領主との連合
メイデを倒した俺はすぐにライジング・ヘラクレスを解除した。
やはりこのスキルは負担がとてつもない。
そう何度も使えるものじゃない――そう思った瞬間、俺は膝をついてしまう。
「パパ!」
梨香が駆け寄ってくるが、俺は手で制した。
『俺は平気だ。それより……やるべきことがあるだろう?』
俺が角で示した先には、困惑と恐怖に揺れる民衆の姿。
「ああ、教会がなくなったら私たちは何を信じれば……!」
「――そうか、皆……拠り所を失ってしまったんだ。どうすれば……」
戸惑う梨香の肩に、ピルクがそっと手を置く。
「導けるのは、あなただけです。リカーシャさん」
「……私に、できるだろうか?」
その不安を吹き払うように、俺は角を彼女の背に添えて告げた。
『できるさ。お前は勇者なんだから』
「……パパ。うん、やってみる!」
決意を宿した瞳で頷くと、梨香は再び壇上へと歩み出る。
「みんな、聞いてください!
私は勇者リカーシャ。
けれど勇者だからといって、特別な存在ではありません。
私も皆さんと同じ、この国を愛し、守りたいと願う一人です。
どうか恐れないでください。これからは、私たちが互いに支え合えばいい。
私はその先頭に立ちます、一緒に歩んでいきましょう!」
澄み渡る声が広場に響き、人々は息を呑んだ。
そして次の瞬間、歓声が爆発する。
「勇者リカーシャ様!」
「俺はあなたに着いていきます!」
「頼むぞ、リカーシャ様!」
「みんな……! ああ、共に歩んでいこう!」
剣を掲げた梨香の姿は、紛れもなく勇者そのものだった。
「リカねぇ~!」
そこへ防衛にあたっていたリリカが駆け戻り、勢いよく抱きつく。
「リカねぇ、めっちゃかっこよかった!! マジ勇者って感じだよ!」
「ふふっ。でも私は独りじゃない。パパがいて、リリカがいて、みんながいてくれるから――勇者でいられるんだ」
その清らかな笑顔を見て、胸が熱くなる。
『……梨香。大きくなったな。パパは本当に嬉しいぞ』
仲間たちに抱かれ、愛娘が光の中で立つ姿に、俺はただ感慨に浸っていた。
民衆の歓声が広場を揺るがすその時――突如、甲冑の擦れる重苦しい音と、規律正しい兵士の足音が石畳を震わせた。
槍を構えた兵士が列を成し、その中央に一人の男が進み出る。
まだ三十代程の若さながら、鋭い眼差しと威厳ある佇まいで場を支配していた。
「静まれぇい!」
男の怒号と共に、兵士たちが槍を突き立て、ざわめきは一瞬で押し殺された。
広場全体に張り詰める緊張。
「ヌイヌイタウン領主、ディナス卿である」
その名に人々は息を呑み、自然とひざを折った。
「この混乱の責を、私は看過せぬ。教会が何をしてきたか……勇者の娘リカーシャが告げたこと、そして彼女の仲間が示した証。それらを虚言と片付けることは、もはやできまい」
兵士たちすら顔を見合わせ、群衆は再びざわめく。だが領主は手を挙げて静寂を取り戻した。
「だが! 混乱に乗じて暴れる者、掠め取る者、略奪する者は決して許さん! 兵よ、各区画へ散り、町の秩序を守れ!」
「はっ!」
兵士たちが一斉に動き出し、広場の周囲や路地へ散開していく。
ディナス卿は壇上の梨香に向き直り、重々しく宣言した。
「勇者の娘よ。貴殿の言葉は確かに人々を奮い立たせた。ゆえに私は宣言する――当面、貴殿とその仲間を保護し、共にこの町の秩序を立て直す!」
その言葉に群衆は息を呑み、次いで怒号にも似た歓声が湧き上がった。
「領主様が勇者様と……!」
「町は救われるんだ!」
ディナス卿は片手を振り下ろし、最後に言い放った。
「教会が崩れようとも、ヌイヌイタウンは揺るがぬ! 勇者と共にある限り、必ず立ち直るのだ!」
その言葉は鐘の音のように広場を震わせ、人々の不安を力強く塗り替えていった。
そんなディナス卿に、梨香は片ひざを着いて頭を垂れる。
「ディナス卿、この度はヌイヌイタウンで騒ぎを起こして済まなかった。ここにお詫びをしよう」
「そなたが気にすることはない、これは教会の暗躍に対処できなかった私の責任だ」
そう言ってディナス卿は、梨香に手を差し出した。
「勇者リカーシャよ、これからは共に町を守っていこう」
「ディナス卿……。ああ、今後ともよろしく頼む」
その手を|梨香が固く握って、握手を交わす。
ここに勇者とディナス卿の連合が確立した瞬間だった。
それからディナス卿はゆるやかに俺の前へ進み出て、堂々たる身体を折って片ひざを着いた。
「そなたは勇者の相棒だな。彼女との連携、見事だった」
威厳ある領主からの言葉に、俺は角を下げて応じる。
その姿は、民衆にとっても「勇者の相棒が認められた」瞬間だった。
だが、その厳粛な空気を破ったのは、やはりリリカだった。
「ちょっと待った~! リリカたちも忘れてもらっちゃ困るよ~!」
「リリカちゃん、今は空気読んでくださいですぅ!」
「そうですよ、でしゃばっては……!」
タマコとピルクが慌てて制止するが、ディナス卿は大笑いしながら振り返った。
「アッハッハ! なるほど、勇者殿には愉快で頼もしい仲間が揃っているな!」
その言葉に、梨香は静かに目を伏せてから口を開いた。
「ああ、彼女たちは私のかけがえのない仲間で……そして、家族だ」
「家族」という一言に、群衆が息を呑む。
戦いの中で築かれた絆の深さが、誰の胸にも届いたのだ。
「マジ!? リリカたちが家族ってちょーエモいんだけど~!」
「わっ、くっつくな!」
頬を擦り寄せるリリカに困り顔をする梨香。
その光景に笑いが起こり、重苦しかった広場に安堵の空気が広がった。
こうして領主からの承認も得たことで、俺たちの戦いはひとまずの終息を迎えたのだった。




