を、少し離れた場所でシャロンはあたふたと見守り、側近のササは目を細めて静かに見つめていた。
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「カーサリアル殿下……」
可憐な声で自分の名を呼ぶルルーナ。その響きが、カーサリアルの胸をくすぐる。
(……可愛い。ルルーナ……抱きしめたい)
「ところで、殿下はこの植物をどのように集められたのですか?」
「これかい? 全部、自分の足で集めたんだよ」
「えぇっ……! 全部、殿下ご自身で?」
目を丸くして驚くルルーナの反応に、思わず微笑みがこぼれる。彼は幼い頃から“制御の必要な存在”として、父王の管理下に置かれていたが、外出だけはある程度自由が利いた。
(……最初は、こんな草に興味なんてなかった。だけど、毒を盛られ――死にかけてからは変わった)
兄・キミトル。王妃。優しかったそのふたりに、ある日突然命を狙われた。
――魔力が強すぎるというだけで。
死の淵をさまよったとき、思ったのはただひとつ。
(……死にたくない。もう一度、ルルーナに会いたい)
生き延びるため、王城にいた老薬師に弟子入りし、薬草を学んだ。今この庭に広がる草たちは、ただの趣味などではなく――己を守るための最後の砦。
(けど……それを、ルルーナに話すつもりはない)
カーサリアルは喉の奥で、自傷するようにくくっと笑った。