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教会陣営の猛攻

 ソフィーラさんを救い出したものの、彼女の身体は傷だらけで今にも折れてしまいそうなほど衰弱していた。


「それでは応急処置をします。ーーホーリー・ヒール!」


 ピルクの手から迸る光がソフィーラさんの全身を包み、焼け爛れた傷口や裂けた皮膚を少しずつ癒していく。


「ありがとう……助かるわ」

「ソフィーラさんにはボクたちを逃がしてくれた恩があるんです!」

「あら、素直じゃないのね」

「う、うるさいですっ!」


 束の間の安堵。だが、その瞬間、地下全体が轟音とともに揺れ動いた。


「な、なんかヤバくない!?」

「封印が……崩れ始めている!」


 梨香(リカーシャ)の危惧が本当なら、この辺りに封印された悪魔が目覚めようとしているということか。


『避難しよう、梨香』

「そうだね、パパ。ーーみんな、ここから退避するぞ!」


 梨香(リカーシャ)の呼び掛けに待ったをかけたのはタマコだった。


「待ってくださいです! この地下にはまだ囚われている人たちがいるですぅ!!」

「そんなこと言ってる場合ですか、タマコさん!?」

「それじゃあ、ピルクはあの人たちを見捨てるってわけ~!?」

「それは……!」


 リリカとタマコに板挟みとなり、ピルクは言葉を詰まらせてしまう。


 その時、衰弱した身体を震わせながらソフィーラさんが声を発した。


「……ちょっと、待って」


「ソフィーラさん!? まだ動いちゃダメです!」


 ピルクが慌てて支えるのも構わず、ソフィーラは胸元から一冊の小さな手帳を取り出した。


「これ……囚われる直前に見つけたの。アリューシャ……初代勇者の日記の一部よ」


 仲間たちの視線が一斉に集まる。


 ソフィーラは震える指でページを開き、掠れた声で読み上げた。


「『勇者は決して仲間を見捨ててはならない。たとえ絶望の闇に囚われようと、共に歩む仲間こそが光となる』……」


 読み終えた彼女の目には涙が滲んでいた。


「これを見て……私は信じたの。勇者の力は一人ではなく、仲間を救おうとする心から生まれるって」


 その言葉が、場に沈んでいた迷いを吹き飛ばした。


「仲間を……救う心から」

「だったら……見捨てられるはずないよね!」

「当たり前ですぅ! ぜったい全員助けるです!」


 勇者の日記の一節が、彼らの決断に揺るぎない力を与えた。


「とにかくっ、急いで避難しないとこの場所も長くはもたないニャア!!」

「ひとまず戻ろう。囚われている人たちも救出してな」

『梨香……それでこそ勇者だ、パパは誇らしいよ』

「そ、そうかな?」


 ともかく俺たちは衰弱したソフィーラさんも連れて、地下牢の区画まで急いで戻った。


「……ダメですね、もうほとんどの人に命がありません」


 ピルクが確認したところ、生き残っていた人は僅か数人だけだった。


「少しでも命があるなら助けねばっ。ーーマオ、牢屋の鍵を頼む」

「任せてニャア!」


 マオが格子の鍵を解除すると、辛うじて生き延びていた人たちが這うようにすがってくる。


「あ、ああ……っ」

「ここから出よっ、早く!」


 僅かな生き残りも連れて納骨堂に戻ると、ルクスとレッドが血まみれになりながら教会騎士団を食い止めていた。


「ルクス!」

「ちょうどいいところだ、リカーシャ! こいつら数が多すぎて、これ以上は持ちこたえられない!」


「援護するよっ! ーーシャイニング・アロー!」


 リリカの矢が白光を引き裂き、騎士の胸甲を貫通する。


「ぐあっ!?」


『すごいぞリリカ!』

「まだまだいくよっ!」


 矢をつがえるリリカの背後では、タマコが詠唱を終える。


「動けなくしてやるですぅ! ーー唐草結びぃ!」


 床から伸びた無数の蔓が一斉に騎士団の脚を絡め取り、鎧をきしませながら締め上げる。


