光の王都
騎士団の馬車に乗ったまま俺たちは、検問を難なく通過する。
「検問が顔パスだなんて……、さすがカルラお姉ちゃんですぅ!」
「かかかっ、わらわにかかればこの程度造作もない!」
目を尊敬の光で輝かせるタマコに、カルラは豪快に笑ってのけた。
『カルラはオレが認めた唯一の主だ。当然のことだ』
どうやらムサシも主従関係としてカルラに一目置いているようである。
「確かにカルラさん、すっごく強かったもんね~」
「リカーシャさんと互角でしたからね!」
「それだけではない、リリカとピルク。カルラ殿は王都でも顔が利くことが、ここで分かった」
確かにカルラは強さ以外のものも持ち合わせているな。
そうこうしているうちに馬車は城門をくぐり抜け、目の前には王都の壮大な町並みが広がっていた。
「わ~、すごいですぅ!」
「これが王都! ちょーヤバ~!!」
タマコとリリカが馬車から身を乗り出して見入る王都の光景に、俺も息を呑む。
赤いレンガ造りの建物が規則正しく立ち並び、中心には巨大な時計塔がそびえ立つ。
その針は王都の時を刻み、この国の鼓動そのもののようだった。
都全体に張り巡らされるように流れる運河には、観光の小舟が行き交う。
前世でのロンドンとヴェネチアを思わせる、まさに大都会だ。
そしてそんな町並みを行くのは、ヌイヌイタウン以上に多様な人種の人々。
『見ろよリリカ、君と同じエルフ族も大勢いるぞ』
「うわ、マジ!? エルフ族ってこんなにいるんだ! なんか逆に新鮮じゃん!」
「獣人と魔人族もたくさんいるですよ~!」
今までの常識では考えられなかった多様な人種の姿に、リリカとタマコもなおさら興奮を隠せない。
「王都は人種平等と実力主義を掲げておるからな。わらわのようなよそ者の天狗が王都で顔が利くのもそのためだ」
「ずいぶん先進的な町なのだな……王都は」
カルラの説明に梨香もあごを撫でて感心している。
梨香がかつて拠点としていたホーリーシティーは、息苦しい閉塞感があったからな……。
そんなことを考えながら王都の町並みを眺めていたら、カルラは俺たちを馬車から降ろす。
「そなたらは先に行っておれ」
「はっ」
騎士団を先に行かせたカルラが、にこっと笑ってこう告げた。
「陛下との謁見まではまだ時間もある、せっかく王都に来たのなら観光は外せぬだろ」
「マジで!? よっしゃー!」
「カルラお姉ちゃんと観光、楽しみですぅ!」
嬉しそうに跳び跳ねるリリカとタマコ。
そんなに跳ねたらその……胸元にいる俺まで揺れるんだが、リリカ。
そんな二人とは対照的に、ピルクは困り顔。
「本当にいいんですか……?」
「言っただろ、陛下との謁見はまだだと。ならば楽しまずして何が遠征かっ」
「カルラ殿……それもそうだな」
「やはり勇者殿は分かるか、話が早くて助かる」
カルラはニシシと笑い、遠慮なく梨香の肩に腕を回した。
『……主はたまによく分からない時がある』
『戦いだけが武ではない。あれもまた、器というものだと俺は思うぞ』
ボソリと呟いたムサシに、俺は少し諭した。
そうして俺たちは、まず王都を観光しに回ることに。
……その時、通りの向こうで黒衣の神官服を着た男が、こちらを一瞬だけ睨みつけていたことに、俺はまだ気付いていなかった。
俺たちは早速、カルラに連れられて王都を巡る運河の小舟乗り場へ足を運んだ。
「小舟に乗れば王都の隅々まで楽に行ける。それに運河からの眺めは格別だぞ」
豊満な胸の下で腕を組みながら、カルラが誇らしげに言う。
『そいつは楽しみだな』
「だろう?」
王都に慣れ親しんでいる者の余裕――それがカルラにはある。
「うわ~! ちっちゃい舟もあるじゃん! めっちゃかわいくない?」
「小舟なんて初めてですぅ~!」
はしゃぐリリカとタマコ。
二人の声に、船頭も思わず苦笑を浮かべていた。
「……本当に観光なんてしていていいんですかね」
小声でこぼすのはピルクだ。
「そう言うな。今のうちに楽しむのも遠征のうちだろ」
梨香が穏やかに言う。
「うむ。勇者殿は物分かりが良いな。それに比べて坊やは堅いのう。それでは女子に好かれぬぞ?」
「よ、余計なお世話ですっ!」
顔を赤くするピルクに、リリカがにやにやと追撃する。
「ピルクってば、すーぐ説教モード入るしね~」
「あなたが軽すぎるんです!」
……うむ、王都に来ても平常運転だな。
やがて小舟はゆっくりと水面を滑り出した。
運河の両脇には赤レンガの建物が立ち並び、白い石橋が幾重にも架かっている。
窓辺には花、屋上には洗濯物、遠くには時計塔。
王都はただ豪華なだけではない。
生きている街だ。
「なんか癒しって感じ~」
「水の音、落ち着くですねぇ」
タマコの尻尾が、ゆらりと揺れる。
その様子を見て、梨香と目が合った。
「昔、家族で船に乗ったよね。覚えてる?」
『もちろんだ。娘との思い出を忘れる父親がどこにいる』
前世での遊覧船。
あのときの無邪気な笑顔と、今の凛とした勇者の顔。
同じ娘で、違う存在。
その成長を、俺は誇りに思う。
「ちょっと~、リカねぇ!」
梨香が俺を胸元に乗せた瞬間、リリカが抗議する。
「いいだろ。というかお前ばかりパパと一緒でズルい」
珍しくむすっとする梨香に、俺は角を下げた。
『娘が増えるのは悪いことじゃないさ』
「「増やすな!」」
二人同時にツッコミが入る。
……やはり王都でも我が家は騒がしい。
「パパ、見て。あれ市場だよ」
運河の先に、色とりどりの屋根が広がる一角が見えた。
『ああ……すごい人だな』
橋の上、船着き場、露店。
人種も服装も実に様々だ。
エルフ、獣人、魔人族、そして人間。
ここは間違いなく王都だ。
「勇者殿、市場に興味があるか?」
「ああ。知らない町なら、まず市場を見たい」
「ならちょうどよい。あれが王都大市場だ」
カルラが船頭に銅貨を投げ渡す。
小舟が岸に着き、俺たちは石畳へと降り立った。
――その瞬間。
俺は、ほんの一瞬だけ視線を感じた。
橋の上。
黒い外套の男が、こちらを見ている。
気のせいかもしれない。
だが――。
『……』
「どうしたの、ヘラクレス?」
『いや、なんでもない』
だが王都は広い。
光が強ければ、影もまた濃くなる。
それはきっと、偶然ではない。




