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頑固なガンテッツ


 教会騎士団に拘束されたソフィーラは、ヌイヌイタウン教会の地下室へと連行された。


 冷えた石階段を降りるごとに、陰鬱な湿り気が肌にまとわりつく。

 薄暗がりの中、拷問具とおぼしき器具が無造作に転がり、血と鉄の匂いが鼻を突く。


「……まさか教会に、こんな趣味の悪い地下室があるとはね」


 ソフィーラが皮肉を込めて呟くと、背後の騎士が冷笑した。


「異端者が……余計な口をきくな」


 鎖で手足を縛られたソフィーラは、冷たい石壁に押し付けられる。

 その前に立ったのは教会騎士団長――メイデ。

 鞭をしならせながら、悠然と笑っていた。


「さて……異端者よ。我々はお喋りが大好きでね。リカーシャたちの居場所を教えてもらおうか」


 メイデは鞭の柄でソフィーラの顎を持ち上げる。


「さあ、口の軽い者ほど楽な立場で済むのだが?」


 冷ややかな笑みを浮かべ、メイデはソフィーラの顎を杖の先で持ち上げる。


「リカーシャたちはどこにいる?」

「さあね、どうかしら。“異端”とでも書いてあるんじゃない? あなたの額に」


 ピシィンッ――!

 鋭く空気を裂いた鞭が、ソフィーラの頬を浅く切り裂く。

 滴る血が顎先を伝って、冷たい石床に落ちる音が妙に耳に残った。


「口が減らぬ女だ。……だが心配するな。我々は“心が砕ける音”を聴くのが得意でね」


 メイデはにやりと嗜虐に満ちた笑みを浮かべる。


「リカーシャたちの居場所を……さあ?」

「知らないって、言ったでしょ……!」


 言い終わらぬうちに、再び鞭が閃く。

 バチンッ――!

 ソフィーラの白い肩に赤い傷が刻まれ、皮膚が裂ける感触が全身を駆け抜ける。


「おやおや、口ばかりで、随分と芯が強い……これは長丁場になりそうだ」


 メイデは手首の鞭を慣らしながら、舌なめずりするように地下室を見回す。


「せっかくだ。次は、教会からの“祝福”でも差し上げようか」


 そう言うと、部下が持ち上げたのは赤々と焼けた鉄杭だった。

 灼熱の熱気が、ソフィーラの肌を焦がさんばかりに押し寄せる。


「君の滑らかな肌に、“聖なる印”を刻んであげよう」

「随分と趣味が悪いのね、あなたも」


 なおも挑発的に微笑むソフィーラ。

 その強がりに、メイデの口元が歪む。


「その減らず口が潰れる瞬間こそ、我々にとって至福の時だ」


 焼けた鉄杭が、ソフィーラの鎖骨に押し当てられる。

 じゅっ……と皮膚が焼ける音が響き、苦痛が全身を貫く。

 だがソフィーラは唇を強く噛みしめ、一声たりとも漏らさない。


「どうだ? 異端者の焼ける匂いは、なかなか香ばしいだろう?」


 愉悦に満ちた声で語るメイデを、ソフィーラは睨みつける。


(リリカちゃんたち……どうか無事に逃げ切って。私のことはいいから……!)