「好機だ! オレの炎を喰らえっ!」


 レッドの咆哮とともに振るわれた金棒と共に火炎の奔流が蔓ごと騎士を焼き尽くし、鎧が真っ赤に爛れる。


 乱戦の最中、俺は叫んだ。


『ギガンティック・ヘラクレス!!』


 甲殻が弾けるように膨張し、三メートルの巨体が通路を圧する。


 剣が打ち込まれても刃は弾かれ、矢は甲殻に突き刺さっても浅い。


『この程度で俺は止まらん!』


 六本の脚で大地を踏み鳴らし、俺は群れごと教会騎士団を弾き飛ばした。


「うわあああっ!?」

「ば、化け物だ……!」


 そこへ重々しい声が響く。


「ーー全く、君たちは度し難い」


 姿を現したのは、教会の騎士団長メイデ。


「メイデ……!」

「ずいぶん好き勝手に暴れてくれたな」


 彼が指を鳴らすと、魔法陣が次々と展開され、倍以上の騎士団と魔道師が雪崩のように出現した。


「罪人どもを捕らえよ! 抵抗する者は殺して構わん!」


「数が……倍以上!?」

「来るぞ!」


 突撃する騎士、後方から飛び交う火球と氷槍。


「全員、集中しろ! 絶対にここで倒れるな!」


 リカーシャが剣を振り抜くと、聖光の軌跡が通路を裂き、魔道師たちの詠唱を断ち切った。


「レッド、マオ、行くぞ!」

「ああっ!」

「任せるニャア!」


 仲間たちが次々と立ち上がり、死闘はさらに苛烈を極めていくーー。


「騎士たちは守りを固めよ! 魔道師は後列から魔法を叩き込め!」


 メイデの号令一下、教会騎士たちが盾を組み合わせて鉄壁の防御陣を作り上げた。


 直後、後方の魔道師たちが詠唱を終え、火炎と雷撃、さらには聖光の魔弾が雨のように降り注ぐ。


「危ないっ……ホーリー・バリア!」


 ピルクが慌てて光の壁を展開し、半球状の防御陣が仲間を覆う。


 だが轟音を立てて爆ぜる魔法の奔流に押され、結界には蜘蛛の巣のような亀裂が走った。


「くっ……! 長くはもたないっ!」


『なら、俺が突破口を開く! ――ノビ~ルホーン!』


 俺は角を一気に伸ばし、盾の列を一点突破するように貫いた。

 鉄を裂く轟音が響き、陣形に穴が穿たれる。


『今だ、リリカ!』

「任せて! ――ディヴァイン・レイン!!」


 リリカの矢が天に舞い上がり、無数の光の矢へと分裂。

 逆雨のように降り注ぎ、後方の魔道師をまとめて薙ぎ払った。


「やった……! ナイスだリリカ!」

「えへへ、当然でしょっ!」


 梨香(リカーシャ)が目を細めて称えると、リリカは胸を張り笑みを浮かべた。


『今しかない! 突撃するぞ!!』


 俺が巨体を揺らして突進し、混乱した騎士の壁を粉砕する。剣戟の音と悲鳴が混ざり合い、戦場の空気が一変したその時――


「ええい、虫の化け物め! ――ホーリー・チェーン!」


 メイデが剣を掲げると、金色の鎖が空間から伸び、俺の六本肢と角に絡みついた。


『ぐっ……!? 力が、抜けていく……!』


 聖なる鎖が体内の魔力を吸い上げ、筋肉から力が削がれていく。


 地に膝をついた俺に、メイデが勝ち誇ったように嗤った。


「ははは! 聖なる鎖に絡め取られた時点で、貴様はもう終わりだ!」


「ヘラクレス!」

「やめろ、メイデ!」


 仲間の叫びも届かない。

 光の拘束がさらに締め付け、殻が軋みを上げる。


 ……化け物だと? 好き勝手言ってくれる。

 俺は化け物なんかじゃない。俺は――


『俺は、ヘラクレスオオカブトだぁああ!!』


 角が閃光を帯び、光刃となって迸る。


『――フォトン・セイバーッ!!』


 一瞬にして力が蘇り、光の鎖は火花を散らしながら断ち切られた。


「なっ……!? バカな! 光のスキルを使うだと!?」


 メイデの目が見開かれる。

 聖なる領域を象徴する力を、異形の甲虫が操ることなど、常識ではありえないはずだった――。

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