昆虫の楽園
ジャン王孫殿下に案内していただきながら、俺たちもそれぞれ自己紹介を済ませた。
「なるほど、これで全員覚えたよ。だけど驚いたな、まさか勇者様が来ているとは!」
「はい。こちらも先程まで国王陛下と謁見していたところでしたので」
梨香の言葉に、ジャン王孫殿下はくるりと振り向き、頭をかいた。
「あー、うちのお祖父様って結構難しいからね~。失礼なことしなかった?」
「してない、……とは言いきれませんね」
「ん、リリカのこと?」
ピルクの冷ややかな視線に、リリカはキョトンとする。
「他に誰がいるんですかっ。まさか国王陛下に痴話を仕掛けるなんて、どういう神経しているのかと思いましたよ!」
「だって王様、確かにリリカのおっぱい見てたし~!」
『それは俺を見ていたと、国王陛下も言ってただろ』
「どうだかね~? 男はいくつになってもスケベだって、ママも昔言ってたし~」
俺の指摘にも、リリカは肩をすくめて口を尖らせていた。
そんな俺たちに、ジャン王孫殿下は腹を抱えて笑い出す。
「あははっ! やっぱり面白いよ君たち! お祖父様も気に入るわけだ!」
「謁見を覗き見でもしておったのか? そなたは」
「違う違う。ただの想像だよカルラ」
そう言って笑うジャン王孫殿下の目が、ふと細くなる。
「――それより、君のクワガタはまだ隠れているのかい?」
含みのある視線に、カルラは肩をすくめた。
「ムサシなら今は無理だろ。どうもそなたのことは好かんらしい」
「そっか……残念だなぁ」
ジャン王孫殿下はあっけらかんとしている。
ムサシがさっきから静かなのは、そういうことか。
そんな時、控えめに手を挙げたのはタマコだった。
「あの~、ジャン王孫殿下はどうしてそんなに虫が好きなんですぅ?」
その何気ない質問に、ジャン王孫殿下は足を止めた。
少しだけ、表情が変わる。
「――人間ってさ」
ぽつりと呟く。
「思ってもないことを口にしたり、人の顔色をうかがったり……本当に面倒くさい生き物だよね」
少年の碧い瞳に、わずかな影が差す。
「王宮なんて特にそうだよ。みんな笑ってるけど、腹の中は全然違う」
そして、肩をすくめて笑った。
「でも虫は違う。本能に正直で、嘘をつかない。そんなところが好きなんだよ、ぼくは」
「はあ、分かるような分からないような……です」
キョトンとするタマコの横で、俺はジャン王孫殿下の言葉に少し頷いてしまう。
……前世の会社でも似たような人間は山ほど見たからな。
もしかしたら、この少年と俺は少し似ているのかもしれない。
「――着いたよ」
気が付けば、俺たちは中庭に建てられた巨大な温室の前に立っていた。
ガラス張りの天井から光が降り注ぎ、内部には南国の植物が鬱蒼と茂っている。
「これがぼく自慢の温室さ!」
ジャン王孫殿下は胸を張った。
「とりあえず中に入ってよ!」
中へ足を踏み入れた瞬間――むわっと湿った暖気が身体を包み込んだ。
濃い緑の葉、色鮮やかな花々、そしてどこからともなく聞こえる無数の羽音。
そこはまるで別世界だった。
「なんか温かいです~」
「まるでザ・南国ってかんじ~!」
昆虫の俺にとっても、この環境はかなり快適だ。
『見ろよ、あっちにいっぱいいるぞ』
「え、どしたのヘラクレス?」
俺が角で示した方向を見て、リリカが驚いた。
「うわあ! ちょうちょがいっぱい!!」
温室の空間いっぱいに、色とりどりの蝶が舞っている。
それも一種類ではない。
信じられないほど多彩な種類が、花から花へと飛び交っていた。
「この温室はね、虫たちの楽園なんだ!」
ジャン王孫殿下は嬉しそうに言う。
「蝶だけじゃないよ。ほら、あそこ」
タマコの頭上を指差す。
「え?」
そこには、ピンク色の花に完全に擬態したカマキリがいた。
「はわっ! こんなところにもいるなんて!? ビックリしたですぅ!!」
狐の耳をピン!と立てて驚くタマコに、ジャン王孫殿下は快活に笑った。
「あはは、この中には至るところに虫がいるんだ。探すと楽しいよ!」
ほう、それは面白そうだ。
『リリカ、この温室の虫を全部見つけてみせるぞ!』
「それマジぃ? まあいいけど……」
「私も行く!」
こうして俺たちは温室を探索することになった。
――結果。
見つけただけでも百種類近い虫がいた。
俺の知る虫に近いものもいれば、図鑑でも見たことのない奇妙な虫もいる。
久しぶりに、子供の頃の虫捕りの気分を思い出した。
「はあ、はあ……ちょー疲れたんだけど~」
「だが子供の頃を思い出すようで楽しかった」
リリカと梨香が何気なく腰を掛けた黒い岩。
だが――その岩が、ゆっくりと動いた。
「……ん?」
次の瞬間。岩はむくりと立ち上がる。
「わわっ!?」
黒光りする巨大な甲殻。
六本の脚。
そして岩のような体。
……クロカタゾウムシだ。
「魔物か!」
「な、なんでこんなところに魔物がいるわけ~!?」
そこへジャン王孫殿下が慌てて駆け寄ってきた。
「ごめんごめん! 言い忘れてた! この温室には昆虫型の魔物も少しだけ飼ってるんだ!」
「それ先に言ってくんない!?」
巨大ゾウムシは脚を踏み鳴らし、リリカを睨む。
「お? やんのか?」
「敵意があるなら、容赦はしない!」
リリカと梨香が構えた瞬間。
「ストーップ!」
ジャン王孫殿下が割って入った。
「ここはぼくに任せて!」
そして――少年はゾウムシに向かって息を吹きかける。
次の瞬間。
巨大ゾウムシの脚が、ぴたりと止まった。
そして静かに地面に伏せる。
「ふー、間に合った」
「ジャン坊、あんた今何したん?」
ジャン王孫殿下は胸を張る。
「説明しよう! ぼく――ジャン・オリンスは、世にも珍しいフェロモンを操るスキルを持っているのだ!」




