16話
二日後。第二王子カーサリアル殿下から招待を受けた私は、王都を通り抜け、メイドのシャロンと共に王城へと向かっていた。
(舞踏会でもないのに、ましてや婚約者でもない私が王城に招かれるなんて……緊張する)
王都の図書館で少し話しただけの私に、人嫌いで知られるカーサリアル殿下が招待状を送ってくるなんて――いまだに信じられない。
そう思ってしまうのには、理由がある。
カーサリアル殿下は毎年、ご自身の誕生会を王城で開かれるが、幼少の頃から「体調不良」を理由に一度も姿を現されたことがない。つまり、誕生会は主役不在で開かれるのが恒例で、殿下の顔を知る者は貴族の中でもほとんどいない、謎に包まれたお方なのだ。
私も幼い頃から毎年、殿下の誕生会に参加していたが――図書館で出会った、あの男性が殿下だとは夢にも思わなかった。
――なのに私は、その殿下の目の前で床に座り込み、隣で笑い、不躾な返答をしてしまったかもしれない。たとえ殿下の正体を知らなかったとしても、王族に対するその態度は……下手をすれば、不敬罪に問われてもおかしくない。
(家庭教師の先生に言われたわ。“平和に暮らしたいなら、王族にだけは逆らってはいけない”って。それをわかっているからこそ、お父様とお母様は私の王城行きを許してくれたのよね)
まだ馬車は、王城の門を通ったばかり。城の中までは入っていない。
――いまなら、引き返しても気づかれないかもしれない。
すぐに馬車を止めて御者に説明し、体調不良を理由に屋敷へ戻れば……後で、殿下には丁重な手紙で謝罪すれば済むのでは?
(……それよ、それしかないわ)
私は決意し、前に座るシャロンの手を握って「帰りたい」と小声で告げた。けれどシャロンは窓の外を見て、顔を青ざめさせながら首を横に振る。
「どうしたの?」と声をかけようとした。その瞬間、馬車が止まり、いきなり扉が開く。
「ルルーナ嬢、来てくれたんだね。待っていたよ」
と、満面の笑顔で手を差し伸べる、カーサリアル殿下がなぜか馬車の外に立っていた。
(……どうして、カーサリアル殿下がここに⁉︎)
その彼の姿に、私以上に驚いたのは王城の騎士たちだった。周囲の騎士たちは目を見開き、息を呑むような表情で、殿下と私を見つめている。
それもそのはず。普段は人前に一切姿を見せない第二王子が、直々に馬車まで迎えに来るなど、前代未聞の出来事。
だけど、カーサリアル殿下はそんな騒ぎなど意に介さず、私の手をがっしりと握ると、まるで友人にでも語りかけるように言った。
「招待に応じてくれて嬉しいよ。――さあ、私の屋敷へ行こう」