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運命と因縁

 天穹の上、白銀の雲海を越えた神々の座にて、三柱の神が相対していた。


「……勇者は己の使命を果たし、ついに教会の偽りを打ち砕いた」


 戦と知恵の女神アテナルヴァの声は澄み、まるで広場で響いたリカーシャの演説を反響させるかのように響いた。


「ですが代償は小さくありません。血の香りは大地を濁し、人の嘆きは土に刻まれ続けています」


 命の母神ガイヤの声は深く沈み、憂愁を帯びていた。


 そのとき、黄金の光を纏う一柱が歩み出る。

 光と予言を司る神――アポロである。


「憂うな。未来は既に動き始めた。北には滅びの光が台頭し、南には武を求めし刃が鍛えられる。勇者は必ずや、その双方に相対するだろう」


「滅びの光……そして、武を求めし刃……?」


 アポロの言葉に、アテナルヴァとガイヤは互いに視線を交わす。


「そして勇者は選ぶことになる。誰を信じ、誰を斬るかを」


 意味深な予言を告げたアポロの眼差しは、すでに地上を貫いていた。


「……やはり相変わらず難解ですね」

「全くだ。だが確かに、未来は揺らいでいる」



 アポロの予言とともに、雲間に揺らめく幻影が地上の景色を映した。

 それはヌイヌイタウンの広場。民衆のざわめきと、新たな秩序を求める声。


 幻影はやがて現実そのものとなり、場面は地上へと移り変わる。



 この日、俺たちは領主ディナス卿の屋敷に招かれていた。

 王家の使者が来るというのだ。


「それにしても、立派なお屋敷ですぅ……!」

「いやぁ~、さすが領主様のお屋敷! マジで映える~!」


 タマコとリリカは目を輝かせ、俺もリリカの胸元で角をぐいと上げて見上げる。


「ここに王家の使者が来るのだな?」


 凛と声を発したのは梨香(リカーシャ)

 隣のピルクも真剣な面持ちをしている。

 彼らの姿勢は俺たちより一段大人びて見えた。


「ああ。……先日の件、教会の崩壊に関係があるはずだ」


 ディナス卿の言葉に、ピルクが深くうなずく。


 その時、屋敷の高台から見下ろせる町並みの先で、白銀の旗を掲げた騎士団が入場してくるのが見えた。

 ざわめく民衆、近づく蹄音。

 やがて屋敷の門前に堂々とした一団が到着した。


 先頭に立つのは一人の女――。

 長身で引き締まった肢体、艶やかな黒髪を高く結い上げ、右目には眼帯。

 紫を基調とした着物を改造したかのような異国風の武衣をまとい、背に長柄の薙刀を携える。

 露わになった胸元と、鋭くも凛とした眼差しが同居していた。


「王家の命を預かりし、東方の武人カルラ。勇者殿にお目通り願いたい」


 ――なんだ、この圧……!

 俺もつい、視線が谷間に吸い込まれてしまい。


「ちょっとヘラクレス~? 今どこ見てんの~?」

『い、いや! 違う! 観察だ観察! 戦士としての……!』


 慌てて言い訳する俺に、リリカがニヤニヤ。

 ピルクは咳払いし、リカーシャは呆れ顔を隠さない。


 そんな中、タマコが目を潤ませて叫んだ。


「もしかして……カルラお姉ちゃんですかぁ!?」


「む……その声は……おお、タマコではないか!」


 カルラは豪快に笑い、タマコを抱き上げた。


「会いたかったですぅ~!」

「わらわもだ! まさかこのオリンス王国で再会できるとは!」


 思わぬ二人の組み合わせに、リリカもすっとんきょうな声をあげる。


「タマっち、その人知り合い!?」

「はいですぅ! この人はわたしと同郷の天狗族なんです!」


 確かに、よく見ればカルラの背には黒い翼が。

 俺が心の中で「天狗って赤い顔で鼻が長いんじゃ……」と考えた途端、


「それは大天狗様のことだ。わらわは女天狗ゆえ、顔はこうなのだ」

『え、今俺の心読んだ!?』


 カルラはにやりと笑う。


 リリカが驚いて手を叩く。


「わーお! カルラさんにもヘラクレスの声が聞こえるんだ!」

「カッカッカ! 面白い虫を連れておるのう。……ムサシ、出てこい!」


 カルラの懐から現れたのは、漆黒の鎧をまとった甲虫。

 太く湾曲した大あごはまるで鋼鉄の刃――その存在だけで空気が張り詰める。


『……カブトムシ、か』


 低く響く声。複眼が俺を射抜いた瞬間、背中に戦慄が走った。

 その輪郭、その気迫……間違いない。


 ――スマトラオオヒラタクワガタ。しかもアチェ産の突起を持つ最凶の個体だ!


 角と大あご、視線が交差した瞬間、互いの存在を悟る。

 人の心を持つ、同じ“転生者”だ。


『お前も……転生者、だというのか?』

『ならば貴様もか。……面白い!』


 言葉は短い。だが、交わされた瞬間にはもう火花が散っていた。

 静寂が爆ぜ、空気が焦げる。


 ――先に動いたのはムサシだった。

 地を蹴り、低く跳ね、黒い閃光となって俺の前に降り立つ。


『かかってこい、ヘラクレスオオカブト!』

『俺にも名前があるんだ。ヘラクレス――覚えとけ、ムサシ!』


 そんな彼に負けじと、俺もリリカの胸元から飛び下りた直後、角とあごがぶつかり合って金属音が弾けた。


「わ、わわっ、ヘラクレス~!?」

「止めるですぅっ! カルラお姉ちゃんもなんとかしてぇ~!」


 タマコが悲鳴を上げて両手をバタつかせるが、カルラは全く動じない。

 むしろ腕を組み、快活に笑った。


「カッカッカ! どうやらこの二人、並々ならぬ宿命があるようだな! 面白い、力を見せてみよ!!」


「ちょ、ちょっと待ってください! 今ここで戦わせるのは危険です!」


 ピルクが必死に制止するが、リリカは興味津々で目を輝かせる。


「ヤバ、虫界の頂上決戦じゃん!?」


 梨香(リカーシャ)は剣に手をかけながらも、息をのんで見守った。


「……パパ、負けないで」


『ああ、もちろんだ!』


 その言葉を受けて、俺は角を構え直す。

 ムサシも大あごを広げ、互いの名を刻み込むように再び睨み合った。


 ――カブトとクワガタ、二つの“王”の激突が、今始まろうとしていた。

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