リカーシャの本当の記憶
パズズを倒した俺だったけど、無理が祟ったのか全身から力が抜けていく。
「ヘラクレス!」
『ぐ……っ、済まない。どうやら奴の毒が回ってきたみたいだ……!』
「待ってくれ、今すぐ回復魔法を……! ピルクほど上手くはいかないが、少しでも和らげるはずだ。ーーリザレクション!」
リカーシャの手からこぼれる柔らかな光が、じんわりと俺の身体を癒していく。
『助かるよ、リカーシャ』
「ああ……でも、なぜだろう。この焦りと不安……前にも、こんな感覚を覚えたような……!」
リカーシャは胸元を押さえ、顔を曇らせる。そして、ぽつりと呟いた。
「夢を見たんだ。黒髪の娘と、その父親が一緒に山に遊びに行って……。そのとき、父親が娘を庇って、蜂の大群に――!」
『……リカーシャ、それ……!』
俺は思わず息を呑む。それは、前世の俺が最後に見た光景と寸分違わぬ内容だった。
『それは、俺の記憶だ……! 君が知ってるはずがない……』
「どういうことだ?」
『今まで隠していて済まない。俺は前世では娘を持つ人間の父親だったんだ』
「そうなのか……!? ーーどうりで昆虫なのに人間臭かったわけだ……」
驚きつつも合点がいったかのように、リカーシャが整ったあごをなでる。
ーーそうかと思えばリカーシャが頭を抱え始めた。
「確かに見たんだ……鮮明に、悲しくて、苦しくて……。あれは、私の大切な人を失った記憶……」
混乱に揺れる彼女の紫色の瞳。
だが俺の中には、ひとつの確信が芽生えていた。
『まさか……君は……』
「……分からない。でも、断片的に思い出すことがあるの。あの夢の中の光景は、私の過去の一部だって、そんな気がしてならないの……」
言葉に詰まる俺。そんな中、彼女の右手が眩い光を放ち始めた。
同時に、神殿の魔法陣が微かに反応するように淡く輝き始める。
「……梨香。私は、梨香……あなたが、私の……!」
『梨香……それが、君の本当の名前なのか!?』
「ああ、思い出したんだ。夢で何度も聞いた、その名前……そして、父の声を……!」
その瞬間、神殿の空気が震える。
煌めく光と共に、黄金の鎧に身を包んだ女神の姿が現れた。
「ーーそれでよい。思い出したのならば、今こそ真実を語るときだ」
「ア、アテナルヴァ様……!」
リカーシャが思わずひざまずく。現れたのは、戦と知恵の女神アテナルヴァだった。
「リカーシャ……いや、梨香。あなたには多くの重荷を背負わせてしまった。……この場を借りて、謝罪を」
「そんな……お顔をお上げください!」
オロオロとする梨香をよそに、女神は静かに言葉を紡いでいく。
「そなたは、元の世界で父を亡くした少女。葬儀の直後、母と共に交通事故に遭いかけたその刹那、私はそなたを召喚した……。だが召喚術の不完全さゆえ、記憶を失い、この世界の九年前に転移してしまったのだ」
『じゃあ、本当に……梨香は俺の……』
「そう、そなたが前世で遺した実の娘。梨香は、異世界の地にて勇者として育てられた」
「私は……パパの娘だったの……?」
『梨香……!』
言葉にならないほどの衝撃が、俺の胸を突き刺す。
「髪の色や瞳が違って見えたのは、異世界に順応するための代償だ。だが、魂の絆は失われてなどいない」
アテナルヴァの声が静かに神殿に響く。
「梨香よ。そなたは二つの真実を知った。自らの出自、そして勇者伝説の虚構。ーーこれから何を選ぶかは、そなた自身の意志に委ねられる」
「ま、待ってください……アテナルヴァ様!」
梨香が手を伸ばすが、女神の姿は光と共に消えていった。
沈黙。神殿に静寂が訪れる。
梨香は、崩れ落ちるように座り込んだ。
「私は……これからどうすればいいのだろうか……?」
俺は、ゆっくりと彼女の肩に角を寄せた。
『……今こんな時に言うのは場違いかもしれない。でも、俺はもう一度こうして梨香と会えて、本当に嬉しいよ』
「……パパ……!」
梨香が涙を流しながら、俺の角に頬を寄せてくる。
その温もりは、失っていた時間を取り戻すように、胸に染み込んでいった。
「ーーあれ~っ、リカーシャどーしたの?」
そこへリリカたちが駆け寄ってくる。
「そういえばパズズはどうなったですぅ?」
タマコの問いかけに、梨香がゆっくりと顔を上げて答えた。
「パズズなら……私とパパで倒した」
「えっ……今、なんて?」
首をかしげるタマコに続き、リリカが目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待って!? リカーシャ、今ヘラクレスのことパパって言ったよね!?」
「ああ、そうだ。ヘラクレスは……前世の私の父だった」
その一言で、場の空気が凍りついた。
梨香は静かに語り出す。
さっきの戦いの最中、目覚めた記憶のこと。アテナルヴァ様に導かれ、転生したこと。
そして再び父と巡り会ったことを。
語り終えた頃には、リリカとタマコはぽかんと口を開けていた。
「えええええ~っ!? リカーシャがヘラクレスの……娘ぁ!?」
「しかも神様に召喚されて転生って、なんですかそのドラマ展開~!? でも……妙に納得ですぅ。二人の連携、さっきの戦いでぴったりでしたもん」
「そういうことだ」
梨香は穏やかに微笑みながら、俺の角に手を添えて、そっと抱きしめた。
俺もそのぬくもりを感じながら、心の中で呟く。
梨香……。立派に育ってくれて、パパは本当に嬉しいぞ。
だがそんな感動ムードも束の間、隣から声が飛んできた。
「あ~~っ! ヘラクレスってば、リカーシャのおっぱいにデレデレしてる~~!」
『ち、違っ……! これは娘の成長を喜んでるだけだっ!』
焦る俺に、リリカが不満げに口を尖らせる。
「リリカのもあるじゃん! むしろリリカのほうが……ほら!」
そう言って、リリカも俺の角にぎゅうっと胸を押し当てる。
『リ、リリカ……』
「なぁに? ヘラクレスはリリカのパパでもあるしぃ!」
むくれるリリカに、梨香はくすっと笑った。
「ふふ、それなら……私たちは義理の姉妹ということになるな」
「え、マジで!? それめっちゃエモいんだけど! リリカ、今日からリカねぇって呼ぶ~!」
「どうぞ、ご自由に」
リリカの態度が一変し、すっかりテンション爆上がりである。
「なんか……展開が怒涛すぎて、ついていけないですぅ……」
呆気に取られるタマコだったが、リリカは勢いよく振り返って彼女にも飛びつく。
「もちろんタマっちも、リリカたちとおんなじ家族だよ!」
「ふぇ!? は、はいですぅっ!」
笑い声が響く中、俺は心の中でぽつりと呟く。
……家族、か
血の繋がりも、種族も、生まれも越えて、今ここにある「絆」。
それだけで、俺はもう十分に幸せだった。




