二人の覚醒
*
「ヘラクレス~!!」
毒に倒れたヘラクレスの元に駆け寄るリリカたち。
だが彼の目からは光が失われ、身体もぴくりとも動かない。
「うそ、ヘラクレス死んじゃったの……!?」
「いえ、まだ……微かに息はあります! ホーリー・リザレクション!」
ピルクが慌てて杖を向けて回復の呪文を放つも、その顔は曇っていた。
「これは……相当に強力な毒です。それも、邪悪な魔力に深く染まった……!」
「じゃ、じゃあ助からないってこと!?」
「わたしも……癒しの力を……緑の癒し!」
タマコが手をかざし、優しい緑の光をヘラクレスに注ぐ。
その時だった。砂煙の向こうに、不穏な影が立ち上がる。
「うわっ……なんか、さっきと姿が変わってる!?」
リリカが声を上げる通り、そこに現れたパズズは翼が四枚に増え、頭からは異様な長角が伸び、まるで獣と魔神が融合したような異形へと進化していた。
「……我が真の姿を拝ませてやろうとはな。栄誉に思え……勇者の成り損ないどもよ」
パズズが両手を広げ、闇の奔流を放つ。
暴風のごとき闇の衝撃に、リリカたちは次々と吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。
「きゃあっ!?」
「ううっ……!」
「みんな、無事ですかぁ……!?」
地に伏せる仲間たちを見下ろし、パズズがせせら笑う。
「ふん、貴様ら如きが我を止められると思ったか?」
……だがその中で、ひとり立ち上がる影があった。
「パズズ……貴様の好きにはさせない……!」
剣を杖にしてゆらりと立ち上がったのは、リカーシャだった。
「ほう……まだ立つか。ならば、その根性だけは褒めてやろう」
パズズが再び闇の力を集束させる――その時だった。
リカーシャの脳裏に、鮮やかな“記憶”が突如として流れ込んでくる。
ーー闇に覆われた神殿、倒れた人々。
その中心で、震える金髪の少女が祈るように立ち尽くす。
そこに降り立つ、神々しい光を背負った黄金の甲虫。
その背には、六つの放射を持つ神紋が浮かんでいる。
「お願い……もう、私には無理だよ……! 勇者なんて、私には……っ!」
涙を流す少女に、甲虫が神の声を宿して語る。
『そなたは“勇者”ではない。“勇者の魂”を継ぐ選ばれし者だ。勇者の魂は輪廻を巡り、時を超えて再び目覚めるーー導きの時が来れば、な』
その瞬間、甲虫の背から光が放たれ、少女の身体を包み込む。
少女は白銀の鎧を纏い、最後に言い放つ。
「ありがとう。私は、立ち向かう。この命が尽きても、誰かが継いでくれるって……信じてるから!」
ーー記憶の光景が消え、リカーシャは目を見開いた。
「今のは……記憶……? まさか、あの少女は……私!?」
彼女の右手に浮かび上がるのは、かつての少女と同じ神の紋様。
金色の光が、まるで宿命を示すように脈動していた。
そしてーー
『……う、ううっ』
聞き慣れた声に振り返ると、ヘラクレスが再び立ち上がろうとしていた。
その背にも、同じ神の紋様が金色に輝いている。
光と光が共鳴し、神殿全体が淡く震える。
「ヘラクレス……! 生きてるのか……!」
『ああ。リカーシャ……俺にも分かる。君は、前の時代の“あの少女”の魂を継いでいる』
「……そうか。じゃあ、あなたは……!」
『きっと、俺はーーあの時の甲虫の役目を継いでいるんだ』
二人の目が合い、迷いは消えた。
魂の絆が今ここに結ばれたのだ。
「パズズ! この光が見えるか!?」
リカーシャが白銀の剣を振りかざし、ヘラクレスもまた角を輝かせる。
『これは勇者の光。そして導きの甲虫の意志!』
「……ふざけるな……! なぜ、また貴様らが……!!」
『過去を超えてきたんだ、パズズ! お前を、終わらせるためにな!』
二人の光が交錯し、神殿の瘴気すら霧散させていく。
「行くぞ、ヘラクレス!!」
『ああ!』
二人は共に走り出す。
それはかつて神話となった“少女と甲虫”の再来ーーその新たな章の始まりだった。
*
リカーシャと魂の絆を結んだ俺は、彼女と共に再びパズズに挑む。
「小癪なぁッ!!」
パズズが収束させた闇の魔力が、禍々しい球体となって唸りを上げる。
だが、それを俺は、金色に輝く角で軽く弾き返した。
弾き飛ばされた魔弾は天井に激突し、爆音と共に破片を撒き散らす。
「なにっ……!?」
「お前の攻撃は、もう通じない!」
その隙を突き、リカーシャが一気に間合いを詰める。
「せやあっ!」
聖なる光を纏った剣が、パズズの脚部を切り裂いた。
「ぐおおぉぉ!?」
赤黒く噴き出した血は、リカーシャの聖なる魔力によって瞬く間に透明な蒸気へと変わる。
『ハリケーンスラッシュ!』
俺が角を振り下ろすと、そこから生まれた風の刃が渦を巻き、パズズの胸元を斜めに裂いた。
「バカな……! これが勇者と導きの甲虫の真の力というのか……!? ーー認めんぞぉぉぉぉぉ!!」
叫びと共に、パズズは四枚の漆黒の翼を広げて宙へ舞い上がる。
『リカーシャ、俺の角につかまれ!』
「了解!」
俺は背中の翅を展開し、風を裂いて飛翔する。
リカーシャは角をしっかりと掴み、空中で体勢を整えた。
重低音を響かせるほど強化されたこの翅なら、巨体ごとでも自在に飛べる!
『いくぞおおおおおお!!』
「こしゃくなッ!!」
パズズが闇の魔弾を雨のように放つ。
だが、俺の硬質な甲殻はその一発一発をことごとく弾き返す!
『ノビィィィィルホーン!!』
叫ぶと同時に俺の胸角が伸び、鋭く閃いた一撃がパズズの胸を貫く。
そのまま神殿の天井へと串刺しにし、奴の動きを封じ込めた。
「なっ、ぬぅ……! ぐうっ!」
『今だ、リカーシャ!』
「任せろっ! ーーセイクリッド・カリバアアアアアアアアア!!」
角から跳躍したリカーシャの剣が、眩い光を帯びてパズズへと振り下ろされる。
斬撃の軌道が、神殿の瘴気を祓うかのように輝く。
「おのれええええええええええ!! 我は……我は、まだ滅びんぞぉぉぉぉ!!」
断末魔の叫びと共に、パズズの巨体が真っ二つに裂け、霧のように崩れ去った。
その場に残されたのは、どす黒い光を放つ魔石のみ。
沈黙が訪れる。
「やった……のか?」
『ああ。俺たちの……勝利だ!』




