カサリアとササ
嫌々と図書館を後にし、揺れる馬車に乗り込んだカサリアとその側近ササ。馬車の中でササは主人をちらりと見やり、内心冷や汗をかいていた。
(絶対に怒ってる……。機嫌を損ねたときの、カサリア様の暴走を考えると恐ろしい……!)
だが、その心配は予想外の方向に裏切られる。なんと、主人の口元が笑っている。
「よかった……。機嫌がよさそうですね、カサリア様」
「は? 俺が機嫌がいい?」
「えぇ、口元が笑っていますよ」
――笑っている? この俺が?
ササの言葉に首を傾げつつも。ふと、カサリアは自分の表情を意識する。そして気付く。
(……そうだ、俺は笑っている)
どうして笑っているのか? 答えは簡単だった。
――ルルーナに、会えたからだ。
彼女の手に触れた瞬間、胸を貫くような感覚と共に甦ったのは、過去の記憶。三歳年下の愛しいルルーナ。優しく、純粋で、ただ眺めているだけで心が満たされる存在だった彼女。
しかし、その彼女は――十八歳で死んだ。
婚約者カサロと、その浮気相手に毒殺されて。
その事実を知ったとき、俺の魔力は暴走し、すべてを壊した。毒を盛った二人を殺し、国も、城も、世界そのものを凍らせた。
だが、いくら壊しても、彼女は戻らない。
彼女の墓の前で、俺は声を上げて泣き続けた。
あの二人を葬っても、世界を破壊しても、虚しさだけが残った。
――彼女のいない世界では、生きていけない。
だから俺は、すべてを賭けた。
集めていた魔力石を使い、禁術と呼ばれる魔法で彼女を蘇らせる賭けに出た。その結果が成功したのかは分からなかった。
だが――今日、彼女に会えた。
(術が、成功していたんだな……。ルルーナに、また会えたんだ)
目の前で驚き、赤く染まった頬を隠そうとする彼女の姿が思い浮かぶ。
――可愛い。すべてが、可愛い。
「……欲しい。」
つい口をついて出た言葉に、隣のササが不思議そうに首をかしげる。
「はい? 何か仰いましたか?」
「いや、なんでもない」
カサリアは小さく首を振り、口元に浮かぶ笑みをさらに深めた。
(婚約者カサロ……あの男とルルーナの婚約は、すぐにでも破棄させなければ。あの男の側に彼女を置いておくなんて、考えただけで許せない。)
早く、俺だけのルルーナにしたい。
まずは招待状を送り、彼女を俺の屋敷へ招こう。
彼女が来てくれたら、何を話そうか?
薬師の話? 図書館で読んでいた植物の話?
(どんな話でもいい。彼女といるだけで幸せだ)
カサリアの心の中で湧き上がるのは、ルルーナへの狂おしいほどの愛と執着。彼女の存在は、すべてを壊したあの日から、唯一の救いだった。
(――好きだ。いや、それ以上だ。心の底から、魂のすべてで愛しているよ、ルルーナ)
彼女を守り、すべてを捧げる覚悟を胸に、カサリアの瞳はさらに深く輝きを増していた。