高級ホテルでの朝
*
翌朝、俺はリリカの胸元で目を覚ました。
『んん……っ、よく寝たなぁ』
角を上げて軽くストレッチをする俺に、声をかけてきたのはタマコである。
「あ、ヘラクレスさん。おはようですぅ」
おはよう、タマコ。
今日は国王陛下との謁見だが、緊張はしていないだろうか?
そんな思いでタマコをじっと見ていると、彼女は狐耳と尻尾を揺らしてきょとんと首を傾げた。
「ん? どうしたですか、わたしの顔に何かついてるですぅ?」
おっと、タマコには俺の言葉が通じないんだった。
「それよりもっ。リリカちゃん、もう朝ですよ~。起きるです~!」
タマコがリリカの身体を揺する。
だが当の本人は夢の中らしく、起きる気配がない。
「むにゃむにゃ……ヘラクレス~、あとちょっと……」
ん? 俺?
リリカは一体どんな夢を見ているんだ。
思わぬタイミングで名前を呼ばれ、複眼を丸くする俺をよそに、タマコは業を煮やした。
「もうっ!」
ばさっ、とシーツをひっぺがす。
「ううっ、タマっちひど~い。せっかく高級ベッドで気持ちよかったのに~!」
「今日は国王陛下に会うんでしょ! いい加減起きないと準備間に合わないです~!」
ぷんすこと尻尾を膨らませるタマコ。
「はいはい、準備すればいいんしょっ」
リリカが身を起こした拍子に、脱ぎ捨てたラフな寝間着が俺の上に覆いかぶさった。
むむ。
リリカの香ばしくも清々しい香りが、触角をくすぐる。
「え~っ、ヘラクレスってばそーゆー趣味あんの~? ちょっとキモいんだけど~」
『違う! ちょっと匂っただけだ! 断じてそんな趣味はない!』
「はいはい、言い訳乙~」
いつになく冷ややかな視線を向けられ、俺は寝間着から這い出た。
その頃には、リリカはすでにいつもの軽装へと着替え終えている。
「これで準備オーケー! リリカ、行っきまーす!」
「ふええっ、リリカちゃん待ってです~!」
飛び出しかけたリリカを、タマコが慌てて引き止める。
「そうそう、忘れ物忘れ物っ」
そう言って、リリカは俺を胸元へ乗せた。
「これでよしっと」
「それじゃあ行くですぅ」
二人と一緒に部屋を出た瞬間、隣室の扉も開いた。
梨香とピルクだ。
「リカねぇにピルク、おっは~」
「おはよう、リリカ。今日はいよいよ国王陛下との謁見だな」
「リリカさんのことですから、緊張なんて少しもしてないんでしょうね」
「何それどーゆー意味~?」
ピルクのやや棘のある言い方に、リリカが頬を膨らませる。
その横で、梨香はタマコに目を向けた。
「……タマコは平気か?」
「はいです……って言ったらウソになるですけど……」
触れ合わせた両手が、わずかに震えている。
梨香はそっとその手に自分の手を重ねた。
「無闇に緊張することはない。国王陛下も、我々を咎めはしないだろう」
「リカーシャさん……ありがとうです。おかげで、ちょっとだけ緊張がほぐれたみたいですぅ」
仲間を気遣うとは、さすが自慢の娘だ。
そこへ、少し離れた場所からパンパンと手を叩く音。
振り向けば、カルラが悠然と歩み寄ってきていた。
「カッカッカ、朝からよいものを見せてもらったぞ」
「カルラお姉ちゃん……ちょっと恥ずかしいですぅ」
タマコは頬を赤らめてもじもじする。
一方、カルラの懐ではムサシがやれやれと言いたげに大あごを揺らした。
『甘い馴れ合いなど、見ていられんな』
『そう言うなよ、ムサシ。これが彼女たちの絆なんだからさ』
『ふん……貴様も甘っちょろい』
……こいつ、筋金入りだな。
こうして俺たちは、朝食が用意されているという大ホールへ向かった。
扉をくぐった瞬間――
「うひゃーっ、食べ物がちょーいっぱい! ヤバァ!!」
「これホントに全部食べてもいいですかぁ!?」
二人が目を見開いたのも無理はない。
そこには色とりどりの料理が並ぶ、豪華なビュッフェ会場が広がっていた。
「ははは。ここにある料理は、どれでも好きなだけ食ってよいぞ」
カルラの言葉に、リリカとタマコの目が星のように輝く。
「そんなの夢みたいじゃん! ヤバすぎ~!!」
「リリカちゃん! まずはどれからいくですぅ!?」
トレーを手に鼻をふんすと鳴らして興奮冷めやらないタマコに同調するよう、リリカも片っ端から料理をつまんでいく。
『おいおい、自分が食べれる分だけにしとけよ?』
「へーきへーき! だってリリカ、いっぱい食べるの得意だし!」
「――全く、国王陛下の謁見もまだなのに、あんなはしゃいでアホなんですかね?」
「そう言うなピルク、いつ何時でも楽しめるのがリリカの強みだ。私はそう思う」
冷ややかなピルクをたしなめる梨香もまた、トレーにたくさんの料理を盛り付けていた。
そんな梨香に手招きされて、俺は背中の翅を震わせ飛んで向かう。
「これならパパも食べられそうだよ」
梨香が差し出したのは、七色に輝くゼリー。
『この香り、ナナバだな?』
「それだけじゃないみたい、いろんなフルーツがミックスされてるんだって」
『それは美味そうだ。……でもいいのか?』
俺が確認を入れると、梨香は明るく微笑んだ。
「だってこれはパパに選んだものだもん。食べて」
『それなら頂くよ』
俺が七色ゼリーに口をつけた瞬間、身体中に無数の果物の栄養が染み渡るのを感じた。
まるで身体中の体液がジュースにでもなってしまったかのような錯覚さえ感じてしまう。
『……こいつはすごいな、果物感が半端じゃない』
「喜んでもらえてよかった」
愛娘と穏やかな視線を交わしていると――ひょい。
横から角をつままれた。
「――あーっ、リカねぇズル~い! リリカもヘラクレスに食べさせたいものあるんだから!」
「こら、リリカっ。パパを返せ!」
「ダーメっ! リカねぇだけ一人占めなんて許さないし!」
一人占めって、俺は物じゃないんだぞ……?
そんなこんなで、俺たちは和気あいあいと朝食を囲み、国王陛下との謁見に向けて英気を養ったのである。




