秘匿された真実
『……ぐっ!?』
「ヘラクレス! 大丈夫!?」
ガクリと崩れ落ちた俺に、リリカが顔を青ざめさせて駆け寄る。
「ごめん、リリカ……。私の回復魔法では……パパを救えない……!」
「そんな……!」
梨香が悔しそうに唇を噛む中、前へと一歩を踏み出したのはピルクだった。
「ーーボクを忘れてもらっては困りますよ!」
その声と同時に、ピルクは十字杖を高く掲げる。
「リカーシャさん、ありがとうございます。あなたが弱めてくれたおかげで、これなら……! ーーホーリー・リザレクション!」
まばゆい光が杖から放たれ、俺の身体を包む。
温かく優しい癒しが、毒と痛みを消し去っていく……。
『……ああ、助かった……ありがとう、ピルク』
「本当に!? よかった~!」
感慨極まって俺に抱きつくリリカをよそに、梨香が感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、ピルク。パパを救ってくれて」 「礼なんて要りませんよ。だって、僕たちは仲間でしょう?」
仲間。その言葉が、胸に温かく沁みる。
そしてピルクは、梨香の方を向いて口を開いた。
「それと、リカーシャさん。……よかったですね。大切な人に再会できて」
「ピルク……ありがとう」
梨香は微笑み、静かに頷いた。
「ーーでは、帰ろう。悪魔パズズの討伐、そして勇者の真実。一刻も早く教会に報告しなければ」
「そだね、リカねぇ!」
「はいですぅ!」
だがピルクだけは、どこか腑に落ちない表情だった。
「どうした、ピルク?」
「……どうして、真実は隠されていたのでしょうか?」
「……」
梨香も、すぐには答えられず黙り込む。
そんな重苦しい空気を吹き飛ばすように、リリカが笑いながら肩を抱いた。
「まーまー! 難しい話はあとにして、帰ろーよ!」
「……そうだな」
「まったく。リリカさんにしては正論です」
「ちょっとー、それどーゆー意味~?」
軽口を叩き合うピルクとリリカを見て、俺はふっと笑う。
ようやく、彼らの距離も縮まってきたようだ。
俺は巨大な魔石を角で挟み、仲間とともに神殿を後にする。
回廊を進む中、俺たちは修正された形跡のある壁画をいくつも発見した。
『やはり……歴史は意図的に塗り替えられたのか』
「……私も、そう思う」
「でも、ボクは信じます。自分の目で見た真実をーーリカーシャさんのことも」
「……ありがとう、ピルク。これからもよろしく頼む」
そして、神殿を抜けた俺は、梨香の胸元に収められる。
「ちょっ、それリリカのポジションなんだけど!?」
「たまにはいいじゃないか。ね、パパ」
『あ、ああ……』
俺の反応にむくれるリリカを、タマコが宥める。
「親子水入らずってことで、いいじゃないですかっ」
「ううー……」
ホーストリッチに乗って、俺たちは一路ホーリーシティへ。
二日後、教会に戻った俺たちは、すぐにニコラス様の前に通された。
「ご苦労だったな。で、どうだった?」
「実は……」
梨香が語るパズズ討伐と神殿の真実に、ニコラス様は目を剥いた。
「なんと! あの原初の悪魔を……!?」
「はい。パパーーいえ、ヘラクレスの助けがあったおかげです」
紹介されて角を上げた俺に、ニコラス様は妙な目を向けた。
「……まさか導きの甲虫が……」
「今、何と?」
ピルクの問いに、ニコラス様は咄嗟に取り繕った。
「気にするな。ただの独り言だ」
今の反応……怪しい。
そう思っていた矢先だった。
「ねえ、ニコラス様。あのね、神殿の隠し部屋に、少女と金色の甲虫の絵があったんだけどーー」
その瞬間、リリカとタマコが光の鎖に拘束された。
「うわっ、なにこれ!?」
「動けないですぅ……!」
「ニコラス様、これはどういう……!」
「……知ってはいけないものを見てしまったな。残念だが、もう帰すわけにはいかぬ」
従者たちが雪崩れ込む。
『ストームフラップ!』
俺は風の魔法で教会の者たちを押し返し、仲間たちの鎖を角で断ち切る。
『リリカ、タマコ、今だ!』
「ナイス! 逃げるよっ」
「は、はいですぅ! リカーシャさん、急いで!」
「分かってる!」
皆が脱出しようとする中、ピルクだけが立ち尽くす。
「ピルクー!?」
「……っ!」
リリカが手を引いて、ピルクもようやく走り出した。
ーー教会の追手を振り切りながら、俺たちは夜の街へと消えた。
世界の真実を抱えたまま。
俺たちはホーリーシティーを飛び出し、夜の砂漠をひたすら走り続けていた。
星明かりだけが頼りの中、乾いた砂が足を奪い、呼吸はどんどん荒くなる。
「まさか本当に異端扱いされるとはな……!」
「それ、リリカさんの不用意な一言が原因ですからねっ!」
「ごめんごめ~ん! ちょっと本当のこと言っただけなのにぃ~!」
「三人とも、今はケンカしてる場合じゃないですぅ~!」
走りながら口論を続ける三人に、俺は胃がキリキリと痛む思いだった。
『……だが、このままヌイヌイタウンまで逃げるにしても、距離がありすぎる。食料も水も……どうする?』
「そんなの考えてる暇ないし! 今はとにかく、走らなきゃ!」
「ほーら見てください、また考えなしに突っ走ってるじゃないですかリリカさんは!」
……駄目だこりゃ。
案の定、リリカたちは数分もせずに息切れして、ずるずると砂の上に崩れ落ちた。
「もう疲れた~、一歩も動けないよ~」
「私も、もうヘトヘトで喉もカラカラですぅ……!」
砂の上にへたり込むリリカとタマコに、冷静な梨香と生真面目なピルクが厳しい目を向けた。
「このまま休んでいては、追手に見つかるのも時間の問題だ」
「しかし、これ以上走り続けるのも限界ですね……」
息を整えながら立ち止まる仲間たち。
ふと、俺の視界の先で、炎が揺らめくようなオレンジの光がちらついた。
『なあリリカ、あれ……見えるか?』
「あれって……誰かの焚き火じゃない!? 助かった~!」
すぐさま駆け出そうとしたリリカの肩を、梨香ががっしりと掴んで引き止める。
「待て、リリカ。無闇に近づくのは危険だ。罠かもしれない」
「ここは慎重にいきましょう」
「はーい……」
ピルクにも咎められ、リリカはすっかりしょげてしまった。
無鉄砲なのも考えものだが、こうしてしょんぼりする姿を見ると、少しリリカが可哀想にもなってくる。
『気にするな、リリカ。失敗だって、反省すれば貴重な経験になるさ』
「……ありがと、ヘラクレス」
少し元気を取り戻したリリカを見て、俺たちは警戒態勢を取りつつ、その焚き火へと近づいていった。
──すると。
「あれって……ソフィーラさんじゃん!?」
「確かにそうですぅ!」
焚き火のそばに座っていたのは、以前に何度も世話になった先輩冒険者、ソフィーラさんだった。
まさかこの砂漠の夜で再会するとは思わず、俺たちは目を見開く。




