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救済の裏

 夜明け前、まだ炉の赤光が瞬いている頃――ガンテッツが俺たちを鍛冶場に呼び集めた。


「ほらよ、預かってた武器だ。夜通しで鍛え直してやった」


 そう言って、無骨な手で梨香(リカーシャ)とルクスにそれぞれの剣を、マオには研ぎ澄まされたナイフを差し出す。


「おお、これは……!」

「今までよりも軽くなってる!」


 驚く二人を横目に、ガンテッツは鼻を鳴らした。


「軽くなっただけじゃねえ。芯から焼き直してある。切れ味も、粘りも、前とは別物だ。――なにせワシが鍛えたんだからな」

「ありがとう、ガンテッツ」

「礼なんざいらん。これから教会を相手にするんだろ? なまくらで立ち向かうアホがどこにいる」


 感謝を受けても顔色一つ変えず、淡々と告げる。


「このナイフもすごいニャア! 手に吸いつくみたいに軽いし、斬れ味も鋭いニャア!」


 マオが尻尾を揺らして喜んでいると、ガンテッツは今度はリリカに束ねた矢を突き出した。


「お前さんにはこれだ。光属性を練り込んである。これで貫けねえもんがあったら、そいつは運命だと思え」

「マジで!? うわ、やっばー!! サンキュー、ガンテッツの爺ちゃん!」

「……やめろ、抱きつくんじゃねえ。汗と煤が移るぞ」


 抱きついたリリカを、片手でぐいと押しのける。

 だがその口元は、ほんのわずかに緩んでいた。


「これでリリカたちもパワーアップじゃん!」

『そうだな、リリカ』

「えへへっ、ヘラクレスもそう思う?」

『もちろんだ』


「……ワシが手を貸せるのはここまでだ。後はてめえらでやれ」

「オッケー! リリカたちがソフィーラさんを救い出すんだから!」

「それだけじゃない、教会の嘘も暴く」


 頑固な鍛冶師の力を借りて、戦力は確かに整った。

 俺たちは、ついにソフィーラさん救出作戦を始動する――。


 抜け道の入り口を探す途中、俺たちは路地裏の前で足を止めた。

 そこには十数人ほどの列ができており、老人や子どもたちが寒さに耐えるように身を寄せ合っている。


 列の先では、教会騎士が祈祷を唱えながら、一人ひとりの首に銀色の輪をかけていた。

 輪は中央に金の十字飾りがはめ込まれ、受け取った者は皆、涙を浮かべて深く頭を下げる。


「これでお前も救われるぞ」


 騎士にそう告げられた老人は、震える手で首飾りを押し当てた。


「あれ……この前も見たやつだよね?」


 リリカが小声でつぶやく。


「そう、救済の証ニャ」


 マオが短く答えた。


 ルクスはしばらく列を見つめ、わずかに眉をひそめたが、何も言わなかった。


 その場を離れるとき、俺の耳にはまだ祈祷の声と人々の嗚咽が残っていた。


 ガンテッツの古い書物を頼りに、俺たちは抜け道の入り口を探し当てた。


「これが……抜け道の入り口、だな」

「ずいぶん巧妙に隠されてるニャア……」


 マオの言うとおり、小さな出入口は地面と完全に同化しており、手がかりなしで見つけるのはほぼ不可能だ。


「それじゃあ行こっ!」


 リリカの掛け声で、俺たちは入り口から地下の通路へと潜り込む。


 ランタンの橙色の光が、苔むした壁に長く揺れる影を描く。

 足元の石畳は泥と苔でぬめり、踏み出すたびに冷たい水がじわりと染み込んできた。

 鼻を刺すのは、カビと鉄錆が混じったような匂い――そして時折、奥から湿った擦れる音が響く。


 壁に刻まれた祈祷文は半分崩れ、何世紀も人の手が入っていないことを物語っていた。


「それにしても……不気味な通路ですぅ」

「抜け道だからね……」


 タマコとルクスが顔をしかめながら進む中――


「ひゃっ!?」


 タマコが崩れた足場で足を踏み外しかけた。


「タマコ!」


 すかさずレッドがその腕を引き上げ、事なきを得る。


「大丈夫か?」

「助かったですぅ~」


 脱力したタマコの表情に、もともと真っ赤なレッドの頬がほんのりと色づく。


「……礼にはおよばない。行くぞ」

「は、はいですぅ!」


 レッドの背中を見送りながら、ルクスとマオがニヤニヤ顔を交わす。


「これはいいとこ見せられたね」

「レッドの株も上がるニャア~、ファイトだニャ」


「う、うるさいっ」


 咎められた二人は、肩をすくめて黙り込む。


 さらに奥へ進むと、やがて俺たちの前に重厚な扉が立ちはだかった。


「書物によると、この先が教会に続いているらしい」

「だがリカーシャ、……この扉は鍵がかかってるようだ。まるで開きそうにない」


 レッドの言うとおり、強固な鍵がかかってるのか彼が扉を押してもびくともしない。


「それならミーに任せるニャア!」

「頼んだよ、マオっ」


 ルクスに送られたマオが、ピッキング用具を使って扉を開けるための試行錯誤を始める。


 すると扉は呆気なく開いた。


「開きました、ね……」

「どうやらこの扉、鍵もボロくなってたみたいだニャ、ちょっとつついたら壊れてしまったニャア」

「それでは進もう」

「そうですね、リカーシャさん!」


 梨香(リカーシャ)とピルクを先頭に、俺たちは扉を潜って教会の地下空間へと足を踏み入れる。


 中に入ってまず目に映ったのは、壁一面に立て掛けられた古い棺。


「うーわ、棺とかマジ不気味なんだけど~」

「どうやらこの区画は納骨室のようですね。でももう長いこと使われてないのでしょう……」


 ピルクが足元を見て顔を曇らせた。乾いた骨が無造作に散乱している。

 だが骨の中には――赤黒く染みた鉄の首輪や鎖が絡まっているものもあった。


『……首輪?』

「なんで遺骨と一緒にこんなのが……?」


 リリカが拾い上げた首輪には、小さく祈祷文の刻印が彫られていた。

 それは病人や貧しい者に配られる「救済の証」と同じ意匠だった。


「……まさか、この骨は……」

「病人や貧民の“救済”とは、神の国に送ることじゃなく――」


 ルクスの言葉が、ひどく重く響く。

 俺たちの背筋を、ひやりとした嫌な感覚が這い上がった。


「とにかく、足音を立てずに進むニャア。まだ奥があるはずだニャ」

「……うん」


 湿った石畳を忍び足で進むと、壁際に古びた祭壇の残骸が現れる。

 その中央の石板には、今も消えぬ黒い染みがこびりついていた――まるで、ここが何かを捧げる場所だったかのように。


 空気も湿ってるうえ、みんなの足音がよく響くから、不気味なことこの上ない。


「ここは足音が響きやすいみたいニャア、あんまり足音立てないように気を付けるニャ」

「そうはいうけどさぁ、足音なんてしょうがなくね?」

「リリカちゃん、忍び足ですよ」

「むー、りょーかい」


 足音をなるべく立てないようにしながら、リリカたちはゆっくりと歩く。

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― 新着の感想 ―
立ち向かうための装備品類も手に入れて着々と準備が進められておりますね。 とはいえ敵は文字通りの国や世界の規模。単なる強行突破ではどうにもなりそうにありませんが、どのように立ち向かうのか…… リリカち…
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