頑固なガンテッツ
*
教会騎士団に拘束されたソフィーラは、ヌイヌイタウン教会の地下室へと連行された。
冷えた石階段を降りるごとに、陰鬱な湿り気が肌にまとわりつく。
薄暗がりの中、拷問具とおぼしき器具が無造作に転がり、血と鉄の匂いが鼻を突く。
「……まさか教会に、こんな趣味の悪い地下室があるとはね」
ソフィーラが皮肉を込めて呟くと、背後の騎士が冷笑した。
「異端者が……余計な口をきくな」
鎖で手足を縛られたソフィーラは、冷たい石壁に押し付けられる。
その前に立ったのは教会騎士団長――メイデ。
鞭をしならせながら、悠然と笑っていた。
「さて……異端者よ。我々はお喋りが大好きでね。リカーシャたちの居場所を教えてもらおうか」
メイデは鞭の柄でソフィーラの顎を持ち上げる。
「さあ、口の軽い者ほど楽な立場で済むのだが?」
冷ややかな笑みを浮かべ、メイデはソフィーラの顎を杖の先で持ち上げる。
「リカーシャたちはどこにいる?」
「さあね、どうかしら。“異端”とでも書いてあるんじゃない? あなたの額に」
ピシィンッ――!
鋭く空気を裂いた鞭が、ソフィーラの頬を浅く切り裂く。
滴る血が顎先を伝って、冷たい石床に落ちる音が妙に耳に残った。
「口が減らぬ女だ。……だが心配するな。我々は“心が砕ける音”を聴くのが得意でね」
メイデはにやりと嗜虐に満ちた笑みを浮かべる。
「リカーシャたちの居場所を……さあ?」
「知らないって、言ったでしょ……!」
言い終わらぬうちに、再び鞭が閃く。
バチンッ――!
ソフィーラの白い肩に赤い傷が刻まれ、皮膚が裂ける感触が全身を駆け抜ける。
「おやおや、口ばかりで、随分と芯が強い……これは長丁場になりそうだ」
メイデは手首の鞭を慣らしながら、舌なめずりするように地下室を見回す。
「せっかくだ。次は、教会からの“祝福”でも差し上げようか」
そう言うと、部下が持ち上げたのは赤々と焼けた鉄杭だった。
灼熱の熱気が、ソフィーラの肌を焦がさんばかりに押し寄せる。
「君の滑らかな肌に、“聖なる印”を刻んであげよう」
「随分と趣味が悪いのね、あなたも」
なおも挑発的に微笑むソフィーラ。
その強がりに、メイデの口元が歪む。
「その減らず口が潰れる瞬間こそ、我々にとって至福の時だ」
焼けた鉄杭が、ソフィーラの鎖骨に押し当てられる。
じゅっ……と皮膚が焼ける音が響き、苦痛が全身を貫く。
だがソフィーラは唇を強く噛みしめ、一声たりとも漏らさない。
「どうだ? 異端者の焼ける匂いは、なかなか香ばしいだろう?」
愉悦に満ちた声で語るメイデを、ソフィーラは睨みつける。
(リリカちゃんたち……どうか無事に逃げ切って。私のことはいいから……!)
祈るような想いで、彼女は己の痛みを押し殺す。
「まだ粘るか……いいぞ。その抵抗が砕け散る瞬間を楽しみにしている」
メイデは至福に満ちた表情で、さらなる拷問器具へと手を伸ばす。
「夜が明けるまでは、じっくり遊べそうだな。……愉しみだ」
その嗜虐的な拷問は、ソフィーラが沈黙を貫く限り、終わることはなかった。
*
暗闇に包まれた下水道を進む俺たちに、マオが問いかけた。
「このまま下水道に潜伏してもいいけど……そっちに心当たりはあるニャア?」
「ソフィーラが古い友達を紹介してくれた。町の外れで鍛冶屋を営んでいるらしい」
梨香が説明すると、ルクスたちは露骨に顔をしかめる。
「あー、あそこか……」
「確かに隠れるには適してるが、問題はあの爺さんだな……」
「あのガンコ爺ちゃんが、匿ってくれるとは限らないニャア」
……相当な難物らしい。
「だが他に頼れる場所はない。この下水道を使って行けるか?」
「行けるニャア。着いてくるニャ」
マオが道を変え、俺たちは再びじめじめとした下水道を進む。
水気で滑りやすい足元に気をつけながら、時折ネズミが足元を駆け抜けていく。
リリカが耳をすませているのが目に留まった。
『どうした、リリカ?』
「んー……ネズミさんたちが逃げてる感じする~。なんか、あっちから必死に」
リリカはそう言って、指先で方向を示した。
「その方向は教会ニャア」
「ソフィーラさんが……捕まってるなら……」
沈みがちなルクスの肩を、リリカがぱしっと叩く。
「そんなこと言わないで! ソフィーラさんなら絶対平気だから!」
「……ああ、悪かったよ。そうだね、信じなきゃね」
そんな会話を交わしながら歩いていると、マオが立ち止まる。
「ここが目的の場所の真下ニャア。ハシゴを登るニャ」
俺たちは順番にハシゴを上がり、マオが蓋を開けると冷たい夜風が吹き込んだ。
「……ここが、鍛冶屋?」
ピルクが首をかしげる先には、ひっそりとした小さな建物があった。
窓からは微かに明かりが漏れている。
「ここだよ! リリカの知ってるガンコ爺ちゃんのとこ!」
「潜伏には最適だが……さて、問題はどう口説き落とすかだな」
「ま、行ってみるしかないニャア」
リカーシャが先頭に立ち、俺たちは鍛冶屋の扉を叩いた。
「あの~……ごめんくださーい」
ギィィ……。
鈍い音を立てて扉が開く。
そこには分厚い前掛けをつけ、豊かな黒ひげをたくわえた小柄な老人が、火花を散らしながら鉄を打っていた。
「……何だ」
顔も向けず、手を止めず、ぶっきらぼうな声が返ってくる。
「わ、わたし……ちょっと怖いですぅ……」
無骨な空気に、タマコがリリカの背後に隠れる。
だが梨香は物怖じせず、一歩前に出て懐からメモを差し出した。
「ソフィーラさんの紹介で来た。身を潜められる場所を探していて……すまないが、しばらく匿ってもらえないだろうか」
「……貸せ」
老人は、火花が散る作業の手も止めず、片手でメモを受け取った。
ざらりとした指先がメモをなぞり、眉間の皺がより深く刻まれる。
「……そうかい。だがな」
ガンテッツは、ようやく顔を上げた。
その視線は鋭く、こちらを試すように射抜く。
「うちにゃ鍛冶場しかねぇ。寝床もねぇし、飯も出さん。……それでも良けりゃ勝手にしな」
「サンキュー、爺ちゃん!」
「……ガンテッツだ。名を間違えるんじゃねぇ」
ガンテッツはそう吐き捨てるように言って、また黙々と鉄を打ち始めた。
歓迎など一切しない態度。だが、それがこの老人なりの“受け入れ”なのだ。
「ありがとう、ガンテッツ。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「チッ……ガタガタ抜かす暇があったら、そこらの荷物でもどけな」
ガンテッツのぶっきらぼうな一言で、俺たちはこの鍛冶屋に身を潜めることになった。




