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混沌を打ち破れ

 恐怖に顔を引きつらせていたはずのメイデが、不意に肩を震わせて嗤った。


「……これで確信した。貴様らは救いようのない異端だ」

「どういう意味だ!」

 とリカーシャが剣を構える。


 メイデは仰々しく聖剣を掲げた。


「救われぬ異端には、相応の裁きを――見せてやろう。我が真の力を!」


 次の瞬間、奴の背に異様な変化が走る。背骨が隆起し、肩甲骨が裂け――六枚の翼が生えた。

 右は眩い純白、左は禍々しい漆黒。相反する翼が同時に羽ばたくたび、空気が悲鳴を上げるように震える。


「なんでアイツ、翼生えてんの!?」

「か、片方、真っ黒……いやな気配ですぅ……!」


 縮こまるタマコを庇うように、リリカが一歩前に出る。だがメイデは高笑いした。


「フハハハ! 教会は悪魔の力すら御する。清き光と、混沌の闇――両方をだ!」


「ふざけるな!」


 リカーシャが怒号する。


「清き象徴が、悪魔に手を染めて何が正義だ!」

「正義に必要なのは“結果”だ。力が全てを正す」


 メイデの瞳が冷え切った光を帯びた。


「虫けら風情が――喰らえ! カオス・サンダー!」


 白と黒が渦を巻く混沌の雷撃が、メイデの剣先から奔った。


『――ぐあああああっ!』


 全身を穿つ痛み。甲殻の内側まで焼ける。俺は膝をついた。


「ヘラクレス!」


 リリカが駆け寄る。

「立ってよ、ヘラクレス!」

『……リリカ……お前たちだけでも――』

「そんなの、できるわけないじゃん!」


「癒すですぅ! ――緑の癒し!」


 タマコの緑光が俺を包み、焦げ付いた痛みが少しだけ引く。視界が戻る。


「許さない――!」

「待ってください、リカーシャさん!」


 ピルクの制止も聞かず、リカーシャが怒りのまま踏み込んだ。


「セイクリッド・スラスト!」


 聖光の刺突が閃く。

 だが、メイデの混沌を纏った鎧が受け止め、火花を散らす。


「勇者とやらも、その程度か」


 軽く払った剣圧だけで、リカーシャの身体が吹き飛び、湿った床に叩きつけられた。


「リカーシャさん!」

「だ、大丈夫……ピルク……」


 治癒の光が重なるが、空気は絶望に満ちていく。


「どうした? もう終わりか」

 メイデが嘲る。

 白と黒の翼が、通路の瘴気さえ撫で斬りにする。


 ――その時だ。


「何をしてるの、あなたたち!」


 衰弱していたはずのソフィーラが、鎖から解かれた身で壁を支えつつ声を張った。


「本当に、それで勇者の仲間を名乗るの!? ここで折れて、誰が“真実”を伝えるの!?」


「ソフィーラさん……」


「私は読んだわ、先代勇者アリューシャの日記を。――“勇者は独りではなかった。仲間がいたから、最後の一歩を踏み出せた”って」


 その言葉が、俺の胸殻の奥まで響く。


 リカーシャが歯を食いしばり、剣を杖に立ち上がる。


「……そうだ。私は独りじゃない。パパがいる。仲間がいる。だから――負けない!」


 メイデが鼻で笑う。


「ならば、もう一度沈めてやろう。カオス・サンダー!」


 白黒の稲妻が再び奔る。俺は一歩前へ出た。


『――来い』


 まとわりつく混沌を、甲殻ごと意志で押し返す。

 背の紋様が熱を帯び、角の奥で光が芽吹く。


『俺は――化け物じゃない。ヘラクレスオオカブトだ! ――フォトン・セイバー!』


 聖なる刃が角に灯り、混沌の雷を逆流させるように斬り裂く。紫電が霧散した。


「なに……!? 私の魔法が――」


「今だ、押す!」


 リカーシャが踏み込む。

 だがメイデが聖剣を構え直し、受け止める。


「甘い!」

「ぎ、ぎぎぎ……っ」


「勇者の力など――」

「まだだ。私は――独りじゃない!」


 その瞬間、肌に温かい流れが触れた。


「あれ……リリカの魔力が!?」

「わたしのも、行ってるですぅ!」


 リリカ、タマコ、ルクス、レッド、マオ――そしてソフィーラまで。

 仲間の魔力が細い光の糸となって、リカーシャと俺に注ぎ込まれる。


「僕が繋ぎます! ――ホーリー・リンク!」


 ピルクの祈りが媒介となり、光の糸が束ねられた。胸の奥に、熱が、確信が満ちる。


「力が……湧いてくる……これが、勇者の力!」


 リカーシャが咆哮とともに剣を押し返し、メイデの守りを弾く。


「馬鹿な――!」


「今よ、二人とも!」


 ソフィーラの声が火蓋を切る。

 俺とリカーシャは目で合図し、同時に踏み込んだ。


「――セイクリッド・スラスト!」

『――フォトン・セイバー!』


 聖剣の閃光と光角の一閃が交差し、白と黒の翼の中心、鎧の心臓部をX字に貫いた。


「が、はっ……! ば、馬鹿な……教会騎士団長のこの私が……に、ニコラス様……!」


 膝が砕け、血とともに言葉が零れる。

 六枚の翼がぼろ布のようにほどけ、メイデは前のめりに崩れ落ちた。


 ――静寂。

 次いで、鎧が床に散る音と、俺たちの荒い息だけが残った。


『……勝った、のか』

「うん。勝ったよ、パパ」


 リカーシャが剣を下ろす。

 リリカが涙声で笑い、タマコが胸を撫でおろし、ルクスとレッドが拳を合わせ、マオがほっと耳を下げる。


 ピルクの祈りがそっと皆に行き渡り、ソフィーラは壁に寄りかかって微笑んだ。


 だが、地下はなお軋み、封印の悲鳴が遠くで響いている。


『……喜ぶのは、外に出てからにしよう』

「そうだね、パパ。みんな――撤退だ! 囚われてる人たちも、全員連れて!」


 俺たちは互いの肩を支え合い、崩れゆく教会地下を後にした。


 ――真実を携え、地上へ。

 次の戦いの火蓋を切るために。

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