隠れ忍ぶ俺たち家族
翌日。
しっかりと休息を取ったリリカたちは、旧倉庫の中を少しでも快適にしようと掃除に取りかかっていた。
古びた木箱、破れかけの麻袋、埃にまみれた什器。
そんなものを端に寄せ、空いたスペースに簡易的な寝床と食卓をこしらえていく。
器用なリリカとタマコは、あっという間に空間を整え、明るい雰囲気すら生み出していた。
一応、俺もストームフラップで埃を吹き飛ばしたりはしていたが……正直、彼女たちの家事スキルには到底かなわない。
「さすがだな、リリカ。私はほとんど力になれなくて……済まない」
申し訳なさそうに呟く梨香に、リリカは手をひらひらと振って笑う。
「気にしない気にしない、リカねぇ」
「それぞれ、得意なことを分担するのが仲間ってものですぅ」
「……ふふ、そうだな」
タマコの優しい言葉に、梨香も柔らかく微笑んだ。
一方、ピルクは地図を広げてソフィーラと真剣な表情で話し合っていた。
「少し町を歩いただけでも、あちこちに指名手配の張り紙が貼られていたわ」
「教会……動きが早すぎますね」
俺も彼らの元へひとっ飛びすると、地図のあちこちに赤い×印が書き込まれていた。
……どうやらそれぞれの貼り紙の位置らしい。
これでは、ヌイヌイタウンの中でも自由に動けそうにない。
そんな俺を見て、ソフィーラがそっと手を差し出し、俺を掌に乗せて微笑んだ。
「大丈夫よ、ヘラクレスちゃん。あなたの家族は、私がちゃんと守ってみせるから」
ソフィーラさん……。
どうして、あなたはそこまでしてくれるのか。
俺の迷いが伝わったのか、彼女はさらにやさしく微笑む。
「あなたたちも、私にとっては家族みたいなものなのよ。……家族を守るのは、当然でしょう?」
その言葉に、俺の胸の奥の張り詰めたものが、すっと解けていくのを感じた。
そうだった。ソフィーラさんも、もう俺たちの大切な家族なのだ。
「皆さ~ん、お茶を淹れたですよぉ~」
タマコの明るい声が倉庫に響く。
「ナイスタイミング、タマっち! リリカ、喉カラッカラ~!」
木箱を並べた簡易テーブルの上に、整えられたカップが並ぶ。
タマコがお茶を注ぐと、芳しい香りがふわりと立ちのぼった。
──カブトムシの嗅覚には少し刺激が強すぎる香りではあるが、仲間たちの楽しげな表情を見ると、それもまた悪くはない。
「ふ~っ、生き返る~! やっぱりタマっちのお茶は最高っ」
「これはなかなか……教会の茶葉と良い勝負ですね」
「えへへ、嬉しいですぅ……!」
リリカとピルクの素直な言葉に、タマコは照れくさそうに笑う。
俺も干した果物をしゃぶって空腹を誤魔化していた。
濃縮された甘みが染み渡って心地よい──けれど、さすがにそろそろナナバが恋しくなってきた。
『……リリカにはお見通しか。そろそろナナバが恋しくなってきたところだ』
「ふふっ、分かっちゃった? ねえソフィーラさん、市場にナナバ買いに行けたりする?」
リリカの提案に、ソフィーラは少し考え込む。
「ヘラクレスちゃんのため、ね……。私だけなら動けるけど、留守にしている間に何かあったら……」
「大丈夫だよっ、リリカたちがちゃんとお留守番してるから!」
「わたしも見張りできるですぅ! どうぞ安心して!」
二人の言葉に、ソフィーラはくすりと笑ってうなずいた。
「そうね……じゃあお願いしようかしら。ついでに、みんなの分の食料も買ってくるわ」
「何から何まで、本当に感謝する」
「いいのよ。ここは私に任せて。家族を守るのは私の役目なんだから」
そう言って胸を叩くと、ソフィーラは静かに倉庫を出ていった。
その後、みんなは思い思いの時間を過ごしていた。
リリカは備品を手に取っては「これ何だろう~?」と興味深げにいじくり、タマコは古びたぬいぐるみを膝に置いてのんびり。
ピルクは出入り口のそばで、いつになく真剣な顔で警戒を続けていた。
そして梨香は、木箱の上に手帳を広げ、静かに何かを書き込んでいた。
俺はふわりと舞い上がり、彼女の手元に止まってその手帳を覗き込む。
『何をしてるんだ、梨香?』
「ああ、パパ。日記を書いてるんだ。子どもっぽいかもしれないけど、毎日欠かさず続けてるんだ」
彼女の手帳には、今日までの出来事が丁寧に綴られ、ところどころに可愛らしいイラストが添えられていた。
『この絵柄……懐かしいな。梨香のそういうとこ、変わってないな』
「それって、どういう意味……?」
『安心したってことさ。……勇者として戦うお前を見てると、遠くに行ってしまったように思えてたんだ』
「パパ……ごめんなさい」
しょんぼりする梨香の膝元に、俺は降りて言葉をかける。
『謝らなくていい。どれだけ変わっても、梨香は俺の大切な娘だ』
「……うん。ありがとう、パパ。やっぱり……あなたは私の、大好きなパパだよ」
『あ、ああ……』
照れ臭くも、優しく撫でてくれる指先の温もりが、心までじんわりと染み込んでいく。
こんな時間が、ずっと続けばいいと──俺は心から思った。




