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スライム退治

 転生してから三日目の朝。

 休息から覚めた俺は、窓から差し込むやわらかな朝日に包まれていた。


 背中がじんわりと温まり、きっと今の俺の鞘翅は、黄金色に輝いているだろう。


 横を見ると、リリカが寝息を立ててぐっすりと眠っていた。

 あどけない寝顔は、前世の愛娘・梨香とそっくりで、何度見ても胸が締め付けられる。


 思わずその褐色のほっぺに角を添えると、ムズムズと顔を動かして目を開けた。


「ん、ん~……あ、ヘラクレス。オッハー」

『おはよう、リリカ』


 俺が返すと、彼女はワンピースを指でつまんで顔をしかめた。


「うわっ、昨日の服のまま寝ちゃってた~! ベッタベタで最悪~!」


 言うが早いか、リリカはベッドの上でワンピースをひょいと脱ぎ捨てた。


『うおっ……!?』


 あわてて背を向けたが、一瞬目に入った姿が……強烈だった。


 ギャルらしくピンク×黒の攻めたデザインの下着に、引き締まったウエストとボリューム満点のバスト、スラリと伸びた褐色の脚。


 ――なにこれ、目に毒すぎる!


「ん~? もしかして見た~? 虫のクセにちょいキモいんだけど~」

『ち、違う! これは事故だ、事故! わざとじゃない!』


 必死に弁解する俺をよそに、リリカはふふっと笑いながらすらりと着替えていく。


 布が肌をなでる音、褐色の腕が動くたびにチラつく肢体……。

 こっちはウブじゃないはずなのに、なんでこんなにドキドキしてんだ!?


「――もーいいよ~」


 そう声をかけられて振り向くと、リリカは黄緑のノースリーブワンピに着替えていた。


「どう? 似合ってる~?」

『あ、ああ……すごく』

「きゃは、サンキュー!」


 ご機嫌なリリカが、くすぐるように俺の角をつつく。

 まったく、翻弄されっぱなしだ。


「――あんまりヘラクレスさんをからかっちゃ、かわいそうですよ~」


「ん~? タマっちも起きてたの~?」


 声の主は、ベッドの端で身支度を整えていたタマコだった。

 白い肌に赤い巫女装束がよく映えて、清楚な雰囲気が相変わらずだ。


「もう、お腹ペコペコ~。ヘラクレスもお腹空いてるっしょ? 背中ピッカピカだし!」

『そうだな。ナナバが欲しいくらいだ』

「それじゃ、朝ごはん行こ~っ!」


 


