冒涜
不気味な納骨堂を抜けた奥に、またも重厚な扉が現れる。
「ここはミーに任せるニャア」
マオが器用にピッキング用具を操ると、カチリと錠が外れた。
開いた先にあったのは、床一面に巨大な魔法陣が刻まれた円形の間だった。
「これは……祭壇、でしょうか?」
ピルクが壁をなぞりながら首をかしげる。
そこには古びた文言が刻まれていた。
「『救済の証を持つ者、神の御許へ昇る』……そう書かれていますね」
「救済の証って、さっきの首輪のことですぅ?」
「おそらくそうです。それに見てください――この線、全部魔法陣の中心に向かっています」
魔法陣の中央には、歪んだ翼と角を持つ悪魔の図が描かれていた。
「……悪魔の封印だな」
梨香の声は低い。
そこへ、魔法陣を調べていたルクスが声を上げた。
「これ見てよ。血だ……しかもまだ乾ききってない」
床には赤黒い染みが、筋を引くように残っている。
「……まさか、“救済”された人たちはここに連れてこられて――」
「生命力を捧げさせられていた、ってことかニャア」
マオの言葉に、全員が息を呑む。
ピルクがさらに壁の文様を読み解き、淡々と告げた。
「この陣は封印の維持装置です。定期的に生命力を供給しなければ、封印が解ける構造になっている……」
「つまり、教会は病人や貧しい人を“救済”と称して、生け贄にしていたってことですぅ……!?」
タマコの声が震え、沈黙が広がった。
そんな中、無言だったレッドが低くつぶやく。
「……奥にも部屋がある」
「行こう」
リカーシャを先頭に進むと、そこは古びた書庫だった。
厚く積もった埃と、長らく開かれていない棚――。
この先に、さらに真実が眠っている予感がした。
「教会に……こんな部屋があるなんて……!」
「ここも調べてみよう」
目を丸くするピルクのそばで、梨香が棚を探ると、すぐに古びた書冊を見つけた。
「……“真の勇者アリューシャ”と綴られている」
『見せてくれ、梨香』
俺が肩口まで飛んでいくと、彼女はページを開き、先代勇者の日記と思しき文章を読み上げていく。
前半は、この前遺跡で見た内容とほぼ同じ。だが――後半に差しかかった瞬間、文面の空気が一変した。
「……『悪魔を滅ぼす戦いの最中、教会は封印を選び、己が力を永遠に保つため人命を捧げ始めた』」
『……さっきの封印機構と符合するな』
「さらに……『この罪を許すな』――直筆で、強く書き殴られている」
この罪を許すな、か。
教会の闇は、思っていた以上に深い。
「最後に……『勇者の末裔が現れし時、封印を断つべし』」
『これは重大だ。みんなに共有しよう』
「うん、パパ」
俺と梨香は日記を抱え、仲間たちの元へ戻った。
「まさか……教会にそんな裏があったなんて……!」
ルクスは衝撃に息を呑む。
「自分たちの力を保つために、民の命を悪魔に捧げてたなんて……マジ許せない!」
「本当ですぅ! 神に仕える機関としてはあるまじきことですよ!」
リリカとタマコは憤りを隠さない。
一方で、ピルクは落ち着いた声で言った。
「……でも、これは思わぬ収穫です。この内容を住民に暴露できれば、ボクたちの立場を一気に覆せるかもしれません」
「おおっ、それいいじゃん! ナイスだよ、ピルク!!」
「わ、わっ!? そんな急にくっつかないでください、リリカさん!」
肩を抱き寄せられ、ピルクは顔を赤くしてあたふたする。
そんな賑やかな空気の中、梨香だけが黙って視線を落としていた。
『……どうした、梨香?』
「パパ……あの予言、私のことかもしれないって思う」
『“勇者の末裔が現れし時~”ってやつか』
俺の問いかけに、彼女は小さくうなずく。
「……これは、私に課せられた勇者としての使命だと思うんだ」
握りしめた拳が、かすかに震えている。
その頬に、俺はそっと角を添えた。
『俺も最後まで力になる。だから……一人だなんて思うな、梨香』
「……パパ。うん、頼りにしてる」
短く交わした言葉が、確かな決意に変わる。
その直後、リリカが高らかに声を上げた。
「よーっし! こうなったらソフィーラさんを助けて、町のみんなに教会の闇を暴露しちゃおう!」
「はいですぅ!」
「僕も賛成だ!」
「乗りかかった船だ。オレも全力を尽くす」
「二つの作戦、決行だニャア!」
『おーーーっ!!』
全員の声が重なった瞬間――マオとタマコが同時に、獣耳をピクリと動かした。
「……誰か来るニャア!」
「なんだかイヤな気配ですぅ!」
警戒の糸を一気に張り詰めると、正面の通路から、白銀の鎧をきしませ教会の騎士たちが姿を現した。
「侵入者だ!」
「待て、あいつら……指名手配の奴らじゃないか!?」
「どちらにせよ、この秘密を知った以上、ただで帰すわけにはいかん!」
……やっぱり、こいつらは教会の闇に関わっている。
『どうする、梨香?』
「決まってるでしょ、パパ」
俺に目配せした梨香が、勇者の顔つきに切り替えて仲間たちへ声を張る。
「ここは正面突破だ!」
「それなら僕が先行する!」
「オレもやる!」
ルクスとレッドが一歩前へ出る。
「――ソード・スプラッシュ!!」
ルクスの剣から放たれた水刃が、突進してきた騎士たちを一瞬怯ませた。
「どおおらああっ!」
続いてレッドが金棒を横薙ぎに振り抜く。
衝撃と共に複数の騎士が吹き飛び、床に転がった。
「さすがレッドさんですぅ!」
「……まあな」
タマコの賞賛に、レッドは照れたように鼻を鳴らす。
「そんなことしてる場合じゃないよ!」
「あ、ああ。ここは任せろ!」
立ち上がろうとする騎士たちを、ルクスとレッドが再び迎え撃つ。
『梨香、今のうちに奥へ!』
「分かった、パパ。――リリカ、タマコ、マオ、行くぞ!」
「了解!」
「ルクスさんたちも無理しないで!」
「心配はいらないよ!」
「ここは引き受けた!」
「頼んだニャア!」
教会の騎士たちを二人に任せ、俺たちはさらに奥の回廊へと駆け出した。




