10話
カサリアは館内を歩きながら、ため息混じりに側近のササに話しかけた。
「おい、ササ。この図書館に誰かいるぞ。」
「えっ、そんなはずは……。あ、確かに反応がありますね。おそらく、先ほどの館内放送に気づかなかったのでは?」
二人は魔法で察知した反応を頼りに、奥の本棚へ向かった。そこで目にしたのは、豪華なドレス姿の少女――だが、女の子は無造作に床へと座り込み、無造作に書物を広げて読んでいた。
(どこの令嬢だ? 綺麗なドレスを汚れるのも構わず床に座るなんて、まったく品がない)
女の子は彼らの視線に気付くこともなく、一心不乱に本を読み進めていた。満足げな声でつぶやく。
「んん~最高! この本、とても面白いわ!」
カサリアはその無防備な様子に。喉の奥で笑いを漏らすと、側近に目配せをした。
「他に誰も残っていないか確認してこい。俺はこの子と少し話してみる。」
「わかりました、カサリア様。」
側近が離れたのを見届けると、カサリアは軽い足取りで女の子の近くへ向かい、にやりと笑みを浮かべながら声をかけた。
「そこの可愛い令嬢、その本はそんなに面白いの?」
⭐︎
突然の声に、私の肩を跳ね上げた。
「きゃっ⁉︎」
慌てて本を抱えたまま顔を上げると、黒色の髪を持つ見知らぬ男性が、自分を見下ろしているのが目に入った。その整った身なりと鋭い目に一瞬で圧倒され、私は急いで立ち上がり、スカートの裾をつまんで小さく頭を下げる。
「ごきげんよう。どちらの方か存じませんが、大変お見苦しいところをお見せしてしまいましたわ……」
顔を赤く染めた彼女に、男性は首を横に振り、穏やかな声で応じた。
「いやいや、謝る必要はないさ。君は知らないかもしれないけど、今この図書館は俺のせいで貸切なんだ」
「か、貸切……ですか? それは失礼しました。すぐに図書館を出ます」
私は本を棚に戻し、足早にその場を立ち去ろうとした。しかし、男の長い足が彼女の行く手を遮る。
「可愛い令嬢さん、悪いね。でも、今は出るのは無理だよ。この図書館の出入口は、魔法で施錠されているから」
「施錠……? ということは、私は外に出られないのですか?」
「そういうこと。少なくとも二時間はね」
楽しげに目を細める男。その態度に、私は一歩後ずさる。しかし彼の手が素早く伸び、彼女の腕を掴んだ。静かな館内に、彼の銀色の腕輪がカシャンと音を立てる。
「キャッ! は、離してください!」
必死に声を上げるが、男は腕を離さない。その代わりに、男の瞳が驚きに見開かれ。
「……ま、まじか……う、嘘だろ……? 頭が……痛い……うぐっ……!」
男は片手で、頭を抱え苦しみはじめた。驚き、私が「大丈夫ですか?」と慌てて、苦しむ男性に空いている手を差し伸べるが。
その伸ばした手も、男性は苦しみながらも力強く握った。