王都の黄昏
スリの男の胸ぐらを掴み上げ、カルラが鋭く問いただす。
「誰の差し金だ?」
「し、知らねえって! ただ……黒ローブの奴に頼まれただけだ!」
「黒ローブだと……?」
「オレンジ髪の色黒エルフの娘を狙えって……成功したら金を倍出すって言われて……!」
「……そうか」
言い分を聞き終えると、カルラは男を乱暴に突き放した。
そして近くの衛兵へと鋭く命じる。
「こいつを役所に連れていけ」
「はっ、かしこまりました、カルラ様」
衛兵にスリを引き渡し、カルラは興味を失ったように手を払う。
その様子に、ピルクが戸惑い気味に問いかけた。
「いいんですか? あのスリから、もう少し話を聞き出さなくて……」
「聞き出すも何も、あの様子では大した情報など持っておるまい。それよりも――」
カルラの視線が、遠くにそびえる十字のオブジェへと細められる。
「……まだ確証はないが、教会の奴らめ。既に動いておるのか……?」
教会、か。
あいつらも、まだ何か企んでいるというのか……。
重く考え込む俺の背中を、リリカがぽんぽんと軽く叩いた。
「そんな難しいことは置いといてさ、今は楽しまなきゃ損っしょ!」
『リリカ……お前、財布を取られそうになったばかりでよくそんなこと言えるな』
「てへへっ。リリカ、細かいこと気にしないタイプだし!」
舌をぺろっと出して笑うリリカに、俺は思わず息をつく。
『……リリカらしいな』
「でしょ?」
ニシシと笑う彼女に、場の空気がわずかに和らいだ。
そこでカルラが、両手を腰に当てて豪快に笑う。
「ハハハ! 邪魔は入ったが、観光はまだ始まったばかりだ!」
「まだあるですかぁ!?」
「ああ、タマコよ。王都はこんなものではないぞ!」
「わーいですぅ!」
こうして俺たちは、日が暮れるまで王都観光を満喫したのだった。
観光を一通り終えた頃には、リリカとタマコはすっかり満足げである。
「ふい~っ、今日も楽しかったね~!」
「はいです、リリカちゃん! 王都は素晴らしいですぅ!」
そんな二人に、梨香がぴしりと釘を刺した。
「だが、楽しいことばかりではない。リリカ、今回だってお前はスリに遭っただろう」
「えーっ。でもアレはヘラクレスとカルラさんがすぐ解決してくれたし~」
「――あの二人がいてくれたから、ですよ。まったく、リリカさんはお気楽すぎます」
「ぷぅ~、せっかく楽しい気分だったのに~。ピルクのバカっ」
「ボクは馬鹿ではありません」
むっとするピルク。
そのやり取りを横目に、ムサシがぼそりと呟いた。
『……貴様の連れは、いつでも賑やかだな』
『ああ。おかげで俺は毎日退屈知らずだよ』
『ふっ……物は言いようだな』
――ムサシ。
そのうち、仲間の楽しさも分かるさ。
やがてカルラに案内され、俺たちが辿り着いたのは――見るからに豪奢な高級ホテルだった。
「ここが王家御用達のホテルだ」
「わ~、見るからにゴージャスぅ!」
「全部金ピカですぅ!」
目を輝かせるリリカとタマコ。
カルラは満足げに笑う。
「カカカッ、すごいのは見た目だけではないぞ。部屋も整っておるし、流れる風呂もある」
「流れる風呂ですぅ!?」
「何それ、めっちゃ気になる!!」
「――少しは落ち着け、二人とも」
梨香が腕を組んで言い聞かせる。
「明日は陛下との謁見だ。今日のうちに身体を休めねばならん」
「はーい」
こうして俺たちは、高級ホテルで身体を休めることになった。
*
――時を同じくして。ホーリーシティー、大聖堂の地下。
燭台の火だけが揺らめく石造りの一室で、大神官ニコラスを中心に数名の高位聖職者が静かに円卓を囲んでいた。
「……王都大市場にて接触を確認」
黒衣の聖職者が、淡々と報告書を読み上げる。
「勇者リカーシャ一行、並びに王都からの要人カルラ・カザマキ。予定通り市場にて行動を観測しました」
重苦しい沈黙。
やがて、ニコラスが指先で机を軽く叩いた。
「例の協力者は」
「はっ。下層区のスリを一名、予定通り使用。本人は我らとの関係を認識しておりません」
「……よろしい」
ニコラスの口元が、わずかに歪む。
「結果を述べよ」
促され、聖職者は続けた。
「勇者一行の反応速度――極めて優秀」
「ほう」
「財布奪取から三呼吸以内に、随伴していた甲虫型魔物が即応。伸長系スキルにて対象を拘束」
別の聖職者が低く唸る。
「……噂以上、か」
「さらにカルラが即時制圧。連携に乱れは見られず」
報告が終わると、室内に重い空気が落ちた。
ニコラスは椅子の背にもたれ、ゆっくりと目を細める。
「勇者は」
「はっ。警戒心は十分。周囲への注意も怠っておりません」
「ふむ……」
しばしの沈思。
やがてニコラスは、低く笑った。
「……実に厄介だ」
その声には、わずかな愉悦すら混じっている。
「王家の犬にしておくには惜しい器よ」
円卓の空気が、ひやりと冷えた。
「なお、例のスリは王都側に引き渡されました」
「処理は任せてよい」
ニコラスは興味なさげに手を振る。
「所詮は使い捨ての駒。必要ならば、いくらでも湧く」
淡々とした言葉に、若い聖職者がわずかに身じろいだ。
――だが誰も異を唱えない。
ニコラスは卓上の地図に指を滑らせた。
その指先が止まったのは――王都。
「王家が勇者を庇護するつもりなら」
静かに。
しかし確実な悪意を込めて。
「――少々、舞台を整えてやらねばなるまい。勇者よ――王都でどこまで踊れるか、見せてもらおう」
燭火が、ひときわ大きく揺れた。




