収穫とゆるりカフェ
俺たちはスライム討伐の報告のため、ギルドへと戻ってきていた。
ただ、スライムの粘液で服がほぼダメになってしまったため、リリカとタマコは持参していたマントを素肌に羽織るだけという、やや大胆な姿だ。
「やあ、お帰りなさいませ……って、これはまた……」
受付嬢エミリーさんが、やや困ったような表情で二人を出迎える。
「そーなの、エミリーさん聞いてよ~! スライムの粘液マジで服ダメにするし~!」
「愚痴より先に報告を済ませるですぅ」
「っと、そうだった!」
リリカが差し出したのは、小ぶりなスライムの魔石数粒。
「はい、確かにスライムの魔石ですね。これにて依頼達成です。お疲れ様でした」
にこやかな営業スマイルのエミリーさんに、リリカがもう一つ差し出したのは――
三十センチはありそうな、大粒の魔石。
「それとこれ~、リバーサーペントの魔石もついでに売っていい?」
エミリーさんの目がまるくなる。
「こ、これって……! まさか、あなたたちが討伐を……?」
「もち! ……ってのはウソで、実はヘラクレスが倒したの~」
胸元にいる俺を指差して、リリカが笑う。
やめてくれ、信じてもらえないって……!
『なあリリカ。俺のことはナシにして、君たちが倒したってことにしてくれないか?』
「えー、ヘラクレスの手柄なのに~」
『世間は、虫の活躍をすぐには受け入れないものなんだよ……』
少し寂しい現実だが、それが一番穏便だ。
「ん~、じゃあ、しゃーなし!」
リリカがあっさり訂正。
「エミリーさーん、今のナシで~。リリカたちが倒したってことでヨロ!」
「……そう、ですよね。リバーサーペントを倒せるなんて、本当にすごいことです。すぐに報酬の準備をいたしますので、お待ちを!」
エミリーさんが奥に下がると、タマコが小声で囁いた。
「本当にいいんですか? ヘラクレスさんの功績を、わたしたちが……」
「いいのいいの! 本人がそうしてって言ってるんだから!」
それでも不安そうなタマコに、俺は角をちょんと上げてみせる。
「……うん、やっぱりヘラクレスさんは優しいですねっ」
そう言って微笑むタマコに、俺は少し照れくさくなった。
「お待たせしました~!」
戻ってきたエミリーさんが差し出したのは、パンパンに詰まった革袋二つ。
「うひょ~! マジでヤバっ!!」
「これは……ホクホクですぅ!」
喜びを隠しきれない二人。その様子に、ギルドの奥から一人の姿が現れる。
「ふふっ、いい報酬もらったみたいじゃない?」
ソフィーラさんだ。妖艶な笑みを浮かべ、軽やかに近づいてくる。
「リバーサーペントを倒すなんて、並のシルバーランクでも難しいのに……よく頑張ったわね」
「でしょ~!? リリカたち、ちょっとずつ強くなってるって感じ!」
豊満な胸を張るリリカに、ソフィーラさんは目を細めて――そっと、俺にだけ聞こえるように囁いた。
「……でも本当は、あなたがやったんでしょう?」
『……っ』
読まれてた――!
俺が角を上げて応じると、ソフィーラさんは意味ありげに微笑んで手を振り、そのまま立ち去った。
報酬を手にし、晴れやかな気分のまま、俺たちはひとまず宿屋へ戻ることにした。
部屋に戻ると、リリカとタマコは改めて着替え始める。
『……天井のシミでも数えるか』
音だけが響く沈黙の数十秒――
「オッケ~! もういいよ~!」
振り返ると、リリカはいつものオレンジ色ワンピに、タマコはきっちりと巫女服風の衣装に戻っていた。
「やっぱりこれが落ち着くっしょ~!」
「はいですぅ、スライムにはもう懲り懲りですっ」
思わず笑ってしまう俺に、リリカがむっと頬を膨らませる。
「ちょっとヘラクレスぅ、笑わないでくれる~?」
『わ、わりぃ……』
ふと、タマコがぽつりと漏らす。
「このあと、どうしましょうか?」
「ん~、せっかく稼いだし……お買い物っしょ!」
「わーい、賛成ですぅ!」
そんなわけで、俺たちは次なる目的もなく、ただ気ままに――報酬を片手に、のんびりとした買い物へ出かけることになったのだった。
まず俺たちが立ち寄ったのは、町外れにあるこぢんまりとしたカフェだった。
外にまで立ちのぼる、どこか懐かしいコーヒーの香ばしい匂い。
リリカがドアを開けると、チリンチリンと鈴が鳴り、奥から甘いマスクのイケメン店主が現れる。
「いらっしゃいませ」
声まで爽やかとか、もう完璧すぎるだろ。
「お兄さーん、いつものよろ~!」
「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」
マスターの案内に従って、リリカとタマコはカウンター席へ。
俺もリリカの胸元からぴょんと飛び降りて、テーブルの端っこにちょこんと乗っかった。
やっぱり木のテーブルは、虫の本能的に落ち着く。
「やっぱこういう空間、落ち着くよね~」
「ですねぇ。ふんわり香る感じも、好きですぅ」
『ああ、俺もこの雰囲気は心地いいな』
そんな会話の中、イケメン店主が俺に目を向けて首をかしげた。
「そちらの虫さんも、お連れ様ですか?」
「そだよ~! この子はリリカのガチ友・ヘラクレス!」
えっ、そこまでの紹介……?
リリカに角をつまみ上げられて前肢をピッと上げると、店主はくすりと笑った。
「なるほど。お利口な虫さんのようですね」
『……どうも』
社交辞令と分かっていても、ちょっと嬉しい。
「でしょ~? ヘラクレスはリリカの、大事な家族なんだ~!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぐっと熱くなる。
――家族。
この世界で、そんな風に思ってくれる存在に出会えるとは思っていなかった。
『……ありがとう、リリカ』
「ん~? 急にどしたの~?」
『なんでもない。ちょっと、嬉しかっただけだよ』
「――こちら、コーヒーとホットミルクです。ごゆっくりどうぞ」
マスターが丁寧に運んできたカップを、二人が受け取る。
「ありがと、マスター!」
「いつも感謝してますぅ」
タマコは熱を逃がすようにホットミルクをふーふー。
その横で、リリカはどんどん角砂糖を投入していた。
『ちょっ、リリカ。それ入れすぎだって……! もはやコーヒーじゃないぞ』
「え~、だって苦いのヤダも~ん! リリカ、ビターなの苦手なんだよぉ」
じゃあ最初から頼まなきゃいいのに……。
呆れつつもふと香りに意識を向けると、かつて愛したはずのコーヒーの匂いが、どうにも苦々しく感じられる。
そうか、これも虫になった身体のせいか……。
『くぅ……前世じゃ毎朝コーヒー飲んでたのになぁ……』
思わず涙が出そうになる俺をよそに、リリカとタマコはのんびりとしたひとときを楽しんでいた。