反撃に向けて
ガンテッツの鍛冶屋の離れで、俺たちはひとまず休息を取ることにした。
「ガンテッツさんに匿ってもらえることになってよかったですねっ」
「だね~。あの頑固爺ちゃんが、すんなりリリカたちを助けてくれるなんて思わなかったし」
床にペタンと座ったタマコとリリカがそんな風に語り合うそばで、ピルクがポツリと呟いた。
「でも……これからどうなるんでしょうか? 僕たち、このまま一生お尋ね者なんでしょうか?」
その言葉に、リリカが反発するように顔を上げる。
「そんなの絶対あり得ないし! このままでいいわけないじゃん!」
「でも、教会を敵に回したって事実は消えないんじゃ……?」
「そ、それは……そうだけど……」
ルクスの冷静な指摘に、リリカの語気も弱まってしまった。
このままだと、士気がどんどん沈んでしまう。
だけど、どうすればこの空気を変えられる……?
その時だった。
鍛冶場の炉火が、不自然なほどに大きく揺らぎ始めた。
「ん……こりゃ、妙な燃え方だぞ……?」
ガンテッツが不思議そうに顔をしかめた直後、俺の背中にじわりと熱が宿る。
見ると、俺の背中にあるガイヤ様の紋章が仄かに光り始めていた。
「ヘラクレスの背中が光ってるぅ!」
「……これは、まさかガイヤ様の……!」
リリカとルクスが驚く中、俺は梨香に目を向ける。
『梨香、お前の手も……光ってるぞ』
「……うん、わかってる。この感覚、女神様からのお告げだ……!」
その瞬間、俺の頭に“声”が降りてきた。
『ヘラクレスさん。たとえその身が虫であろうと、あなたの魂は勇者の父として、護り導く者です。勇者の血脈は姿形にありません、魂の繋がりこそが真なる継承。あなたがあればこそ、勇者は勇者たりえるのです』
ガイヤ様……これは神託……!?
同時に視界に浮かぶのは、巨大な俺の姿だった。
金色の翅を広げた俺の背に、梨香が立っている。
これが……俺たちの運命なのか。
背中の熱が静まると、俺は梨香に問いかける。
『梨香、今何か……見えたか?』
「……パパ。私ね、勇者として“世界の偽りを正せ”って神託を受けたんだ。ソフィーラが捕らえられている今こそ、その時だって」
「えっ、ソフィーラさん捕まってるの!?」
驚くリリカに、梨香は真剣な眼差しで頷いた。
「ソフィーラを救い出し、教会の偽りを白日のもとに晒さなければならない」
「じゃあ早く助けに行かないと! リリカ、いてもたってもいられないし!!」
勢い込むリリカを、ルクスとマオが制止する。
「待ってリリカちゃん! 突撃したところで“異端者”としてあしらわれるだけだよ」
「最悪、見せしめにされてしまうニャア……」
「ぐぬぬ……でも……!」
リリカは歯を食いしばり、拳を握りしめる。
俺たちも手立てがないことが歯がゆかった。
そんな重たい空気を切り裂くように、ガンテッツが口を開いた。
「……ガタガタうるせぇ火だ。こいつがそう言うなら、動くしかねぇってことか」
ぼやきながら鍛冶場の奥へと姿を消したガンテッツは、やがて古びた書物を抱えて戻ってきた。
「これだ」
「それは……?」
「昔、教会に逆らった連中が使ってた抜け道の記録だ。使い道もねぇと思ってたが……どうやら“使え”って火が騒いでる」
「本当に、ボクたちにそれを……?」
「ああ、小僧。ここまで来たら、もう誰が正義だの異端だのくだらねぇ。信じたもんが動くしかねぇだろ」
ぶっきらぼうに言いながらも、その眼差しは誰よりも熱かった。
「……ガンテッツさん、ありがと」
「礼は要らん。俺がソフィーラに貸した借りは、これで清算だ」
梨香は胸に手を当て、凛とした表情で言い切った。
「ならば、私たちがソフィーラを取り戻し、教会の偽りを暴いてみせる」
「ふん、口だけじゃないところ、見せてもらおうか」
ぶつくさ言いながらも、ガンテッツは俺たちを信じてくれている。
こうして俺たちは、ソフィーラさんの救出と教会の秘密を暴くための作戦を立て始めた。
ガンテッツの鍛冶場の一角、炉火の灯りだけが揺れる小部屋で、俺たちは顔を突き合わせて座っていた。
「……で、作戦はこうだ」
ガンテッツが無造作に広げた古い羊皮紙。その地図には、鍛冶場から教会へと続く地下抜け道が記されている。
「ワシが知る限り、教会地下の聖具倉庫に繋がっている。今は封鎖されているが、こっちからなら潜れる」
「そこから忍び込んで、ソフィーラさんを助けて、ついでに教会の証拠も奪うってわけだね」
ルクスが冗談めかして笑うが、その目は本気そのものだった。
「危険な橋だが、それ以外に道はないニャア……」
マオが腕を組み、真剣な表情で地図を覗き込む。
「でも、こんな無茶な作戦、本当にうまくいくですぅ……?」
タマコが不安げに問いかけたその時だった。
「やらなきゃならねぇんだよ」
ガンテッツが、低く唸るように言った。
「教会の連中は、異端だの勇者だのと好き勝手ほざいてやがるがな、本物の正義ってのは、そういう看板で誤魔化すもんじゃねぇ。お前らが“信じる正義”があるなら、それが真実なんだ」
「ガンテッツさん……」
「ワシはソフィーラに借りがある。だがそれだけじゃねぇ。こんな腐った教会に、ワシの鍛えた武具が利用されるのは虫唾が走る。だからよ……ワシの抜け道も、技術も、全部使っていい。ただし、生きて帰ってこい」
無骨なガンテッツの言葉が、皆の胸に響いた。
「……ボクもやります。教会に仕えていた者として、勇者リカーシャに正義を返す義務がありますから!」
ピルクが強く拳を握り、前を見据える。
「わたしもがんばるですぅ! 今度こそ、皆さんのお力になるですぅ!」
タマコが尻尾をぴんと立てて気合を入れる。
「オレは……タマコがやるならオレもやる」
レッドは照れ臭そうに呟きながらも、拳を握りしめる。
「僕はね、リリカちゃんを守るって決めたんだ。だからこの作戦も成功させるよ!」
ルクスが気取って前髪をかき上げると、リリカは口元を引き締めて立ち上がる。
「ヘラクレス、リリカもやるからね。ソフィーラさんを助けて、教会のやつらの鼻っ柱を折ってやるんだから!」
『ああ、リリカ』
俺もリリカたちに続いて、みんなを見渡した。
『俺たちが掴んだ“真実”こそが、この世界の未来を変えるんだ。誰もそれを信じてくれなくても、俺たちが信じればいい。行こう、みんな』
「……パパ」
梨香が静かに立ち上がる。
「私は“勇者リカーシャ”として、教会の偽りを暴く。みんなが信じてくれるなら、それが私の使命だ」
「よっしゃあ! 決まりだニャア!」
マオが手を打ち鳴らすと、ガンテッツが最後に一言だけ付け加えた。
「ーーやるなら一気に畳み掛けろ。中途半端が一番いけねぇぞ」
「おーっ!」
拳を掲げるリリカの声に、俺たちは全員で拳を合わせた。
いよいよ反撃の時だ。




