勇者リカーシャの演説
地上へと脱出した俺たちは、そこで鍛冶屋のガンテッツと再会した。
「無事に戻ってきたか」
「ああ。ソフィーラも救出できた」
「……そうか」
ぶっきらぼうな口調ながら、その瞳には確かに安堵の光が宿っている。
「ガンテッツさん……リリカちゃんたちを匿ってくれて感謝するわ」
「借りを返しただけだ。――ひとまず休め。話はそれからだ」
厚意に甘えて、鍛冶屋の奥で息を整える俺たち。
そこでピルクが取り出したのは、祭壇で発見した初代勇者の日記だった。
「これを見てください」
「……なるほど。私が持っていたのは、その片割れだったのね」
ソフィーラの手にあった断片と合わさり、一冊の書物が完成する。
そこに記されていたのは――教会が悪魔の力を利用し、民を犠牲にしてきたという衝撃の事実だった。
「まさか……教会がそんなことを……!」
ソフィーラは青ざめ、タマコは頬をぷくりと膨らませる。
「民の命を悪魔に捧げるなんて、絶対に許せないですぅ!」
さらに梨香が懐から取り出したのは、囚人が身につけていた救済の証。
「恐らくこれで生命力を転送していたんだ」
「……ふむ」
ガンテッツは手に取るなり、目を細めて呻いた。
「間違いない。これは民の命を吸い上げるための魔道具だ。……教会の外道どもめ」
空気が重く沈む中、梨香が立ち上がる。
「――これで揃った。日記と証拠。今こそ広場で真実を暴く!」
「うん、リリカだって負けないよ!」
「最後まで付き合うですぅ!」
三者三様の返答に梨香はうなずく。
「ー―きっと教会もそれを見越して邪魔しにくるはず、僕たちが食い止めるよ」
「え、大丈夫なのルクっち?」
「もちろんさ。このための体力は残してあるよ」
リリカの心配にも、ルクスは力こぶを作って強がる。
「オレももう一暴れする」
「ミーもニャア! ここまで来たら最後までやってやるニャア!」
「三人とも……! やっぱ持つべきものは友達だよね!」
感激極まったリリカは、ルクスたち三人に抱きついた。
その背中を押すように、囚人のひとりが震える声で口を開いた。
「……わ、私も証人になります。あの地獄を見たこと、語らせてください」
「ありがとう。あなたの証言は必ず力になる」
俺は角を振り上げ、仲間たちに呼びかける。
『これが俺たちの最終決戦だ! 教会の鼻をあかしてやるぞ!!』
「そうだね、パパ!」
「リリカもリリカもー!」
熱気を帯びた声が鍛冶屋に響き渡った。
教会前の広場は、人で埋め尽くされていた。
祈りを捧げる者、説教を待つ者、商売の合間に立ち寄った者……ざわめきは海鳴りのように広がり、石畳を震わせる。
「みんな、聞いてほしい!」
壇上に立った梨香の声が鐘の音のように広場を打ち、ざわめきが波を引くように収まった。
俺も三メートルに巨大化し、注目を集める。
群衆の視線が一斉に俺たちへと注がれた。
「教会は――我らから真実を隠していた!」
梨香が掲げたのは、一冊の古びた革表紙の日記だった。
「これは初代勇者アリューシャの日記。そこには、教会が悪魔と取引し、人々の命を贄にしてきたことが記されている!」
群衆がどよめき、互いに顔を見合わせる。
「まさか……」
「嘘だろ……!」
そこへソフィーラさんが進み出る。痩せた体に包帯を巻きながらも、その瞳は力強く燃えていた。
「私は教会に捕らえられ、内部を見た。断言する――これは真実よ。私もまた、この日記の片割れを持っているわ」
さらに、救出した囚人の一人が震える声で叫んだ。
「わ、わたしたちは……地下で生きながら、悪魔に……生命を吸われていたのです……!」
その嗚咽混じりの証言に、広場全体が凍りつく。
次の瞬間、怒号が爆発した。
「そんな馬鹿な!」
「聖職者たちが!?」
「俺たちを裏切っていたってのか!?」
群衆の波が激しく揺れる。
その混乱を断ち切るように、白銀の鎧をまとった教会騎士団が前に進み出た。
「戯言だ! 勇者を騙る輩の虚言に惑わされるな!」
剣が抜かれ、群衆に怒号が浴びせかけられる。
だが梨香は一歩も退かず、声を張り上げた。
「これは虚言ではない! ここにある日記、そしてこの魔道具《救済の証》がすべてを示している!」
彼女が掲げた証は赤黒く脈打ち、まるで命を啜るかのように不気味に光った。
ルクスが剣を抜き、マオが飛び出す。
仲間たちが防衛の陣を固める中、梨香は剣を天に掲げて叫んだ。
「勇者の名にかけて誓う! 我らは真実を暴き、この国を取り戻す!」
その瞬間、彼女の背後に女神アテナルヴァの幻影が浮かび上がる。
同時に俺の背中の紋様も熱を帯び、振り返ればガイヤ様の幻影が広場を照らしていた。
「あれは……女神アテナルヴァ様だ!」
「見ろ! 女神ガイヤ様の姿もある!」
「勇者に選ばれし者……彼女こそ本物の勇者だ!」
群衆の中から一人、また一人と拳を突き上げる者が現れる。
やがてそれは怒りと歓声の奔流となり、教会を呑み込んでいった――。




