表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/83

リカーシャの本当の記憶

 パズズを倒した俺だったけど、無理が祟ったのか全身から力が抜けていく。


「ヘラクレス!」

『ぐ……っ、済まない。どうやら奴の毒が回ってきたみたいだ……!』

「待ってくれ、今すぐ回復魔法を……! ピルクほど上手くはいかないが、少しでも和らげるはずだ。ーーリザレクション!」


 リカーシャの手からこぼれる柔らかな光が、じんわりと俺の身体を癒していく。


『助かるよ、リカーシャ』

「ああ……でも、なぜだろう。この焦りと不安……前にも、こんな感覚を覚えたような……!」


 リカーシャは胸元を押さえ、顔を曇らせる。そして、ぽつりと呟いた。


「夢を見たんだ。黒髪の娘と、その父親が一緒に山に遊びに行って……。そのとき、父親が娘を庇って、蜂の大群に――!」

『……リカーシャ、それ……!』


 俺は思わず息を呑む。それは、前世の俺が最後に見た光景と寸分違わぬ内容だった。


『それは、俺の記憶だ……! 君が知ってるはずがない……』

「どういうことだ?」

『今まで隠していて済まない。俺は前世では娘を持つ人間の父親だったんだ』

「そうなのか……!? ーーどうりで昆虫なのに人間臭かったわけだ……」


 驚きつつも合点がいったかのように、リカーシャが整ったあごをなでる。


 ーーそうかと思えばリカーシャが頭を抱え始めた。


「確かに見たんだ……鮮明に、悲しくて、苦しくて……。あれは、私の大切な人を失った記憶……」


 混乱に揺れる彼女の紫色の瞳。

 だが俺の中には、ひとつの確信が芽生えていた。


『まさか……君は……』

「……分からない。でも、断片的に思い出すことがあるの。あの夢の中の光景は、私の過去の一部だって、そんな気がしてならないの……」


 言葉に詰まる俺。そんな中、彼女の右手が眩い光を放ち始めた。


 同時に、神殿の魔法陣が微かに反応するように淡く輝き始める。


「……梨香。私は、梨香……あなたが、私の……!」

『梨香……それが、君の本当の名前なのか!?』

「ああ、思い出したんだ。夢で何度も聞いた、その名前……そして、父の声を……!」


 その瞬間、神殿の空気が震える。


 煌めく光と共に、黄金の鎧に身を包んだ女神の姿が現れた。


「ーーそれでよい。思い出したのならば、今こそ真実を語るときだ」


「ア、アテナルヴァ様……!」


 リカーシャが思わずひざまずく。現れたのは、戦と知恵の女神アテナルヴァだった。


「リカーシャ……いや、梨香。あなたには多くの重荷を背負わせてしまった。……この場を借りて、謝罪を」

「そんな……お顔をお上げください!」


 オロオロとする梨香(リカーシャ)をよそに、女神は静かに言葉を紡いでいく。


「そなたは、元の世界で父を亡くした少女。葬儀の直後、母と共に交通事故に遭いかけたその刹那、私はそなたを召喚した……。だが召喚術の不完全さゆえ、記憶を失い、この世界の九年前に転移してしまったのだ」

