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力試し

『こちらからいかせてもらうぞ!』


 六本の脚で大地を蹴り、俺は地面を抉るように突進する。

 空気が裂け、風圧が周囲の木葉を舞い上げた。


『来い!』


 ムサシは微動だにせず、黒鉄の塊のように構える。

 だが俺の方が角が長い分、間合いに踏み込むのは俺の方が早い!


『食らえっ! ヘラクレス・タイトクラッシャー!』


 上下の角でムサシをガシッと挟み込む――即興で編み出した渾身の一撃だ。

 甲殻と甲殻がぶつかる硬音が、邸内全体に鳴り響く。


「ヘラクレスさんが先手を取ったですぅ!」

「いっけー! ヘラクレスー!」


 タマコとリリカの声援が飛ぶ。俺は応えるように全力で締め上げた。


『うおおおおおっ!』


 ムサシの両脚が石畳から軋みながら持ち上がる――が。


『まだ終わりじゃねえ!』


 ムサシの大あごが俺の顔面をがっちりと挟み込んだ!


 ギリリリ……バキッ!


 甲殻がきしむ音が耳をつんざく。


『なかなかのパワーだな!』

『そいつはどうも! なにせ俺は最強の昆虫、ヘラクレスオオカブトだからな!!』


 全身の筋力を総動員して、ムサシの身体を空へと持ち上げる。

 雷鳴のような気合いが邸内を震わせた。


「ヘラクレスさんの勝ちですぅー!」

「ヘラクレス、かっこいい!」


 観戦組が一斉に沸く。リリカが拳を突き上げ、梨香(リカーシャ)は固唾を呑んで見守る。


『うおおおおお!』


 締め上げる力をさらに強めた、その時だった。


「ムサシ! そなたの力はその程度か!」


 カルラの声が響く。


『……応えねばな! ――雷咬!』


 ムサシの大あごが稲妻を帯びた。

 瞬間、青白い電撃が俺の全身を駆け抜ける!


『うぐあああああっ!?』

「ヘラクレス~!」


 リリカの叫びが遠くに聞こえた。

 視界が白く弾け、ムサシはその隙に拘束を解く。


『転生者だと言ったな……スキルが使えるのも当然か』

『貴様も使えるのだろう? 力押しだけが取り柄ではあるまいな?』


 挑発するような声音。

 ムサシの複眼には、確かな戦士の光が宿っていた。


『そんなに見たいなら見せてやるさ! ――ノビ~ルホーン!』


 俺の角が一瞬で伸び、ムサシの顔面を穿つ……が、止まった。

 奴の甲殻はまるで鋼鉄だ!


『なにっ!?』

『この程度か? なら次はこちらの番だ!』


 ムサシが大あごで俺の角をがっちりと掴む!


『そらそらぁっ!』

『ぐっ……くそ、力比べなら負けんぞ!』


「ヘラクレスさんが挟まれてるですぅ~!」

「頑張って、パパ! 負けないで!!」


 仲間の声が背を押す。

 熱が再び体内にこみ上げ――限界を越えた。


『ライジング・ヘラクレス!!』


 金色の光が俺を包み込む。

 大地が震え、空気が焼ける。


『ほう……いい光だ。ならば――釈迦力!!』


 ムサシも銀白の光を放ち、同等の力をぶつけ返す。


『『うおおおおおおおおおおお!!』』


 光と光がぶつかり、衝撃波が屋敷を震わせた。

 瓦が落ち、床が割れる――その瞬間。


「そこまでだ!」


 カルラの鋭い声が雷鳴のように響いた。


 俺たちは同時に力を緩め、互いに距離を取る。


 ……周囲を見れば、屋敷の庭はクレーターのように抉れていた。


『……済まない、つい熱くなりすぎた』

『ハッ、構わねえ。これでこそ、オレの好敵手にふさわしい!』


 二人で角とあごを軽く合わせる。

 硬質な金属音が“戦士の挨拶”のように澄んで響いた。


 カルラは満足げに豊満な胸元で腕を組み、笑った。


「カッカッカ! 見事な勝負だった! ――ふたりとも、王家の眼は誤っておらぬようだな」


『王家の眼……?』


 俺が疑問を示すと、カルラは不敵な笑みを浮かべて答えた。


「そうだ。わらわはそなたら勇者の力を見定めるために派遣された。少なくとも――勇者に仕える“騎士”の方は、合格だな」

『それはどうもっ』


 軽口を返す俺とは対照的に、カルラの目からは先ほどまでの豪快さが消えていた。

 今の彼女は、一国を背負う武人の眼だ。


 その視線の先で、梨香(リカーシャ)が剣の柄を強く握る。

 胸の奥で、何かが燃えるような眼差し。


「……見事な勝負だった」


 小さく呟いた梨香(リカーシャ)に、カルラが目を細めた。


「ふむ。勇者殿――そなたの剣も、見せてもらいたいものだな」

「私の、剣を……?」

「ああ。虫たちが己の力を示した。ならば主たる者もまた、武を示す番であろう」


 梨香(リカーシャ)の唇がわずかに引き結ばれる。

 その横顔には、責任と誇りの入り混じった決意が浮かんでいた。


「……それも道理だな。私の力も、あなたに見てもらおう」

「よい覚悟だ。では、見せてみよ――勇者の剣を!」


「はわわわっ、またバトルが始まっちゃうですぅ!?」

「え、女子バトル勃発!? でもちょっと燃えてきたかも~!」


 オロオロするタマコと興奮気味のリリカをよそに、二人の女戦士は静かに向かい合った。


 梨香(リカーシャ)が聖剣を抜き放つと、刃が淡く光を放ち、庭の空気が震える。

 カルラは薙刀を軽く構え、その刃先に雷がチリチリと踊った。


「我が刃は風を裂き、雷を導く。覚悟はあるか、勇者殿」

「無論だ。勇者として、退くつもりなどない!」


 互いの足がわずかに動き、砂塵が舞う。

 次の瞬間には、誰かが動く――そんな緊張が場を支配した。


 ――第二ラウンド、開始だ。

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