白亜の王宮と謁見の間
ホテルから出るなり、衛兵を大勢引き連れた豪勢な馬車が待ち合わせていた。
「やはり来たか、近衛隊長のクランよ」
カルラがそう言って目を向けたのは、一際立派な甲冑に身を包んだ青年である。
「外様の貴様に客人を任せきりというのも、王宮の沽券に関わる。この先は我ら近衛が主導する」
「そいつは立派なことを。せいぜい拝見するかの」
「ふんっ」
やや険悪な二人の雰囲気に、俺はリリカとタマコの二人とひそひそ話した。
「――あの人、カルラさんと仲悪い的な?」
『そう見えるな……』
「それでもわたしはカルラお姉ちゃんの方が強いと思うです!」
『そういう問題ではないと思うが……』
そんなことをしている間にも俺たちは近衛隊長のクランに手引きされて馬車へ乗り込む。
ガタゴトと音を立てる馬車に乗って、俺たちは王都の賑やかな道を進んだ。
「しかし近衛隊長もちと大袈裟なことをするのう。こんな近衛兵の数、必要か?」
「国王陛下が直々に招いた客人だ、警備に万全をきたすのは当然のことだろう。それともカルラ、貴様独りで客人たちを守りきれるとでも?」
「さあ、どうかのう」
隣り合って座りながら、カルラとクランは憎まれ口にも聞こえるやり取りをしている。
どちらも自分の実力に自信があるのだろう、二人とも雰囲気からして強者だった。
そんなピリピリとした雰囲気に、リリカは居心地悪そうにしている。
「む~、なんかヤな雰囲気ぃ」
「済まないのう、リリカよ。こやつの頭が凝り固まってるばかりに、雰囲気は最悪でな」
「貴様も軽口が好きなのは相変わらずだ」
「カルラお姉ちゃんもクランさんも火花バチバチですぅ……」
タマコに至ってはふさふさの狐尻尾を抱きしめて縮こまっていた。
……しかし妙だな、クランにはヘラクレスオオカブトの俺が見えていないというのか?
クランの気を引こうと俺は角をヒョイヒョイと掲げて見せるが、奴はこちらに目もくれない。
「諦めろヘラクレス、奴は自分よりも強い者にしか興味を示さん」
『そうか……』
どうやら俺はこの近衛隊長に侮られているようだ。
まさかヘラクレスオオカブトの俺に、ほんの一瞥すら寄越さない男がいるとはな……。
俺が角をしょげていると、梨香が囁くように慰めてくれる。
「気にすることないよ。誰が何と言おうとパパは私の一番だから」
『梨香……やはりお前は俺の愛する娘だ』
そうして馬車に揺られることしばらく、俺たちの前に荘厳な宮殿が見えてきた。
横一線に伸びる白亜の外壁の前には、黒鉄の門と王家の紋章。
そして、その両脇には微動だにしない儀仗兵たちが整列している。
あれが、王宮……!
「うわぁ~、外側からもう豪華なんだけど~!」
「警備もものすごく厳重そうです~!」
リリカとタマコも威厳その物と呼ぶべき宮殿の荘厳さに圧倒されているようだ。
「さすがは王宮、といったところでしょうか……!」
「我々もあそこに入るのだな……」
ピルクと梨香もさすがに緊張を隠せなくなっているようで。
馬車が黒鉄の門で停まると、門番がクランとカルラに確認を取る。
「――客人か。通ってよし」
門番の許可が降りるなり、黒鉄の門がゴゴゴ……と重厚な音を立てて開いた。
庭に入ったところで馬車を降りた俺たちは、続いて宮殿の中へと案内される。
扉の内側に足を踏み入れた瞬間、光が溢れた。
磨き上げられた大理石、天井を埋め尽くす絵画、そして無数の鏡。
そこはもはや建物ではなく、王権そのものを可視化した空間だった。
思わず息を呑む。
「領主様のお屋敷もすごかったけど、こっちはもっとゴージャスじゃ~ん!」
「リリカさん、軽口は慎んでくださいっ」
「へいへいっ、分かってるよーだ」
ピルクにたしなめられて、口を尖らせるリリカ。
でもリリカの気持ちは分かるぞ、ここまで豪華なのは俺も初めてだからな。
コツン、コツン。
俺たちの乾いた足音が廊下に響き渡り、重厚な空気に息が詰まりそうになる。
そして――重厚な扉が、静かに開かれた。
空気が、変わった。
足を踏み入れた先に広がっていたのは、もはや一つの空間というより、王権そのものを具現化したかのような大広間だった。
天井は目を疑うほど高く、見上げれば建国神話を描いた壮麗な天井画が一面に広がっている。
無数の金装飾が縁取るその絵は、燭光を受けて神々しく輝いていた。
左右の壁面には等間隔に巨大な鏡が並び、そこに反射した光が、空間全体をいっそう眩く満たしている。
床は磨き上げられた白大理石。
一歩踏み出すごとに、靴音がやけに大きく響いた。
そして正面。
赤い絨毯の先、数段高く設えられた玉座の背後には王家の大紋章。
その両脇には、微動だにしない近衛騎士たち。
広間の両側には、既に集められていた貴族や廷臣たちが整然と並び、無数の視線が一斉にこちらへと注がれる。
……逃げ場はない。
ここは、王の前に立つ者すべてが試される場所だった。
そして玉座に座す男は、想像していたような豪放な王ではなかった。
年の頃は六十前後。
白髪の混じり始めた髪を後ろへ撫でつけ、整えられた口髭の下には、常に薄い笑みが浮かんでいる。
だが――その目だけは、まるで獲物を値踏みする猛禽のように鋭かった。
玉座に深くもたれかかることもなく、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、王は静かにこちらを見下ろしている。
そして。王は指先で肘掛けを一度、軽く叩いた。
「――ほう」
わずかな間。王の視線が、順に一行をなぞる。
値踏みするような沈黙ののち、王は口を開いた。
「これが、噂の勇者一行か」




