表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/83

勝ち取った平穏と、次なる未来

 あの後、救済の証はすべて回収され、今は領主ディナス卿の管轄で厳重に封印されている。

 もう二度と、あの忌まわしい魔道具に人々が縛られることはないだろう。


 そうして訪れたのは、久しぶりの穏やかな日常だった。


 小さな姿のまま過ごす俺は、宿の外で剣を振るう梨香(リカーシャ)の姿をじっと眺めている。


「はっ……てやっ!」


 彼女の剣筋には迷いがなく、鋭さの中に落ち着きすらあった。


『様になってるな、梨香』

「……パパ、見てたんだね」


 俺が声をかけると、梨香(リカーシャ)は剣を置き、歩み寄って俺を抱き上げる。


 角をつまみ胸元に乗せる仕草には、もう慣れているはずなのに……実の娘にされると、まだ少し気恥ずかしい。


『平和だな、梨香』

「うん。でも――私たちの戦いは、まだ終わっていないと思う」


 そう呟いた梨香(リカーシャ)の視線は、遠く北の空へ。


『……ホーリーシティーか』

「大神官ニコラスはまだ健在。きっとまた刺客を差し向けてくるはずだよ」


 その決意の横顔に、俺は胸の奥で「だから鍛錬を欠かさないのか」と納得する。

 だが次の瞬間、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。


「でも、私は負けない。だって……パパがそばにいてくれるから」


 そう言って、彼女は俺の角にそっと唇を触れさせる。


『――――!?』

「パパ、大好き」


 頬をほんのり赤らめた表情と、その真っ直ぐな言葉に、俺の胸は強く跳ねた。


『お、落ち着け俺……実の娘に言われただけだ……普通のことだ……』


 必死に自分に言い聞かせていた、その時だった。


「――あーっ、リカねぇがちゅーした~!」


「なっ、リリカ!?」


 市場帰りのリリカが声を張り上げる。隣でタマコは「はわわっ」と控えめに目を泳がせている。


「リカねぇもお熱いね~、ヒューヒュー!」

「ちょっ、勘違いするな! これは父親への親愛だ! ――そうでしょ、パパ!?」

『あ、ああ……まあ、そうだな』


「ほうほう、ヘラクレスもまんざらじゃないと。二人ともお似合いだし!」

『「そんな関係ではなーい!!」』


 リリカのケラケラ笑いに、俺と梨香(リカーシャ)の声が揃った。


「――そうそう、リカねぇにもお土産~!」


 それからリリカがポーチから取り出したのは、(ヘラクレスオオカブト)の姿を精密に象った金のブローチ。


「それは……」

「ヘラクレスのブローチだよ~!」

「アズモンさんのお店で売ってたですぅ~」


 そう言うタマコの耳元にも、よくできたヘラクレスオオカブトの飾りがついたイヤリングが。


『アズモンさんって、ホーリーシティーへ行くまでの護衛をしていた、あのアクセサリー商か?』

「そっ! またこの町にまた来てたから、挨拶してきちゃったし!」


 ……そういえばあのオネエ商人、前に俺をスケッチしてたけど、まさか本当にアクセサリーにしてしまうなんて。


『ま、ヘラクレスオオカブトはアクセサリーとしても映えるよなっ。アズモンさんもさすが見る目がある』

「あははっ、ヘラクレスってばちょーナルシストじゃん!」

『……そ、そうか?』


 腹を抱えて笑うリリカに、俺は戸惑ってしまう。


「ヘラクレスさんのアクセサリー、どれも素晴らしいできですっごく売れてたですよぉ!」

「リリカたちも買い揃えるのマジ大変だった!」

『そうかそうか。やっぱヘラクレスオオカブトの魅力は万国共通だよな』


 自分の大好きな(もの)が、こうしてみんなにも好まれるというのは気分がいいものだ。


「ピルクとソフィーラさんの分もあるから、後で渡すね~」

「ああ。ピルクも喜ぶと思うぞ」


 軽い敬礼のような仕草をとるリリカに、梨香(リカーシャ)もふっと笑う。


 ふと俺はリリカの言葉に違和感を覚えた。


『そういえばリリカ、自分の分は買わなかったのか?』

「んー。リリカはいいかな~。だって……」


 そう言ってリリカは、梨香(リカーシャ)の胸元から俺をつまみ上げて、自分の胸元に置く。


