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虫愛でる少年

 近衛隊長のクランに促されて、俺たちは王の間を退出した。


 ……彼のリリカを見る目がかなり厳しく見えるのは、気のせいではないだろう。


 そんなこととは露知らず、リリカは頭の後ろで腕を組んでケラケラと笑っていた。


「いや~、マジキツかった~! リリカもさすがにちょー緊張したし!」

「ホントです~! わたしも尻尾が縮こまっちゃったですぅ!」

『……その割には途中で自由奔放な言動があったけどな』

「そうだったっけ? めんごめんご~」


 ヘラヘラと謝るリリカに、俺はため息をつく。


「しっかしリリカのアレは本当に愉快だったな! 全く、陛下の前で剛胆なものよ!」

「え、リリカすごい? マジ?」


 豪快に笑うカルラの評価にキャッキャとはしゃぐリリカを、ピルクが咎めた。


「リリカさん……お咎めなしだから良かったですけど、もしかしたら不敬罪になってたかも知れないんですよ? リリカさんはもっと場をわきまえてくださいっ」

「はいは~い。次は気を付けまーす」


 その指摘にもリリカは、分かっているような分かっていないような態度だ。


「それでも我々の活動を王家も認めてくださることになったのは大きな収穫だ」

「ですね、リカーシャさん。陛下に返答するリカーシャさん、とてもかっこよかったですよ」

「そうか、ピルク」


 ピルクの称賛に、梨香は照れ臭そうに頬をかく。


『梨香、お前も本当に立派になったものだ。パパは誇らしいよ』

「パパ……私はいつだって私、パパの娘だよ」


 そう言いながら梨香に角を撫でられて、俺も心安らいだ。


 ――その時だった。

 前方の壁際で、一匹の大きな蝶がせわしなく羽ばたいているのが目に入った。


 あの大きさ、翅の模様……まさか。

 トリバネアゲハの仲間か!?


 しかし様子がおかしい。

 まるで何かに引き寄せられるように、落ち着きなく飛び回っている。


「どしたの? ヘラクレス」

『リリカ、あそこに大きな蝶がいるだろ』

「あ、ホントだ!」


 しかしあのトリバネアゲハ、やはり様子がおかしい。

 ……翅を休めたいのか?


 それならっ。


『ノビ~ルホーン!』


 俺はスキルで角をビヨーンと伸ばし、蝶の近くにそっと差し出す。


 するとトリバネアゲハはヒラヒラと舞い降り、俺の角に止まった。


「わあお、ヘラクレスすごーい!」

『こいつも翅を休めたいのかと思ってな』


 俺が角を元の長さに戻すと、梨香が反応する。


「それにしてもきれいな蝶だな。確か……トリバネアゲハだったか」

「え、リカねぇ知ってんの!?」

「ああ、昔パパの虫の図鑑で見たことがある」


 虫談話で盛り上がる俺たちをよそに、タマコは明らかに一歩引いていた。


「ちょうちょもこんなに大きいとちょっと怖いですぅ……」


 そういえばタマコは虫が苦手だったっけ。


 その時だった。


「お~い! そっちにオウバネアゲハを見なかったかい!?」


 前方から、一人の少年が駆けてきた。


 俺たちの前で足を止め、膝に手をついて息を整える。


 その瞬間、俺の角に止まっていた蝶がヒラヒラと舞い上がり――少年の指先へと吸い寄せられるように止まった。


「おお、こんなところにいたか! よしよ~し」


 少年は嬉しそうに蝶を撫でる。


 その姿を見た瞬間、近衛隊長クランがビシッと背筋を伸ばして敬礼した。


「ジャン王孫殿下、どうしてこちらに?」

「ぼくのオウバネアゲハが温室から逃げちゃってね。でももう大丈夫だよ」


 そう言って微笑む少年――ジャン王孫殿下。


 そんな彼に、リリカが反応する。


「王孫って、王様の孫ってことだよね!? あんたが?」

「ちょっとリリカさん! 王孫殿下に失礼ですよ!」


 ピルクが慌てて咎めるが、ジャン王孫殿下は楽しそうに笑った。


「はっはっは、気にしなくていいよ。ぼくなんて王宮でも変わり者扱いだからね」


 そう言って軽く肩をすくめる。


「一応名乗っておこうかな。ぼくはジャン。アレキサンダー陛下の孫さ」


 堂々と名乗るジャン王孫殿下は、幼いながらも確かに王族の気品を漂わせていた。


 だが――白いシャツにサスペンダー付きの短パンという姿は、どう見ても虫取り少年である。


「リリカはリリカ、ハーフエルフだよ」

「ふーん、ハーフエルフのリリカかぁ」


 ジャン王孫殿下の視線が、ゆっくりと俺に向いた。


 そして。

 その目が、ぱあっと輝く。


「……すごい」


 少年は一歩近づき、食い入るように俺を見つめた。


「長い角、金色の鞘翅、そしてこの体格……カブトムシなのは間違いない。でもこんなの、どの図鑑にも載ってない!」


 興奮した声だった。


「完全に未知種だよ!」

「お、おう」


 あのリリカでさえ、押しの強さに少し引いている。


 ……どうやらこの少年もヘラクレスオオカブトのトリコになったらしい。


「見れば見るほど興味深いねぇ」


 ジャン王孫殿下の目が、ギラリと輝く。


「ぼくの標本コレクションに加えたいくらいだ!」


 ひょ、標本!?

 俺はまだ生きてるぞ!


 ビビる俺を、リリカがすぐに引き離した。


「ダーメっ! ヘラクレスはリリカたちの家族なの!」

「あーっはっはっは! 分かった分かった!」


 ジャン王孫殿下は楽しそうに笑う。


「ひとまず標本にするのは諦めるよ」


 良かった……どうやら標本箱行きは免れたらしい。


 そんな俺の様子を見て、ジャン王孫殿下はニヤリと笑った。


「でもね、その虫、もっと観察してみたいな」


 そして、ぱっと顔を明るくする。


「よかったらぼくの温室を見に来ない? 世界中から集めた珍しい昆虫がたくさんいるんだ!」


 な、なんですと!?

 それは見てみたい!


「わわっ、ヘラクレスが興味津々!?」


「――決まりだね!」


 ジャン王孫殿下はくるりと踵を返し、元気よく言った。


「それじゃあ案内してあげる!」

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