潜伏
その場を離れた俺たちは、マオの案内で路地裏を駆け抜ける。
「ねぇマオにゃん、ルクっちたちは置いて行っちゃって大丈夫なん?」
「あの二人なら心配ないニャア。あんな冒険者崩れに遅れを取るタマじゃないニャ!」
その言葉には絶対的な信頼がこもっている。
マオは一度も振り返ることなく、迷いのない足取りで先を行く。
その時、ふと横道の先で何人かの人だかりが目に入った。
薄汚れた衣服の老人や、やせ細った母子が列を作って、教会の信者らしき人物から小袋を受け取っている。
全員、首元に同じ銀色のメダルを下げていた。
「あれ、なんですかぁ?」
と、タマコが首を傾げる。
「“救済の証”ニャア。教会が配る慈善の印だニャ。あれを持ってれば施しが受けられるニャ」
「へぇ……」
老人の首に光るそれは、祈る人の姿を刻んだ小さな円盤だった。
だが、なぜか見ていると背筋が寒くなるような、妙な重苦しさがあった。
『……妙な代物だな』
「ヘラクレスもそう思う~? リリカも同感っ」
「気にしなくていいニャ、行くニャ」
マオはそう言って足を速めたが、その耳はわずかに伏せられていた。
しばらくして、マオが立ち止まって地面にしゃがみ込む。
その手元には、見慣れない鉄の蓋。……マンホールのようなものか。
「ここから下水道に入れば、そう簡単には見つからないニャア」
蓋を手際よく開けるマオに、リカーシャが問いかける。
「なぜそこまでして私たちを助けようとする? 君もギルドの冒険者なのに……裏切る覚悟でいいのか?」
マオは肩をすくめ、気だるげに笑った。
「仲間を助けるのは、人として当然ニャア。ギルドなんて知ったこっちゃないニャ」
「……そうか」
『どうやら、俺たちもまだ運に見放されてなかったらしいな』
「そうだね、パパ」
「ーー話は後ニャ。さ、早く入るニャ!」
俺たちは促されるまま、次々と下水道へ降りていく。
「うっ、くっさー!! 最悪すぎるってば!」
「ひぃぃ……! 鼻が曲がるですぅ~!」
下水道の中は真っ暗で、リリカとタマコが顔をしかめて飛び跳ねるほどの悪臭に包まれていた。
カブトムシの俺も、触角がしんなりしてしまうレベルだ。
「ここは僕に任せてください! ホーリー・ウォッシュ!」
ピルクが呪文を唱えると、優しい光が辺りを包み、空気が幾分かマシになる。
「おお、やるじゃんピルク!」
「へへっ、聖職者見習いの腕前ですよ!」
リリカに褒められ、胸を張るピルク。だがマオがピシャリと釘を刺す。
「魔力の使いすぎは厳禁ニャア。追手に感知されるリスクもあるニャ」
蓋を閉め終えたマオが、リカーシャとピルクに向き直る。
「初めましてニャア。ミーはマオ、リリカちゃんたちと同じシルバーランク冒険者だニャア」
「リカーシャ。勇者だった、というべきかな」
「僕はピルク。聖職者見習いです」
リカーシャが“勇者”と名乗った瞬間、マオの耳がピクリと立つ。
「勇者様だったニャア!? ……それはビッグニュースニャア……。で、その勇者様がどうして教会に追われてるニャ?」
「実はな……」
リカーシャが簡潔に事情を話すと、マオは腕を組んで難しい顔をした。
「なるほどニャア……。それはかなりヤバい案件ニャ。教会を敵に回した以上、お日様の下を歩けないニャア」
「わかってはいましたけど……やっぱり現実は厳しいですねぇ……」
「ねえマオにゃん、リリカたちがどうにかする方法ってないの?」
「……ごめんニャア。ミーにはどうにもできないニャア……」
しょげるマオに、リリカも顔を曇らせる。
その時だった。
「ーー教会なんて、この僕が懲らしめてやるさ!」
声と共に、ルクスが姿を現す。
「あっ、ルクっち! 無事だったんだね!」
「当たり前さ! 僕があんな雑魚冒険者に負けるとでも?」
前髪をくしゃりとかき上げ、ルクスは得意げに笑った。
その後ろから、レッドも無言で現れる。
「レッドさんも無事だったですね!」
「……ああ。オレは、負けない」
タマコが嬉しそうに尻尾を振ると、レッドは照れくさそうに目をそらした。
そんな二人に、ピルクがジト目で尋ねる。
「……お二人は、どういうご関係で?」
「なんだ小僧」
「い、いえ、別に何でも……」
ピルク、微妙にライバル心燃やしてるな……。
空気を払うように、マオが手をパンと叩いた。
「ルクスたちも合流したニャ。今の状況、整理するニャア!」
その流れで、互いに自己紹介を交えながら情報を共有し合う。
「……なるほど。教会の隠された真実を知ってしまった結果、異端として追われている、と」
「そうだ、ルクス。だから私たちは……」
状況の深刻さに、全員が重い沈黙に包まれる。
その空気を破ったのは、やはりリリカだった。
「そうだ、ソフィーラさんは!? 本当に無事なんだよね!?」
「それは……分からない。でも教会の騎士団が相手じゃ、さすがのソフィーラさんでも……」
ルクスの言葉に、リリカは口元を押さえ、顔を青ざめさせる。
見かねた俺は、彼女に声をかけた。
『リリカ、大丈夫だ。ソフィーラさんなら必ずうまくやってるさ。君なら彼女の強さを知ってるだろ?』
「ヘラクレス……うん、そうだよね。リリカ、ソフィーラさんを信じるよ!」
『その意気だ。リリカは元気じゃないと、らしくないぞ』
「……んっ!」
なぜかリリカが顔を真っ赤に染めて、プイッと顔をそむける。
『リリカ、どうかしたか?』
「う、ううん! なんでもないからっ!」
なぜだか分からないが、リリカの反応が妙に可愛らしく見えた。




