水浴びのハプニング
スライム討伐は完了したものの、リリカとタマコは全身ねとねとの粘液まみれ。
「うへぇ……マジでサイアクなんだけど~!」
「ひりひりしてて……気持ち悪いですぅ……」
見ると服はところどころ溶けかけ、下着も布地が薄くなって“ほぼ透け状態”という、まことにけしからん事態であった。
「ヘラクレス~、助けてよぉ~!」
泣きつくように俺の角をつまみあげるリリカ。
……仕方ない。なめて取ってやるか。
俺はリリカの肌に垂れた粘液をぺろり。
――ビリッと舌先に電撃のような刺激が走った。
うわっ……不味っ!
【スキル『ノビ~ルホーン』を獲得しました】
『なっ……!?』
頭の中に響く電子音のような声。
そして念じた瞬間、俺の角が――ビヨォ~ン!?
「な、なにこれぇ~!?」
「ヘラクレスさんの角が……伸びてるですぅ!?」
何倍にも伸びた角に二人はポカン。
見た目は釣り竿、使用感は物干し竿。ギャグかこれは。
「――ねぇヘラクレス、ちょっとその角貸して?」
『えっ?』
そう言ったリリカはためらいもなく、服を脱いで俺の角にバサッと掛けてきた。
「はい、物干し竿あ~んど下着掛け~!」
『待て待て、何を当然のように!?』
サテンの光沢、微妙に濡れた紫色のブラの柔らかそうな曲線……目のやり場に困る!
「じゃーん! すっぽんぽんのリリカ、いっきまーす!」
ちょうど近くを流れていた川に飛び込んだリリカの褐色肌が、水面でつやりと光る。
「ひゃっ、冷たっ……でもサイコ~!」
「わ、わたしも入るですぅ!」
タマコも紅潮しながら、巫女服を脱いで俺の角に掛けていく。
「ご、ごめんなさいヘラクレスさん……っ」
お、おう……今さら照れられても困るんだが!?
というか、タマコも思ったより胸あるんだな。
巫女服で分かりづらかったけど、Bカップほどか?
白く透き通った肌が美白って感じで、とても美しい。
二人の無防備な背中を背に、俺はもはや神にも仏にもなった気分だった。
何が悲しくて角に脱ぎたての女の子の下着まで掛けられなくちゃならないのだろうか……。
しかし――
「ねぇ、ヘラクレス~」
濡れた髪をかき上げながら、リリカがヌルリと近づいてくる。
「どっちがタイプ? リリカとタマっち、どっちの裸がえっちぃ~?」
『ぶはぁっ!!』
不意打ちすぎる問いに、エクトプラズムを吹きかける勢いで仰け反る俺。
しかも彼女、まったく隠そうともしていない!
金色の髪から水が滴り、ほどよく褐色に色づいた肌に沿って曲線が濡れ光る。
柔らかく膨らんだ胸先が、ぷるんと揺れて――
『だっ、ダメだ! 理性、頑張れ!!』
「きゃはは! 虫のクセに赤くなってんじゃ~ん! ちょーウケる!」
「リリカちゃん、あんまりヘラクレスさんを困らせちゃダメですぅ!」
タマコの恥じらいと、リリカのノリの温度差に、ヘラクレスのヘラクレスは限界だった。
――だが、そんな“平和な地獄”は長く続かなかった。
ザッパァン――!
「「キャーーーーッ!!」」
水音と悲鳴が重なり、俺の思考が一気に冷水で凍る。
『リリカ!? タマコ!?』
振り向いたその先、見えたのは――巨大な水蛇のような影が、二人を鱗の尾で巻き取りながら水面から這い出してくる姿だった。
――な、なんだあれは!?
水面から姿を現したのは、軽く十メートルを超える長躯の水棲獣。
鱗は淡い青銀に光り、首元には水流を裂くようなヒレをたなびかせていた。
まるでシーサーペントの川版――リバーサーペント!?
「ごぼっ……く、苦しいっ……!」
「た、たすけっ……!」
水中に引きずり込まれ、蛇のような体躯にきつく締め上げられるリリカとタマコ。
二人の裸身が暴れ狂う水の中でもがいている――!
――考えるより早く、俺は叫んでいた。
『今行くぞ、リリカ、タマコーーーっ!!』
角に掛かっていた衣類を地面に下ろし、翅を震わせて水面へ飛翔。
目標はただひとつ、奴の胴体へ突撃!
ピタリと張り付くも、鱗の表面はつるつると滑り、足場が安定しない。
「キシャァアアアアア!!」
リバーサーペントが水しぶきを上げて暴れ、俺の体を振り落とそうとする。
『そんなもんで落ちてたまるか……!』
――ノビ~ルホーン!
角がしなるように伸び、俺はそれを鞭のように首元へ巻き付ける。
「ギシャッ……!?」
揺れる水面、絞まる視界。それでも俺は縮む角を巻き取るように使い、徐々に頭部へよじ登っていく。
――見えた! 奴の頭蓋!
『行けぇぇぇっ!』
思いきり角を突き立てたが……ダメだ、鱗が硬すぎる!
下では、なおも苦しそうにもがくリリカとタマコ。
間に合わない……!
――いや、まだだ。ノビ~ルホーンは伸びるだけじゃない!
『ならば、貫け! ノビ~ルホーン・ラッシュ!!』
俺は角を一度引いては、何度も勢いよく突き出す――まるでパイルバンカーのように!
ガツン! ガツン! ガツン!
振動が俺の角を伝って響くたび、リバーサーペントの頭部にヒビが走っていく。
「キシィィィィィ……ッ!」
悲鳴のような声とともに、ついに――
バリィン!
角が頭部を貫き、奴は魔石を残してそのまま霧のように消滅した。
ぐらり、と体勢を崩した俺は空中に投げ出される。
水に落ちる……そう思った瞬間、ぬくもりに包まれていた。
「キャッチ成功~!」
それは、リリカの腕の中だった。
『おう、リリカ……ありがとう』
「いやいや、こっちのセリフだって~! マジ助かったし!」
リリカは笑顔のまま涙を浮かべ、頬ずりするように俺を胸元に引き寄せる。
柔らかさと温もり――だけじゃない。
胸の奥が、なんだかじんわりと熱い。
そして彼女は俺の角に、ふっと唇を添えた。
『……えっ』
「助けてくれたお礼~。虫さんでも関係ないし!」
にしし、と笑うリリカの表情に、俺の心臓が跳ねた。
ただのスキンシップじゃない。
これは“信頼”が“特別”に変わる兆しかもしれない……。
「――ちょっ、リリカちゃん!? ヘラクレスさんに……ちゅーって……!」
タマコが頬を真っ赤にしてうろたえる。
「いーじゃんいーじゃん! ヘラクレスはリリカたちの仲間なんだからさ~!」
「そ、それは……でも、ちょっと……ずるいですぅ」
むくれるタマコに、リリカは舌を出して笑った。
こうして俺は、リリカとタマコの命を救い、
――そして、二人の心に少しだけ深く踏み込んだのだった。