 宿屋の一階にある食堂は、素朴な木のテーブルが並ぶあたたかい空間。

 ほんのり香ばしい香りが漂い、朝の喧騒も心地いい。


「ティナちゃーん、オッハー!」

「あっ、リリカさん。おはようございます! 今日はいつものですか?」

「もちっ!」

「わたしも同じのでお願いします~」


 看板娘のティナちゃんがぱたぱたと厨房に消えると、リリカが俺の前におなじみの果物を差し出してきた。


「はいっ、ヘラクレスにはコレ!」

『ナナバか、ありがとな』


 黄色い皮をむいて、甘く優しい果肉をぺろぺろと味わう。

 朝にぴったりのほっとする甘さだ。


 しばらくして、ティナちゃんが二人分の朝食を運んできた。


「お待たせしました~!」


 皿には白パン、ハムエッグ、キャベツのサラダが盛られている。


「やった~、朝ごはん~!」

「いただきますぅ」


 ナイフとフォークを軽快に動かすリリカ。

 タマコは静かに、でも嬉しそうに朝食を楽しんでいる。


『……いいなあ、こういう時間。悪くない』

「よーし、腹ごしらえ完了っ!」

「本日も、がんばりますっ」

「ヘラクレスも一緒に行くよ~!」

『ちょ、俺まだ食って……って、持ってくな!』


 ナナバを抱えたまま、リリカに胸元へ運ばれて俺は連行された。


 そしてギルドに到着すると、受付のエミリーさんが微笑みながら迎えてくれる。


「いらっしゃいませ。本日はご依頼でしょうか?」

「エミリーさ~ん、なんかちょうどいいのない~?」

「それではこちらなどいかがでしょう。お二人のブロンズランクに最適な内容です」


 リリカが受け取った書類には、よく分からない文字とゼリー状の物体の絵が描かれていた。


「これはスライム討伐依頼ですぅ」

「スライム~? マジで余裕じゃない?」

『スライムって、あのぷにぷにしたやつか?』

「そそっ。柔らかーくて、トロトロしてて……ちょっとキモカワなヤツ!」

「ただし物理攻撃が通りづらいので、油断は禁物ですぅ」

「でもスライム核を潰しゃラクショーでしょ~!」

「ですですっ!」


 こうして俺たちは、ヌイヌイタウン郊外の平原へと、また新たな冒険へ向かうのだった。


 ヌイヌイタウンの郊外に広がる草原は、風にそよぐ草の匂いと小鳥のさえずりに満ちていて、まるで時間がゆったり流れているようだった。


「ん~っ、マジで気持ちいい風~!」


 両腕を思いきり広げて伸びをしながら、リリカが深く息を吸い込む。


『ああ、心が洗われるな』


 風に舞う金髪と、ぴょこっと揺れる褐色のエルフ耳。

 朝の陽射しを浴びたその姿は、まるで光の精のように美しかった。


 ふと、リリカが目を細め、耳を澄ます。


「……なんか、いい感じ」

『ん?』

「草たちがね、くすぐったそうに笑ってる気がするの。風に撫でられて、嬉しそうっていうか……」


 リリカは小さく微笑みながら、足元のクローバーを指先で撫でた。


「鳥さんたちの声も、なんだか今日はのんびりしてる気がする」

『君のスキルだな?』

「うん。はっきり聞こえるわけじゃないけど……“今日は平和だよ~”って、草も鳥も言ってる気がするんだ」


 そう言って空を見上げる彼女の笑顔は、この世界そのものと調和しているようで――どこまでも眩しかった。


 ……こんなにも綺麗になって。

 梨香も、いずれこんなふうに――


「ん? どうしたの~? またパパみたいな顔してた?」

『なっ、べ、別に何も考えてないぞ!? それよりスライム探しに行かないと!』

「はーい、しゅっぱーつ!」


 


 草むらの中、スライムの姿を探すリリカとタマコ。

 すると、タマコの狐耳がぴくりと動いた。


「リリカちゃん、来るですっ!」


 草むらがゴソゴソと揺れ、透明なゼリーのような物体がぬるりと現れる。


「きゃっほ~! スライムだぁ! プルプルでキモカワ~!」


 リリカの目がキラキラと輝く中、複数のスライムが一斉に跳ね上がり、彼女に飛びかかろうとする。


「わっ、速っ!?」


「――《大地の壁》!」


 タマコの錫杖が光り、土の障壁が立ち上がってスライムの突撃を防ぐ。


「サンキュー、タマっち~! リリカも反撃しちゃうぞ~!」


 リリカは弓を構えて跳躍。宙から放たれた矢が、見事スライムの赤い核を撃ち抜いた。


 スライムは魔石を残して消滅。

 二人は見事な連携にガッツポーズを交わす。


 ……が、その直後。


 足元の草むらから、油断していた二人を狙ってもう一体のスライムがにゅるっと襲いかかってきた。


「うわっ、なにコレえぇ!?」

「ひゃあっ!? つ、冷たいっ!」


 スライムが体を変形させ、粘膜のような身体が二人の脚に絡みつく。

 ぬるぬると肌を這うように上がっていき、衣服の隙間にまで入り込みはじめた。


「えっ、ちょ、やっば! リリカの服、ベッタベタで透けてるんだけど!?」


「う、うそっ……っ、スースーして……や、やだぁ~っ!」


 タマコは慌ててスカートを抑えるが、スライムの粘液が太ももを這い、ふさふさの尻尾までもぬるぬるに。


「ふえぇ……な、なんでこんなとこに入ってくるんですかぁ~……!」


『な、なんだこの……けしからん状況は! いや、いかんいかん!』


 美少女二人がぬるぬるにまみれて悶えるという、目に毒なシチュエーション。


 ……じゃなくて、助けねば!


『今行くぞ!』


 俺はリリカの胸元から飛び降り、スライムに飛びかかった。


 粘る弾力に苦戦しながらも、赤い核に向かってよじ登る。


『いけぇぇっ!!』


 角を突き立て、ぐりぐりと押し込むと、プルンと弾ける感触とともにスライムが崩れ落ち、魔石を残して消滅した。


「ふえぇぇっ……助かったぁ~!」


 涙目のリリカが、俺を拾い上げて頬ずりしてくる。

 その顔は汗と涙とぬるぬるの名残で濡れていて、どこか色っぽかった。


「もぉ~、虫のくせにカッコいいじゃん……!」

「へ、ヘラクレスさん……ありがとですぅ……」


 二人とも頬を赤らめながら俺を見つめてくる。


『そ、それほどでもない……って、なんか逆に照れるんだが……!?』


 こうして、ちょっと“ねちょねちょ”なスライム討伐任務は、無事(?)完了したのだった。

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