「リリカには本物のヘラクレスがいるしっ!」

「ははは、それもそうだ」

『そういうものなのか……?』


 笑い合う一同に、俺は一抹の疑問を感じつつもあえてつっこまないでおいた。


 みんなで宿の部屋に戻ると、ピルクがちょうど初代勇者アリューシャの日記を熟読しているところだった。


「ピルク、お土産買ってきたよ~!」

「お土産って……、別にどこか旅行に行ってたわけじゃないですよね?」


 怪訝な顔をするピルクの肩に、リリカは馴れ馴れしく腕を回す。


「まあまあ! ピルクにはこれがいいかな~って」


 そう言ってリリカがピルクに渡したのは、金のブレスレット――もちろんこれにもヘラクレスオオカブトの紋様が刻まれていた。


「これって……ヘラクレスさんですよね?」

「そ! 顔馴染みのアクセサリー屋さんで売ってたやつ!」

「ふーん。……リリカさんもなかなかセンスがいいですね」

「むーっ、ピルクってばリリカのセンスをどんなだと思ってたわけ~?」


 リリカが不満げに頬を膨らませつつも、ピルクは土産のブレスレットを腕にはめて気に入ったようである。


「それじゃあ、今度はみんなでソフィーラさんのお見舞いへレッツらゴー!」

「はわわっ、もういい加減離してくださいよ~!」


 ピルクを強引に引き連れて、リリカたちはソフィーラさんの療養している町の診察所に足を運ぶことにしたようだ。


 もちろん俺もリリカの胸元に乗って同行する。


 診察所に行くと、ベッドで穏やかに横になっているソフィーラさんの姿があった。


「ソフィーラさん、おひさ~!」

「あら、みんな久しぶりじゃない。あの演説の時以来かしら」


 リリカたちに気付くなり、ソフィーラさんは身体を起こして気さくに手を振る。


「ソフィーラ、身体の具合はどうだ?」

「ええ、もう大分よくなってるわ」

「……そうか、ならいいんだ」


 ソフィーラにそう言ったかと思えば、梨香(リカーシャ)は一瞬目を背けた。


 自分のせいでソフィーラさんが傷ついたと、まじめな愛娘は責任を感じているのだろう。


『多分気に病む必要はないと思うぞ、梨香。ソフィーラさんも回復してきてる、それでいいじゃないか』

「でもパパ、私が巻き込んだせいでソフィーラは……」


 俺のフォローにも浮かない顔の梨香(リカーシャ)に、ソフィーラさんが物申した。


「あーもう! 私は全然気にしてないわよ! あなたたちを助けたのも、私自身の意思だったんだもの。リカーシャちゃんが気にすることなんかじゃないわ」

「しかし……」

「だからこのことはもうおしまいっ。考えるなら未来(これから)のことにしなさい」


 そう伝えたソフィーラさんの顔は、とても真剣なもので。


「……分かった。私も過去を悔やむのをやめる。そして未来の方に向くことにしよう」

「その意気よ、リカーシャちゃん」


 荷が下りた梨香(リカーシャ)に、ソフィーラさんが手を重ねる。


 ――こうして俺たちは束の間の平穏を得た。


 だが、心のどこかで理解している。

 これは嵐の前の静けさにすぎない。


 救済の証が封印されたとはいえ、ホーリーシティーにはまだ大聖堂があり、大神官ニコラスが健在だ。

 教会全体を覆う巨大な影は消えていない。


 それでも。


『梨香、俺たちは必ず勝ち抜ける。お前が勇者で、俺がお前の父である限りな』

「うん、パパ。私たちで――未来を切り開こう」


 そう誓い合った時、朝日が昇り、黄金の光が町を包み込んだ。


 新たな戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。

これにて第二部は完結となります!

次回からは第三部となるので、続きをお楽しみに(^-^ゞ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ひと騒動は解決しましたが根源となる存在はまだ残ったまま……やはりそう簡単に全てがすべて解決はしませんよね。 新たな戦いも始まりそうな予感…… それはそれとしてヘラクレスよ。貴方は何度美少女のふくよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