『じゃあ、本当に……梨香は俺の……』

「そう、そなたが前世で遺した実の娘。梨香は、異世界の地にて勇者として育てられた」


「私は……パパの娘だったの……?」

『梨香……!』


 言葉にならないほどの衝撃が、俺の胸を突き刺す。


「髪の色や瞳が違って見えたのは、異世界に順応するための代償だ。だが、魂の絆は失われてなどいない」


 アテナルヴァの声が静かに神殿に響く。


「梨香よ。そなたは二つの真実を知った。自らの出自、そして勇者伝説の虚構。ーーこれから何を選ぶかは、そなた自身の意志に委ねられる」

「ま、待ってください……アテナルヴァ様!」


 梨香(リカーシャ)が手を伸ばすが、女神の姿は光と共に消えていった。


 沈黙。神殿に静寂が訪れる。


 梨香(リカーシャ)は、崩れ落ちるように座り込んだ。


「私は……これからどうすればいいのだろうか……?」


 俺は、ゆっくりと彼女の肩に角を寄せた。


『……今こんな時に言うのは場違いかもしれない。でも、俺はもう一度こうして梨香と会えて、本当に嬉しいよ』

「……パパ……!」


 梨香(リカーシャ)が涙を流しながら、俺の角に頬を寄せてくる。


 その温もりは、失っていた時間を取り戻すように、胸に染み込んでいった。


「ーーあれ~っ、リカーシャどーしたの?」


 そこへリリカたちが駆け寄ってくる。


「そういえばパズズはどうなったですぅ?」


 タマコの問いかけに、梨香(リカーシャ)がゆっくりと顔を上げて答えた。


「パズズなら……私とパパで倒した」


「えっ……今、なんて?」


 首をかしげるタマコに続き、リリカが目を丸くする。


「ちょ、ちょっと待って!? リカーシャ、今ヘラクレスのことパパって言ったよね!?」


「ああ、そうだ。ヘラクレスは……前世の私の父だった」


 その一言で、場の空気が凍りついた。


 梨香(リカーシャ)は静かに語り出す。

 さっきの戦いの最中、目覚めた記憶のこと。アテナルヴァ様に導かれ、転生したこと。

 そして再び父と巡り会ったことを。


 語り終えた頃には、リリカとタマコはぽかんと口を開けていた。


「えええええ~っ!? リカーシャがヘラクレスの……娘ぁ!?」

「しかも神様に召喚されて転生って、なんですかそのドラマ展開~!? でも……妙に納得ですぅ。二人の連携、さっきの戦いでぴったりでしたもん」


「そういうことだ」


 梨香(リカーシャ)は穏やかに微笑みながら、俺の角に手を添えて、そっと抱きしめた。


 俺もそのぬくもりを感じながら、心の中で呟く。


 梨香……。立派に育ってくれて、パパは本当に嬉しいぞ。


 だがそんな感動ムードも束の間、隣から声が飛んできた。


「あ~~っ! ヘラクレスってば、リカーシャのおっぱいにデレデレしてる~~!」

『ち、違っ……! これは娘の成長を喜んでるだけだっ!』


 焦る俺に、リリカが不満げに口を尖らせる。


「リリカのもあるじゃん! むしろリリカのほうが……ほら!」


 そう言って、リリカも俺の角にぎゅうっと胸を押し当てる。


『リ、リリカ……』

「なぁに? ヘラクレスはリリカのパパでもあるしぃ!」


 むくれるリリカに、梨香(リカーシャ)はくすっと笑った。


「ふふ、それなら……私たちは義理の姉妹ということになるな」

「え、マジで!? それめっちゃエモいんだけど! リリカ、今日からリカねぇって呼ぶ~!」

「どうぞ、ご自由に」


 リリカの態度が一変し、すっかりテンション爆上がりである。


「なんか……展開が怒涛すぎて、ついていけないですぅ……」


 呆気に取られるタマコだったが、リリカは勢いよく振り返って彼女にも飛びつく。


「もちろんタマっちも、リリカたちとおんなじ家族だよ!」

「ふぇ!? は、はいですぅっ!」


 笑い声が響く中、俺は心の中でぽつりと呟く。


 ……家族、か


 血の繋がりも、種族も、生まれも越えて、今ここにある「絆」。


 それだけで、俺はもう十分に幸せだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
リカーシャさん、予想はしておりましたがはやり彼女こそが梨香さんでしたか。 今回の事で以前の記憶を思い出した。その途端にヘラクレスとの距離が急激に近づきましたね。まあ、リリカちゃんからしてみれば自分の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