13話
鼓動を高鳴らせる私へ近付く男、九回の巻き戻りで経験がなく、慣れていないからか体が硬直して動かない。もうすぐ唇がくっつく……そんなとき、私と男の間に本が一冊あらわれた。
「え、本?」
「チッ、邪魔するなよ」
「邪魔しますよ、カサリア様。まことに、お楽しみのところすみませんが、お時間です」
「時間? もう、二時間たったのか……クソッ、はやいな」
この状況を止めたのは、断罪と一緒に来ていたメガネの男性。
「もう、一時間……」
「無理な話です。はいはい、そんな怖い顔をしないでください。すでに、図書館の前に迎えの馬車がきております。……ぎゃっ、僕に向けて、魔力を出そうとしないでください。万が一それが壊れて、図書館を凍らせれば二度とここへは来れまへんよ。そんなの嫌でしょう? さぁ帰りますよ。これ以上、ここに居ては図書館の職員に迷惑をかけます」
「あぁ、わかったよ。……そうだ、君は薬師に興味があるか?」
「え、薬師に興味? は、はい。試験を受けれる歳になったら、薬師見習いの試験を受けようと思っております」
――ふうぅん。
男の瞳がこうを描く。
「俺の屋敷に来れば、この図書より面白い植物の書物がいくつもあるよ。来ないか?」
「面白い植物の、書物の本ですか?」
「あぁ、明日……いや、二日後に君の屋敷へ招待状を送るから、興味があったら来るといいよ」
そう言い残し、男は私の手の甲にキスを落として、手をひらひらと振り、図書館から去っていった。
その背中を見つめ、立ち尽くしていた私は焦る。
(……また、手の甲にキスされたわ)
あの男の流れるような動作に、私はやめてとも、避けることも出来なかった。
⭐︎
男にキスされた手の甲と屋敷へ招待を受けたが、あの男は私が公爵令嬢だとか、ルルーナの名前すら知らないだろう。
――社交辞令? もしそうじゃなく、男性から招待状が来たら、訪問してもいいのかしら?
茫然と立ち尽くしていた私の耳にキィーンと、不快な音と、ガチャッと鍵が開く音が聞こえた。あの男性が図書館を去り、魔法で施錠されていた鍵が空いたようだ。
(いまから、図書館へ人が戻って来るわ)
――早く、シャロンと合流しないと。
図書館へと戻ってくる人々の中に、メイドのシャロンがいないか探した。