 祈るような想いで、彼女は己の痛みを押し殺す。


「まだ粘るか……いいぞ。その抵抗が砕け散る瞬間を楽しみにしている」


 メイデは至福に満ちた表情で、さらなる拷問器具へと手を伸ばす。


「夜が明けるまでは、じっくり遊べそうだな。……愉しみだ」


 その嗜虐的な拷問は、ソフィーラが沈黙を貫く限り、終わることはなかった。



 暗闇に包まれた下水道を進む俺たちに、マオが問いかけた。


「このまま下水道に潜伏してもいいけど……そっちに心当たりはあるニャア?」


「ソフィーラが古い友達を紹介してくれた。町の外れで鍛冶屋を営んでいるらしい」


 梨香(リカーシャ)が説明すると、ルクスたちは露骨に顔をしかめる。


「あー、あそこか……」

「確かに隠れるには適してるが、問題はあの爺さんだな……」

「あのガンコ爺ちゃんが、匿ってくれるとは限らないニャア」


 ……相当な難物らしい。


「だが他に頼れる場所はない。この下水道を使って行けるか?」

「行けるニャア。着いてくるニャ」


 マオが道を変え、俺たちは再びじめじめとした下水道を進む。


 水気で滑りやすい足元に気をつけながら、時折ネズミが足元を駆け抜けていく。

 リリカが耳をすませているのが目に留まった。


『どうした、リリカ?』


「んー……ネズミさんたちが逃げてる感じする~。なんか、あっちから必死に」


 リリカはそう言って、指先で方向を示した。


「その方向は教会ニャア」

「ソフィーラさんが……捕まってるなら……」


 沈みがちなルクスの肩を、リリカがぱしっと叩く。


「そんなこと言わないで! ソフィーラさんなら絶対平気だから!」

「……ああ、悪かったよ。そうだね、信じなきゃね」


 そんな会話を交わしながら歩いていると、マオが立ち止まる。


「ここが目的の場所の真下ニャア。ハシゴを登るニャ」


 俺たちは順番にハシゴを上がり、マオが蓋を開けると冷たい夜風が吹き込んだ。


「……ここが、鍛冶屋?」


 ピルクが首をかしげる先には、ひっそりとした小さな建物があった。

 窓からは微かに明かりが漏れている。


「ここだよ! リリカの知ってるガンコ爺ちゃんのとこ!」

「潜伏には最適だが……さて、問題はどう口説き落とすかだな」

「ま、行ってみるしかないニャア」


 リカーシャが先頭に立ち、俺たちは鍛冶屋の扉を叩いた。


「あの~……ごめんくださーい」


 ギィィ……。

 鈍い音を立てて扉が開く。


 そこには分厚い前掛けをつけ、豊かな黒ひげをたくわえた小柄な老人が、火花を散らしながら鉄を打っていた。


「……何だ」


 顔も向けず、手を止めず、ぶっきらぼうな声が返ってくる。


「わ、わたし……ちょっと怖いですぅ……」


 無骨な空気に、タマコがリリカの背後に隠れる。


 だが梨香(リカーシャ)は物怖じせず、一歩前に出て懐からメモを差し出した。


「ソフィーラさんの紹介で来た。身を潜められる場所を探していて……すまないが、しばらく匿ってもらえないだろうか」


「……貸せ」


 老人は、火花が散る作業の手も止めず、片手でメモを受け取った。


 ざらりとした指先がメモをなぞり、眉間の皺がより深く刻まれる。


「……そうかい。だがな」


 ガンテッツは、ようやく顔を上げた。

 その視線は鋭く、こちらを試すように射抜く。


「うちにゃ鍛冶場しかねぇ。寝床もねぇし、飯も出さん。……それでも良けりゃ勝手にしな」


「サンキュー、爺ちゃん!」

「……ガンテッツだ。名を間違えるんじゃねぇ」


 ガンテッツはそう吐き捨てるように言って、また黙々と鉄を打ち始めた。


 歓迎など一切しない態度。だが、それがこの老人なりの“受け入れ”なのだ。


「ありがとう、ガンテッツ。お言葉に甘えさせてもらうよ」

「チッ……ガタガタ抜かす暇があったら、そこらの荷物でもどけな」


 ガンテッツのぶっきらぼうな一言で、俺たちはこの鍛冶屋に身を潜めることになった。

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― 新着の感想 ―
ソフィーラさああああああぁぁぁぁぁぁん!!! 情報統制をしたい連中に捕まってしまった今こうなる事は分かっていましたが、いざ明確に拷問するシーンが流れると・・・ でもそれでもめげない諦めない! ソフィー…
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